第57話:無謀な交渉
一斉に足を止め、振り返る。中でも
目と目が合い、あちらの口もとが緩む。皮肉げに、笑った? と思う次の瞬間、風が唸る。
耳のすぐ傍を、何かが過ぎた。
「おや。あんた、
素早く、
しかし現実、
細く長い、しなやかそうな指が受け止める。
「だから今のは事故だよ。相手が誰かたしかめるより、自分の身を守るほうが先だからねえ」
「——すみませんでした」
迷宮へ潜った人間同士、物を奪ったり危害を加えれば護兵に捕まる。
だが例外もある、と教えてくれたらしい。いきなり負傷さす前に、わざわざ。
謝礼の意味も籠め、神妙を心がけた拝礼で許しを乞う。
「なんだ、
舐るような視線が、
気味の悪さに、それだけで逃げ出したい。だが今は、自身の弱気に構っていられぬ言葉を聞いた。
「おい
「いいじゃないか、あんた。別にあたしら、法に触れることは何ぁんにもしちゃいない」
咎める
「やっぱり、あなた方が連れて行ったんですね。死にかけた
「いいや、違うよ。何一つね」
けけっ、と癇に障る笑声。
善悪を論じても意味のない相手とは既に知った。肝心なところだけ言ってくれれば良いものを、
「責めるつもりはありません。私たちは双龍兄弟を捜しに来たから、やっと見つけた
「素から責められる謂れなんてないからねえ。本当はあたしらが悪いけど、見逃してやるなんて言い方されちゃあさ」
目の前の誰かの首を括る格好で、
思わず
「本当にそんな気はないんです。
「さあて」
秘密の遊び場を独り占めにする子供のごとく、愉悦に満ちた
もったいぶり、そして最後までまともに答えはしない。
「
「ええ? だってあんた、この娘ったら礼儀を知らないにもほどがあるよ」
「いいから。あたしらだって、祝符を使いきっちまった。遊んでる余裕はないんだ」
背を屈む
「じゃあな、お嬢ちゃん。これだけは言っとくが、
と。それだけを言い、
「あの、待って! 一つだけ教えて。
「十三階層への階段の手前だよ。あたしらは死の回廊って呼んでるがねえ」
もうこちらを向くことなく、それでも
理由は分かる。双龍兄弟は行方知れずで、
仮に
「お願いします……」
「お嬢ちゃん、どういうことだい?」
迷う余地はない。どころか、何を考えるより前に身体が動いた。
拝礼の両手を高く捧げ、直角に腰を折り、
「私たちは双龍兄弟を捜しに来ました! そこに
声を出すのもつらい姿勢から、力の限り叫んだ。
行って何をするとか、計算じみたことは何もない。胸の奥から込み上げた言葉が、発してみればそうだった。
「はあ、屍運びの真似ごとをしろって? そりゃあ、できなかないけどね。やるとしたら、地上へ戻ってそれからだ」
「それでは間に合いません。どうかこのまま」
往復で二十日近くもは待てない。
どうすれば、この意地の悪い年長者たちが聞き入れてくれるか。考えても、より声を大きくするしか浮かばない。
「お願いします!」
ふうっ、とため息。だが
「はいっ」
「ちょいと教えてほしいんだが。お嬢ちゃんの頼みを聞いて、あたしらに何の得があるって言うんだい?」
くすくす。けたけた。
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