第六幕:終わりを見届け
第33話:応じられぬこと
ボロ小屋へ戻った
まだ酒の抜けぬ父親から拳を貰っても、構わず事情を話す。
どう受け止めたものか、「あァ」とだけ。立ち上がるなり
慌てて逃げ出した
「お母様のお世話をしてるって、あの人。何か妙なことを考えてなければいいんだけど」
それから迷宮へ向かう道々。双龍兄弟の母親と、世話を頼まれている商人について問いかけた。
今ひとつ、話が噛み合っていなかったと思えて。
「よく母ちゃんって聞くだけで、俺も事情は知らなかったけどさ。あの人、嘘は言ってなかったと思うよ。双龍兄弟の稼ぎを、そりゃあ手放したくないだろうから。あのお母さんだけのために、使い切れる額じゃない」
いつかは返すとして、目の前に大きな金額がある。商人ならば、増やすことを考えぬわけがない。
既に利益を得ていても、これからの原資が途絶える。悲しむ母親の前で、その心配はできなかった。
ゆえに怪しげな態度になったと言うなら、理屈として分かる。
たった今だけでも捨て置けないのか、と思うほうが
「あからさまには言えないってこと? じゃあ、お母さんは? 双龍兄弟って呼び名も知らなかったみたい。あんなに顔を知られてて、強いって評判なのに」
商人の得た額と、母親のために使われた額と。差を不審に感じさせぬため。
そう仮定したものの、据わりが良くない。迷宮の最深部まで潜っていることを、双龍兄弟自身が伝えていなかったようだから。
「それも聞いてはないけど——」
尻窄みに、
十歩ほど前を、のしのしと。あれが義足とは信じられぬほど力強い。
「褒められたくない、って奴も居るんだよ」
「どうして? 褒められたら嬉しいし、もっと頑張ろうって思えるじゃない」
十数歩を進み、抜けた魂が突如として帰ったように、
だが、頷けない。
叱られることもあったが、全てに納得がいった。
父、
「理由というか感じ方は、人それぞれだろうね。余計な心配をさせたくないとか、口出しされるのが嫌とか」
「それは分かるけど、いつまでも内緒にしておけないじゃない。お母様が知ったら悲しむし、きっと私の父上なら『的確な助言ができない』って怒るわ」
親密な相手に嘘を吐き続けるのは、礼を失する。まして親なら、長幼の精神にも反する。
子である
「
「お母様に実際を話すのに、不向き?」
どういうことかと首を傾げた。悪さをして言い出せない、という話なら分かるが。
また、隣の美丈夫を見上げる。スッと視線が下りてきて、
僅か口角の上がったのは、苦笑か失笑か。どちらにしても、腹を立てるべきだ。
しかし双龍兄弟を案ずるはずの
(それならまあ、いいか)
「誰かの望む自分になれるのは凄いよ、でもやっぱり無理ってことはある。言ったのが親でも、神様でも。それをせめて取り繕おうってのを、頭から間違ってるとは言えない。俺にはできないことだし」
「神様?」
今日は彼の言葉が理解できない日なのかもしれなかった。神様と双龍兄弟と、並べられた意味が。
(きっと焦ってるのね)
問い返したものの、今はやめておくことにした。平静に見える
案の定、
広場に並べられた卓と長椅子を横目に、双龍兄弟の無事を願う。
「父さん、ごめん。まだ祝符を買ってない」
次に口を利いたのは、迷宮の入り口である鉄門を目前にしてだ。
用意を済ませていないと
「先ィ行ってる」
ただそれ以上のことはなく、一人で鉄門を抜けて行った。酒の臭いがすると護兵に言われ、「うるせェ若造」とのやりとりは、見なかったことにした。
「おや、
高く引きつらせた、皮肉に満ちた笑声。視界の外から聞こえた声に、聞き覚えがあった。
見ればやはり、
「いや? 暇が惜しいんだろ。俺も今日は急いでる、早く行きなよ」
開いて干したイカのごとく、平面な
関わりたくないのは分かるが、悪手だろう。そう予測した通りに、夫のほうが
「なんだぁ、木偶の坊。あたしの女房に言い掛かろうってのか」
「どこが? あんたたちの用が済んだなら、早く行けって言っただけだよ」
見上げて睨む
迷宮の奥底へ潜るふた組のいざこざに、
役目に殉じた鋭い目をしても、すぐには何を言うでもない。
「……覚えときな」
護兵より先に、
目で追うと、鉄鎧の男と合流した。
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