第十幕:命の数え方
第78話:閉ざされた退路
扉の目の前で、
横目にしつつ、朱の強い褐色に触れたのは
十二階層へ下りた時と同じような、大広間と繋がる。上る階段はなく、すぐに違うと分かったが。
「無事でお戻りとはね。どんなまじないをしたんだい?」
およそ真ん中へ座り込む人影が三つ。顔を合わせ、すぐさま声を上げたのはそのうちの女だ。
けれど
「
「そうらしい」
長身の
「お父様」
駆け寄り、蓋を開けた。目を瞑る
「お父様? お父様、お父様」
「——うるせェ」
まさか、と肩を揺する。するとようやく、面倒げな返事があった。
ただしそれでも、目を開けてはくれない。平気そうに声を装っているけれども、体力の消耗が限界に近いのだろう。
「あの、地上へ戻ったらお返しします。何か食べる物を分けていただけませんか」
振り返り、
「ないね。お前が勝手に居なくなったおかげで、あたしらもずっと足止め喰らってたんだ。その貸しだけでも、すぐに払ってもらいたいくらいだよ」
「足止め?」
「そうだよ。知っての通り、この部屋から出られない。すると食う以外にやることはない」
たしかに十三階層への扉以外には、出口が見当たらなかった。
しかし彼らは、ここに千の手がいると知っていた。ならば扉が開かなかったとして、他に帰り道があるはず。
知っての通りと言われても、それは
「千の手には対処されたのですね」
「はあ? お前が細工をしていったんだろう。白々しいお芝居は要らないよ」
「わ、私が細工を?」
なぜ責められるか、言い分が理解できなかった。「どういうことでしょう」と問い重ねれば、唾を吐きかけられた。
代わりに
「ああ、くそ。やっぱり駄目だよあんた」
大広間の隅。筋張った細い腕が、脈動する壁を殴りつけた。戻る仕掛けがあるのだろう、蹴ったり跳ねたりを
「千の手が居ねェのさ。どうも勝手が違う」
ぼそと呟く
「千の手が? ——ああ、そういうことか。俺も
そういう、とはどういうことか。首をひねっていると、親切な美丈夫が教えてくれた。
「つまり
「えっ? そんなこと、できるはずないじゃない」
「分かってる。でも正規にここを通り抜けたと考えたら、他に居ないって理屈になる」
聞いただけでは理解が間に合わなかった。口の中で繰り返し、ようやく。
「私が
「そう言ってる」
「できるわけないじゃない。そんなことをする理由もないわ」
俺は信じられるけどね。と
「違います。私に迷宮の仕掛けをどうこうなんて——そう、迷宮の主に呼ばれたんです。
「おやおや、随分と大物を出したもんだ」
憮然として、こちらを見ない。馬鹿にした口調が、まるで信用しないと物語る。たしかに神様に会ったとは、立場を逆にすれば
ただ
「
袖口で鎖を鳴らし、腰を上げる。これ以上の何かがあれば許さない、そういう意味だ。
当然に今の段階でも、地上へ戻れると確証がつけば何をされるか。
「もしかして、その女かい?」
「いえ
「
扉の脇で黙ったまま、見つめる
「見ない女って——」
「そうだよ、お前の連れだろう? こんな女、見たこともない。それより帰りはどこだい、早くしなよ」
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