第19話:同穴の貉
(あれが奥さんだったの?)
決まりごとのよう。と感じたのが、本当にその通りだった。百足がひと回り大きなことなどものともせず、父子はそっくりそのままを繰り返した。
百足がどんな順番で顎を使うかまで、相談したかと錯覚する。
「ごめんなさい」
「きえぇぇ」
既に妻の居ないことを、夫は知っているだろうか。
知らせず、同じ運命を辿らすのと。妻を殺したのも自分たちだ、と知らせて殺すのと。
どちらが
それはもちろんどちらも非道だ、と思う。
(謝って、仕方なかった。なんて言うのが、いちばん酷いわね)
ぶつ切りにされ、身動きとれなくなったところに、
百足の男の形相が、ふっと緩む。血走った眼から力みが消え、眠るように閉じていく。
(そんな顔しないで)
「
音を立て、男の百足は倒れた。息の根尽きたことを、
「仕方なかったの。だって神様は、人間より魔物を優先しろって仰らないもの」
祈りに混ぜて、自分を貶めた。
こうすれば然るべき罰が下る。と釣り合いを取ったつもりの自分が姑息で、吐き気がした。
屍を見ないよう、そそくさと
「ゆっくりでいいよ」
と言われても、もう終わった。
念珠を合掌で掬い、普段の言葉で安らかにと願う。百足に背を向け、すぐ先でうろうろとする
「何してるの」
「休憩場所をね」
「こんなところで?」
通路は左右のどちらか選べと、三叉路に突き当たった。交わる部分は空間が広く、進んだ通路の倍ほどもゆったりしている。
独立した部屋のごとしではあったが、衝立や扉があるわけでない。だのに
「いつもここって決めてるんだ。それにもう、かなり遅いよ。たぶん陽の沈んだより、夜明けのほうが近い」
「そんなに?」
迷宮へ入ったのは日没後間もなく、
腹時計には自信があった。だが調子はどうかと問うてみて、やっと空腹の合図を返す。
その間にも
なんだろうと鼻を利かすと、酒の匂いだ。不思議なことに腐臭と土の香は消えている。
「それ、
「そうそう。僧院でね、預ってもらうんだ」
少なくとも一日、本殿に置いた酒をお神酒と言う。振り撒いた内側を浄めると聞くが、
僧でない者にそんな業ができるのか、興味深く見守った。
「
普段の声。表書きを読み上げた
はらはらと祝符が崩れ、地面に落ちる。この僅かな時間に、数百年を経たように。
なるほどこうして僧の真似ごとをするらしい。空虚という術はまだ知らなかったが、魔物から身を守るものに違いない。
「線から出ると術が破れるよ」
「出なければ、魔物が来ても平気なの?」
「だね。どうも見えないらしいよ、においも」
半信半疑の声で「へえ」と。祝符は力を発揮したと見えたから、何らかの効果は疑ってなかったが。
見えなくなると簡単に言われても、どうなるものか想像がつかない。
「今度はあなたの子が来るかしら」
息絶えた百足が、暗がりに輪郭を残している。呟き、地面に腰を下ろした。昼の残りの福饅頭を食うことにした。
(迷宮の魔物に殺されるのも自死のうち、と父上は言ったけど)
二度の争いで、そういう危うさを感じなかった。
何度も続けば。あるいは階層を下り、別の魔物とならば。
(その時、私があなたたちの手助けをするのはどうだと思う?)
やり方によっては問題ないと思えたが、
「ねえ。この迷宮はどれくらい深いの」
「俺は十二階層までだよ。父さんは昔、十三階層へ下りてたらしいけど」
壁ぎわへ座る
「十二階層? たしか
「そうだよ。あと、双竜兄弟も。その二組が、いちばん進んでる探索者だね」
口いっぱいの饅頭をこぼしもせず、器用に答える。
呆れるべきか、感心するべきか。とは潜ることを目的とした探索者と、あくまで案内人の
(目的が違うだけで、やってることは同じか)
そう思えば、当たり前なのかもしれない。
(でもやっぱり……)
使命を果たし、
しかし三倍も歳を重ねた
「あなたは殺したのにね」
闇に溶けかけた百足の屍は、何も答えてくれない。
代わりにカッカッと、
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