第25話:理由
「遭ったってんだ、引っかかったな。よく戻ったもんだ」
「え、ええ。どうにか」
「しかし
ふり、ではあろうが、
「いえ、お父様を。
「ああ、足をやっちまったのか。それで済んだなら大したもんだが」
口もとが、無意識に綻ぶ。釣られてか、
「——いや、ちょっと待て。この前会ったのは二、三日前だよな」
「え? ええ、たぶん」
急にまた、
「千の手の居るような深層まで、どんな奇術を使って行った?」
「深層って、どのくらいを言うの? 普通にだと思うけど、三階層を一日進んだくらいのところ」
「三階層だと?」
音を立てて、
視線はこちらを向くものの、透かして遠くを見ている様子だった。
幾ぶんかの沈黙が過ぎ、言葉を重ねたほうが良いかと
「大変だ。たくさん持ちすぎて、卓に置けない」
泣きべその風で、おどけた声。ただし大袈裟でもなく、
「どうやって載せたの」
「そりゃあ店主にな。でも面白がって、頼んでないのまで載せられた。儲けたぜ」
降ろしてやると、兄と同じく大口を開け「げはは」と。見た目を怖ろしげとは今も思うが、憎めないと思った。
「どうした兄者。そうむっつりしてると、汚い顔が余計に見苦しい」
「
「はあ? 四日前、会ったばかりってのにか。そんな馬鹿な」
同じ目鼻を同じように動かし、
「馬鹿と言われても、本当よ。手招きはされなかったけど、とても寒くて。
「いや
何食わぬ顔で、
「千の手ってのは、十階層辺りまで下りなきゃ居ないはずだ。少なくとも、オレたちゃ聞いたことがねえ。そんな場所まで、いきなり連れて行ったかと思ったんだが」
弟の運んだ酒盃を傾け、
この返答で、問おうとした幾つかは解決した。では次に何を、と考えていると、
酒を飲んだことはないが、断るのも悪いと思った。
ひと口かふた口程度なら。覚悟して口を付けると、中身は温かい茶だ。
「……
いかめしい装飾のされた銅の酒盃から、茶を口に含む。角やら生えて見た目に飲みづらそうだったが、むしろ銅の口触りが優しかった。
程良い温度の茶も、ほうっと柔らかな息を吐かせてくれる。
「魔物は段違いに強い。蟲やら獣だけじゃなく、
「屍鬼って、冥土に居る? 天に昇れず、地に還ることもできなかった魂が、肉体に戻って暴れるっていうあれよね」
その屍鬼だ、と兄弟が揃って頷く。同じ動作を気まずげに、互いが一睨みで牽制する。
しかし続けて酒盃を持つのも、それを卓へ置いて料理を手づかみするのも、また揃った。
「……まあ。言ったところで、
「ああ。あれを倒したってのは、
驚いた。指さしただけで死ぬ思いをさす、あんな魔物を倒せるという事実に。
それから双龍兄弟にその経験がなく、
「そんなに? 十二階層組って護兵の人が言ってたけど、あなたたちも強いんでしょう」
「オレたちが迷宮へ入る時、他に一人か二人、馴染みを連れてく。あの親子はいつも二人だけだ」
多ければ良いものでもなかろう。だが
「どうして? 導人とか、探索者だからとかは関係ないんでしょう?」
「その二つは関係ない。あるとすれば奴らが唯一の、迷宮へ潜る屍運びだからだ」
屍運びとは、地上へ戻った屍を故郷の町へ送り届けるのが本来。
「迷宮から屍を連れ戻すのが、かなり無茶なこととは聞いたわ。私自身、動けなくなったし」
棺桶で引き摺られるのと、抱えられるのと。その違いはあったが、
ただそれが、二人で潜らねばならない理由とどう関わるかは理解が及ばない。
「だからだよ。
「兄者。そいつは、やっかみって言うんだ」
「かもしれねえな」
双龍兄弟は例外らしい。しかしどうやって倒すんだろうな、と豪快に笑う。
「そんな思いまでして。どうして迷宮なんかに潜るの」
「ああ? オレたちゃ他に能がねえからな。護兵なんて真面目に勤めるのも向かねえし」
「だな。そんな兄者にオレも付き合ってるわけだが、
なんだと。と語気を荒らげ、
なんだよ。と
「他の探索者も?」
「単純に儲かる。命をかけるほどかって言やあ、そうでもねえと思うが。それで構わんって馬鹿は多い」
分からなくはなかった。食うに困って野盗に身を落とすより、ましでもあるだろう。
「あとあれだ」
「あ?」
「知らねえのか、馬鹿だな兄者」
「何だてめえ」
仲良くケンカをする姿が、段々と面白く感じてきた。血の気の多い輩は好みでないが、双龍兄弟は見ていたいと思う。
くす、と笑うと、
「ほら見ろ、
「そりゃあ兄者の顔が悪い」
「てめえ、
両手を掲げ、襲いかかる素振りで。兄が責めれば、弟は「ふん」と鼻で笑う。
「何ゆえ、迷宮が生まれたか。解き明かした者は、近衛に取り立てる。十八年前、あれが口を開けてすぐに出された触れだ」
「あれか。取り消されてねえそうだが、まだ本気にしてる奴が居るのか」
近衛とは皇帝をすぐ傍で守る、護兵の中でも選りすぐりのこと。それほどの取り立てがあるのなら、命をかける意味も合点がいった。
少しくらいの儲け話より、よほど
「居ると思うぜ。たとえば
「ああ、前に聞いたな」
意外な名が、意外なところで聞こえた。
(あの人たちと同じ?)
近衛への取り立てが願ってもない好条件と、数瞬前の自分を恥ずかしく思った。
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