第54話:届かぬ境地
「私は皇都の、僧正の娘です。この国に、
無関係の者に話してはいけない、という禁を犯せばどうなるか分からなかった。
今までの
だが今は、話さない選択肢などあるものかと思う。
必要と知った。とはどうやって知ったか、そこのところを話すのに、まだ勇気を振り絞れずにいたけれども。
「あァ、神宣か。蛮族を狩れだの、北の部族の神殿を焼けだの。飽き足らずに、今度はたかが一人を? 笑わせる」
「え——」
なぜ神宣と分かったのだろう。発した言葉を思い返しても、言っていないはずと確信を持てた。
それに物騒な例ばかり。
「何だ」
「いえ、私まだ神宣とは」
横たわったままの
棺桶の中とあって似合いすぎるが、深く皺の寄った眉間に違和感がある。まだどこか痛むのかもしれない。
「お前は馬鹿なのか? それとも俺を馬鹿にしてんのか」
「えっ、ええ? どうして私がお父様を」
知らぬうちに柿を食ったかと思う、渋い顔。でなければ憐れむ風に、
「僧正の娘が国の大事なんぞと騙されて、遥々と五百里も歩こうってんだ。神宣以外にありゃしねェ」
(そう、なの?)
考えても、当の僧正の娘には、そうでない者がどう考えるか分からなかった。
しかし何より、騙されてとは聞き捨てならない。
「あの、お父様。私、騙されてなんて」
歳上であり、
小さく、首を横に振った。長幼に反する行いが、手を震わせた。
「あァ、そうか。で、お前は何が言いたい」
あっさりと、
「ありがとうございます。白状しますけれど、たしかに神宣を負っています。ゆえに
そうならないこともある。とは学んだが、どんな場合かはまだ不明だった。
神の意志に背く
「引き受けるわきゃねェな」
「はい、お父様より先に死ぬのは親不孝と言われました。神に従い国を救うほうが、お父様は喜ぶはずと言ったのですけど」
(そうよ、先に死ねないって。それなのに)
言うこととやることが違う。気づいて、ますます分からなくなった。
「今は分かったのか」
「いいえ。何となく分かった気がするだけで、実際のところは」
「何となくって何だ」
「
つらそうな雰囲気が薄れたものの、窪んだ眼が儚そうに見せた。神通力では削れた体力までを戻せない。
「飯屋の話なんぞするんじゃねェ。腹ァ減ってきたじゃねェか」
「すっ、すみません。食べられるなら何か」
背負い袋を探ると、油煎の豚肉があった。
「あァ、塩が利いてやがる」
いつも
「正解は知らねェ。お前は二十皿って答えるんだろうが」
「——ですね、前の私はそうです。誰かに取ってもらわないと卓に置けない、なんて答えは想像もつきませんでした」
拳二つ分の肉塊を、
先の心配はともかく、しっかりと食えるのは良かった。
「でもこれは難しすぎます。
疲れた身体に塩が染み渡る。
「そいつァ難しい。俺にゃ到底、答えられねェ」
「そう、ですか……そうですよね、難しいです」
あわよくば、代わりに答えを出してもらえないかと目論見はあった。口に出さないだけで、きっと
ただ、それは我がままというもの。そもこの話をしたのは、聞かせることそのものが目的だった。
話すうちに甘えが出てしまったと、己の脚を殴りつける。
「あの。もう一つ聞いても?」
(そうよ、どうして?)
図々しい問いをなかったことにするため、話題を変えるだけの新たな問いを捻り出した。
けれどもそれはそれで、全く理由に思い至らない。
「答えられるか知らねェが」
と
ほら、どうして。そう疑問に感じずにはいられなかった。
「なぜお父様は、こうして私と話してくださるんでしょう」
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