第45話:飛龍の行方
男同士、
墨の色に近づく血溜まりから
それはいい、良くないのは門扉の一方が外れたこと。嵌め直そうとしても、軸の部分が欠けていた。直すのは職人でなくとも良いが、
「千の手と遭ったのか?」
「……見つけた」
呼吸の穏やかになったのを見計らい、
今はゆっくりさせてやりたい。
だが、そうはいかなかった。闇雲に
「この階層だな?」
先に見つけた血溜まり。まずはあそこで争いになった。おそらく
しかし
「お前たちの言う通りだった。千の手は三階層に居た」
「ええ?」
ここは十階層だったよな。とたしかめるように、
どこかに案内板があるでない。見渡す目とぶつかった
「戦いながら——?」
遭遇した魔物を倒し、罠に気を遣って進む。それが幾日もに渡るこの道のりを、あの千の手と一緒に。
まさか、と
「違う、連れてこられた」
「千の手を直に見ては戦えねえ。だから鏡を使って切りつけた」
硬い地面で甲高い叫びが上がり、円い縁を歪めて倒れる。
拾うと、よく磨かれた銀面に久しい
「千の手なんて嘘だ。何本落としたって、なくなりゃしねえ。きっと奴は、痛いとさえ感じてねえ。だって地面に落ちたはずの腕が、いつの間にか消えてた」
ない髪が掻き毟られ、剃った頭に血が滲む。
手を握り、止めてやるべきか。悩んだが、今は堪えた。
「あいつはオレたちなんか、眼中になかった。いくら切っても、構わず行こうとしやがる。こっちも何ともねえから、兄者が鏡を捨てた」
怒りの熱に、
それは時に喰ってかかる口調と、縮こまった両肩にも顕れる。
「
鏡を介して見ることが、あの凍えを避けることになるのか。
「『危ねえ』って言った。なのに兄者は気づきゃしねえ。だからオレも自分の目で、あの手を蹴り飛ばそうとした。だけどよ、なかったんだ。鏡には映ってたのに」
疲れた声が「なんでだよ」と。両手で顔を覆い、
次の息を継ぐのに、幾ばくかも時間が必要だ。誰もそれを急かすことはしない。
「……ここは十階層だろ? 一瞬、目まいでもしたみたいな感じがあった。気づいた時、オレの足はなかった。立ってられなくて、倒れて、兄者が叫んだ。『返しやがれ』って。オレの足は、千の手が持ってた」
それがあそこか、と血溜まりを振り返る。もちろん遠く離れ、見えるはずはない。
「兄者は待ってろって言ったんだ。でもオレも行くって言った。兄者だけじゃ頼りねえ。だってそうだろ、兄者が鏡を見てりゃ、こうなってねえ」
「ああ……二人で追いかけたんだな」
「オレの足が。これっぽっちなくなっただけで、うまく動かねえんだ。情けねえったらよ、なのに兄者は『悪い、すまねえ』って。だから、気持ち悪いって言った。そしたら『それもすまねえ』だってよ」
片足を失った弟に肩を貸して進む。遅々と進めまい。
「正直、追いつけねえと思った。でもまあ贅沢は無理でも、親子三人で暮らすくらいは儲けた。のんびりしようぜって言うつもりだった」
隠居するなら、それも良いだろう。片足を失っては不便もあろうし、
昨日まで健やかだった息子二人が、今日からもう戻ってこない。あの母親に、そんな残酷な思いだけはさせずに済む。
「けど」
ぎりっ、と擦り合わす音がした。臼を挽いたようでもあって、甲高い耳障りな。
それが歯ぎしりと気づくには、当の
「奴が居たんだ」
「奴? 千の手に追いついたんだな」
追いつけたことを良かったと言っていいものか、
正解がどうであれ、事実は違う方向へ進んでいたらしいが。
「そうじゃねえ——」
力なく、
両腕に頭を抱えたままで、表情が見えない。けれども引き攣った声を聞けば、見たも同然だった。
「初めて見た。話に聞いた覚えもねえ」
「どんな奴だ」
「人形——いや人間。どっちだか分からねえ。人間の手足で人形を拵えたっていうのか」
人間の手足で人形。つまり人の形を作れば、それはただの人間でないのか。どうも
「ええと。じゃあ
「兄者が言ったんだ、『
「魔物が口を利いたのか」
人間の姿をして、人間の言葉を喋る。やはり人間でしかないように思うが、
「ああそうだ。それで奴は、兄者の足を切り落とした。オレの足の代わりに、兄者の足を寄越しやがった」
(ええと
複数の足が脳裏を飛び交い、修羅場と化した。何がどうしたか、すぐには理解が及ばなかった。
できればもう一度、言ってほしかった。だが先に口を開いたのは、
「おい。そいつァどこへ行った」
「あ、あっちだ。オレの足を持って、兄者が追っていった」
通路の先を、
問うた
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