第18話:目的の違い
倒れた百足を、じっと見つめた。
珠の一つずつが親指の先ほどもある、大きな物だ。首にかけ、前へ垂らした部分を合掌で掬い上げる。
送り出した百足の魂が、安らかであるよう。祈るのと同時、見極めようとした。
(もしかすると、人の顔でなくなるかも)
が、女の顔は変わらなかった。魔物に人の魂が縛られている、という想像は違ったらしい。
「魔物のために、わざわざ持ち運んでるの?」
合掌を終え、
「迷惑だった?」
「いや全然。百足は息絶えるまでが長いから、むしろ助かった」
「そう。あなたはあれを、百足と呼ぶのね」
「百足、じゃなくて何て呼べばいい?」
帯の長さを調えるふりで、
何と答えるか、念珠の位置を直して時間を稼ぐ。
(あ――)
握って気づいた、これだと。
硬くとも、木は人の温もりに通じる。それとも鍛錬を重ねた人間の手は、鎚よりも強くなる。
どちらを褒めるべきか迷い、そんなくだらないと自分に呆れた。
「いえ、そうね。おかしなことを言ったわ。ごめんなさい、忘れて」
改めて考えても、やはり百足の
百足と呼ぶことに文句をつけたのは、感情的な言いがかりに過ぎない。謝ったのは、その点にだ。
「お待たせしてすみません」
ふと見ると、
駆け寄ったが、目の前の到着を待つ前に
しかし二歩も行ったところで、ぼそっと声が落ちた。
「準備ってのは、事の始まる前に済ませとくもんだ」
聞き逃しかけたが、拾い集めるとおそらくそう言われた。陰気な声だったが、苛々とした雰囲気はない。
それは良かった、と息を吐ける。邪魔だとか、余計な真似をと言われる覚悟をしていた。
ただ、喜べもしなかった。
(どうして魔物を殺すんだろう)
人間の街を魔物が襲い、退治されるのとは違う。人間が生きるために、獣を殺すのとも違う。
魔物の棲み処に人間の銭儲けがあって、魔物はとばっちりを受けているのでは。
——死が商いの道具にされている。
(神宣は、魔物のことも言っているの?)
とは父から聞かなかった。きっと
それまでは
「ねえ。この人は放っておくの?」
百足の喰らっていた屍の前で立ち止まった。男か女か、どんな体格をしていたかは、もう分からない。
そんな屍に祈っても、足手まといではあるまい。
着物も臓腑も、区別のつかぬほど細切れ。撥ね飛ばされた胸当てから、かろうじて中背の男と想像できた。
反り身の長剣はほとんど汚れてもなく、凝った装飾が高価そうに見せた。
「俺たちは拾わないよ」
「持ち帰れば売れるんでしょ?」
「売れるよ。でも頼まれもしないのに、外道のすることだって」
(
おざなりな祈りを詫び、
「お父様が仰ったの?」
「だね。でも俺もそう思うよ、父さんとは理由が違うかもしれないけど」
棺桶の車輪が切れ切れに、陰鬱とした音を響かせる。目的の場所に屍がないと言うなら、余分を拾う容量はあるはずだ。
「理由って?」
「死んだその人が望んだことだからだよ。迷宮へ入るのに、十中八九は死ぬ覚悟をする。それを顔も知らない俺なんかが、勝手に連れ出すのは違う」
そうだろうか。言わんとするところは分かるが、頷くには抵抗がある。
(失敗だったなって後悔しているかも)
こんなはずでなかった、とは誰でも経験することだ。迷宮で片付けられるのを待つより、家族や仲間の下へ帰りたいと思わないのか。
迷宮へ入る者のほとんどは男で、
その辺りが違えば、心持ちも違う。妄想はできても、推測は難しかった。
「余計なことに気を取られてると、危ないってのもある」
「余計ですって?」
死者に心砕くのを、余計と言ったか。だとしたら聞き捨てならない。
振り返ると
「考えごともいいけど、前くらいは見ろって言ったんだよ」
「え?」
前。
「覇ぁっ!」
慌てて首を返す。真っ黒な着物の背中越しに、長大な何かの影が見えた。
「きえぇぇ」
百足だ。僅か前に見送ったのは、幻だったか。
しかし今度は餌にされた屍がなく、よく見れば頭は人間の男だ。
「きっと
決まりごとのように、
その背中を
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