第26話:過去
「ねえ、もし、もしもね。知っていたらでいいんだけど、
問うか否か、迷った。言いかけて詰まった喉を、茶でこじ開けるのを何度か繰り返した。
「んん? さあ、知らねえな。
「そう——」
答えて
「知ってても答えなかったがな。
そんなことを言われるかも、とは覚悟していた。
だが聞かねば、当人や
「うん、分かる。だけど
俯く
「
「そう、ね」
しかしそれでも。自己満足と思い知っても、どうにか理解したいと思った。
ではなぜそこまで知りたいのか。とも、自身のことながら疑問に感じた。
(
そう仮定してみたが、どうもしっくりこなかった。
「うん、困らせてごめんなさい。知らないものは答えられないものね」
「まあ、食えよ」
考えても、答えは降ってこない。諦めて顔を上げると、料理の皿が突き出された。
きっと鶏を素揚げにした物だ。ひと口大の作る山から、ありがたく一つを摘んで口に投げ入れた。
「あれ、
思った以上に熱の残った素揚げに、口腔の自由を奪われた。よりにもよってそんな中、待ちわびた声が聞こえた。
恥ずかしさに、逆の方向へ顔を背ける。
「悪いね、思ったより手間を食って」
「オレたちゃ、ちょっかいをかけてただけだ」
そうだなと
茶で口を漱ぎ、両手で顔を整え、誰もすぐに怒ったふりと分かる声を調整した。
「待ちくたびれたわ。変な人に絡まれたし」
「ええっ?」
見張った目が、双龍兄弟に注がれる。半分睨んだような怪訝な視線が何か、理解するのに数拍を要した。
「違うわ、二人が助けてくれたの」
「いや違わねえ。どうやって
「もう、そんなこと」
素よりない話が、ややこしくなる。非難の声を上げると、
「そりゃあ俺も見せてもらわないと。
「いつよ」
(隣に来てくれないと、話しにくいじゃない)
席を譲れと
「おい
料理が足らなくなれば、その後は
もはや湯気の失われた酒の水面に
「どうした、いきなり。手斧を握ったのは八年前かな、十歳だったはずだ」
「いや、どうもしねえ。オレたちが来てから六年ほどって、さっき話した。ついでに聞いただけだ」
唐突ではあって、
「十歳のガキを連れてか。行くお前もお前だが、親も親だな」
「まあな。でも父さんを見てたら、迷宮以外にやることなんて思いつきもしなかったよ」
「まあ親子で離れずに済むって利点はある」
(まさか)
「するとあれか、
己の恥部を突きつけられた心地で、固く目を瞑った。
だからと耳を塞ぎはしない。自身の破廉恥さに顔が熱くなる。
「いや、どうだか知らないんだ。俺も気づいた時には、
「赤ん坊の時って——筋金入りか」
答えは得られなかった。目論見が外れたことに、安堵の息を吐く。
また意図せぬ情報が飛び出し、
「しかし双龍兄弟が昔話とはな。もう引退を考える歳か?」
「馬鹿言え。オレたちゃ、ひ孫を背負ってでも現役だ。げははは」
即答で笑い飛ばす
「なんだてめえ」
文句があるのか。という実力行使は、素揚げを投げつけて行われた。事前に稽古でもしているかという絶妙の間合いで、
「あははっ」
笑うなと言われても無理だった。笑いの壺の底が抜けたがごとく、しばらく苦しい思いをした。
「孫どころか、兄者を待つような女は母ちゃんしか居ねえ。もうしばらくは付き合ってやるぜ」
「
隣に座ることがどうだと言うのか。意味は分からなかったが、この二人を好ましく思う。
だから素直に、そのままを言葉にした。
「私は待ってるわ」
「お?」
「いいのか
また面白いやり取りを見せてくれるのか。
「良くないの? 迷宮に入っても、怪我をせずに戻ってほしいわ。またこうやって、四人で食事ができたら楽しいもの」
四人とは限らない。嫌うかもしれないが、
などと思いを巡らせていると、
「どうしたの?」
わけが分からなかった。自分がおかしなことを言ったか、考えても思い当たらない。
「いや、何でもねえ。
力強く、
楽しい。感じたままが、声になった。
「ええ。私もずっとここに居たいわ」
言って、「そいつは良かった」などと答えがあって。ふと気づいた。
はっと、発言した唇を指で押さえた。
自分に嘘は吐けない。許されるならずっと、たしかにそう思った。
(そうね、楽しいわ。私の生きてきた短い月日が、本当に短かったと知れるくらい)
認めて、それで終わりにした。もう二度と考えなければ、なかったことにできる。
その為に、話題を変えなければならない。
「あっ、その。お、お母さんと言えば、
迂闊を重ねたことに、すぐには気づかなかった。問われた
「俺の母さん? 知らないんだ。一度だけ父さんに聞いたことがあるけど、『さあな』って。良くない別れ方をしたのかな」
赤子を負った父親が、危険な迷宮に入る。そこに平和な家庭の事情があろうはずもないのに、ずかずかと踏み込んだ。
「うん、ごめんなさい」
呻くように、謝るのが精一杯だった。
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