第79話:心からの言葉
「いえ、私も
という、既に告げた事実を信じさす言葉が浮かばない。
声が萎み、刺々しい沈黙が訪れる。
が、すぐに打ち破られた。突然に叫び始めた、
「ど、どうしたの」
野生の遠吠えとそっくりだ。聞くのは二度目で、彼の友人を呼ぼうというのは分かる。
しかし空腹を押し、終いに声をかすれさせてまで、あの赤犬に何の用があるのだろう。
息を整える
しかし赤犬は姿を見せない。
「
「ハッ、
いつも背を丸める
翻訳するに、地上へ戻れたら覚悟していろと。
「戻り方は俺にも分からないよ。でも代わりと言っちゃなんだけど、手柄は要らないかい?」
「手柄ぁ?」
何を見え透いたことを、と嘲るのが半分。魂胆は何か、と探るのが半分。おそらくそういう塩梅で、
「この迷宮を牛耳ってる奴を倒そうと思う。近衛になれるかは知らないけど、かなりの名誉を貰えるはずだろ?」
「ぽ、
迷宮を牛耳る者を倒す。とは、
これではもう、何も言えない。
「何か、わけありらしいねえ。まあでも? あたしらは名誉なんて要らないんだ、欲しいのは銭だけだよ。他というと、銭を生むお役目くらいかね」
「長い付き合いだ、それくらい知ってる。だから、あんたたちのいいようにしていいよ」
皇帝の名入りで出されたお触れは、迷宮の生まれた理由を突き止めろというもの。
巣食う魔物の首領——に当たるかも定かでないが、そんなものを倒して褒美に繋がるかは不明だ。
話にならない、と鼻で笑われた。だが続けた
「俺たちは手伝っただけ。いや、見てただけってことでもいい。何か見つけても、名誉とか銭儲けにしかならない物は要らない」
「その代わりに、倒すのを手伝えってのかい」
「もしやるなら、主役はうちの子だ。お前たちは命からがら、
「いいね、そうしよう」
腕に覚えのある者が集っても、多くは死ぬか、浅層をうろついて終わる。そんな中、一人の若強者が首領を討ち取った。
なるほど皇帝も召し抱えたいと言い出す英雄譚だ。
しかしすぐさま、
「名誉と銭儲け以外に、あたしには想像もつかないけどね。何かあるって言ってるようなものだよ」
話がうますぎる。
戻るための通路が開かないか、
きっと
お世辞にも賢いとは言えないが、純粋な思考で何を思うのか。これもまた
しばらく。
「頼む。俺の馬鹿息子の言う通りにしてやってくれ」
棺桶。声の在り処に、全員が目を向けた。
いつもの苛ついた、面倒げな言葉でない。頼むと言うに相応しい、粛々と低い声。
素より傍に居た
「俺の女が。
「父さん——だから迷宮に飽きたって?」
まばらな足音で、棺桶の向こうへ
「
青白い顔の女と
その時とは分かるが、おかしい。
迷宮に居残らぬのなら、
「へえ。
「そうだねえ、あんた。これを街のみんなに言ったら、強面の
夫婦で厭らしく笑い、その上にこそこそと耳打ちし合う。
これほどの頼みを。いや聞けないというだけなら仕方がない。なぜこれほどの覚悟を、貶して笑えるのか。
でも私が言うなんて、と立場を考えたはずだった。けれども現実には、
「あなたたち、人間じゃないわ! どうして笑えるの。お父様も
「うるさいよ小娘。世の中、できることとできないことが——」
「無理なら無理と断ればいいでしょう! なぜその上に貶す必要があるのよ!」
きっ、と。嗚咽と共に睨む目を、
「ねえ。あなたも同じ? きっと
無茶を言っている。
立ち位置を入れ替えての話は、
「え、ええ?」
案の定、戸惑う巨漢。泳ぐ視線が
「と、父ちゃん。母ちゃん、オレ——」
「ああ、分かってる。可愛い息子の言いたいことは、親のあたしらが何でもね」
子とは違い、夫妻は平然としていた。罵り合いなど、数えきれぬほどこなしてきたろう。
やれやれとため息の後、また元通りに厭らしく笑う。
(この人たち、本当に人間じゃないの?)
そう思うくらい、
「言い分は分かるよ。ああ、あたしらも人間の端くれさ。助けてやりたいって心から思う。でもね、もう食料がないんだ。このまま行ったって無駄死にするだけさ」
食うものを食わねば無駄死に、とはその通りだ。が、おそらく。戻る方法が分からないと、まだ信用していない。
もう話す言葉がない。話すべきでない
ただ死にに行くだけでも自分は付き添う、と
けれど先んじて大きな音を立てた者が居る。十二階層の入り口からこの大広間へ続く扉が開いたのだ。
現れたのは、全身に炎を纏ったような獣。赤い優雅な巨躯を踊らせ、咥えた大蜥蜴をぶるっと震わす。
「食料、届いたよ」
友人、
待たせたな、と不敵に笑って見えた。
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