第63話:親と子と
「オレ……ええ……?」
鉄鎧に身を包む巨漢の戦士は、己の頭に平手を叩きつける。鋲付きの手袋と鉄兜が、歯軋りに似た悲鳴を上げた。
「いいんだよ
右へ左へ頭を転がす息子に、
「そうそう。お前はそれだけの身体を持って生まれただけじゃなく、あたしの言いつけ通りに鍛錬を欠かさなかった。天下一の息子だよ」
その
「へ、へへっ」
にんまりと無邪気な
福饅頭をくれたのは、気紛れだったのだろう。隠れて犬や猫を可愛がるような、そんなところだ。
(あっ)
と、息を呑んだ。
子が敬い、従う限り、親は子を守る。たとえどんな過ちをしてもだ。
「私、思い違いをしていたみたい。こんなこと、あなたに問うてはいけなかったわ」
心からの謝罪を、拝礼で示す。
するとなぜか、
「
「
いつも逆らう、ということはない。あの美丈夫も、
どこかへ行ってしまった現状に説得力がなく、苦笑で頷くしかなかったが。
「まるきりの馬鹿じゃないらしいね。その賢いところでさ、どうするのかそろそろ答えてもらえないかねえ」
護兵にはそれなりの口を利いていたが、相手によって出したり引っ込めたりするものなど、礼でも尊でもない。
「ご親切にここまでお連れいただきましたのに、ご質問の答えを遅らせまして申しわけございません」
拝礼のまま、
「へえ? 殊勝なことだねえ。それはあれだね、何かとびきりのご褒美をくれるってことだね」
伏せた目に、
「いいえ」
「何だって?」
もう、何度も言葉を重ねるのは嫌だと思った。だからかなり意識して、はっきりと言ったつもりだ。
「いいえ、とお断りを申しました。既に差し上げた物は、どうぞお持ちください。でもこれ以上、お世話になることはありません。お渡しできる品も、そもそもありません」
「やっぱり馬鹿だねえ。あんた、いいところの娘だろう? 親に宛てた書でもくれりゃいい話じゃないか」
なるほど、たしかに思いつかなかったと頷く。だが、その通りにする気持ちは湧いてこない。
「それには及びません。あなた方に出会わなければ、十階層で果てていた身です。ここまで来れただけでも良しとして、駄目で元々、この先を考えようと思います」
「ふうん。自分の首を絞めようってのを、止める義理もないけどさ」
まだまだ会話が必要かと身構えていたが、意外に
腰を上げ、「帰ろうかね」と夫を促す。
「おい
まあそれはなかったことにしてやるさ。などと恩着せがましく、
「で、お前さんの約束も果たしてもらおうか? 迷宮の生まれた理由と、千の手の倒し方だ」
(なんて——)
胸に浮かべかけた思いを、慌てて打ち消す。きっと図々しいとか、そういう類の言葉だった。
冷静に考えれば、年長者同士の交渉に口出しはできない。
「ふざけんじゃねェ、二枚目の扉の先なんだろうよ」
「はあ? お前さんが一番知ってることだ、間違いなくすぐ先だよ。役目が案内なら、十分な仕事さ」
一本道というのが本当なら、案内は不要だ。ものは言いよう、というやり口なのは否めないけれども。
「ハッ。どう言いわけしたって割引き仕事に違いねェ。なら俺も割引かせてもらうまでだ」
「何だいお前。天下の
実力者を立てるような言動が、これまであったか。考えるのはやめておいた。
もう少し続きそうな交渉を耳に入れるのも苦痛で、先のことを考えようと思った。
待っていれば
光明があるとすれば、その二つの可能性だ。階段と奥へ続く扉とを、交互に見比べる。
(あれ?)
見間違い。若しくは思い違い。はたまた記憶違いを疑って、目をこする。
遠くに見える扉が透けて見えた。
そこに、求める姿も。
「
魔物は見えない。扉の向こうへ居たとしても、彼を呼ぶくらいはしなければ。
全力で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます