第10話:馴れ合い
「さてそろそろ、買い物を済ませないと」
前置きなく言い、
すぐに追いかけようとして、
「ねえ待って」
進もうとする美丈夫の手を、ぎゅっとつかむ。双龍兄弟とはまた違う、ごつごつした感触に覚えのある気がした。
間違いなく初めてのはずだが、なんだろうと考えても正体が分からない。
「えっ。ど、どうした?」
握った手を見つめていると、そのうち
「ううん、別に。でもまたはぐれたら困るわ、手を繋いでいてもいいでしょ?」
「このまま? いやそれは。うん、構わないけど、どうかな」
それは「どっち?」と、少しばかり語気を強めた。すると今度は
しかしそうしながらも、彼の手がすり抜けようとする。逃さないよう、反対の手も加えた。
「……うん、分かった」
「ありがとう。福饅頭をしまうから待って」
何か諦めたような、投げやりな首肯。さっきは腕の痺れるほど握ってくれたじゃないか、と非難したくなったが、同時にその気遣いに免じて言わずにおいた。
背負い袋から畳んだズタ袋を取り出し、福饅頭を回収する。当然に手を離すこととなったが、感心にも彼の手は再びおとなしく握られた。
人の形をした波へ、
進むのも引く手も、いかにも力任せ。いかんせんこの船頭は、草原を前にした馬並み。いやさ馬そのものの気性を持つらしい。
それで買う物と言えば、魚介の乾物や干し肉がほとんどだった。
他に
「これで終わり?」
「うん、後は迷宮の入り口だね」
「もう入るの?」
通りの外れで見上げると、空は紺色に変わっていた。天道の後ろ髪が僅か、西の空に引っかかっている。
時刻もそうだし、
「そこでしか買えないんだよ」
「へえ、そんな物が」
迷宮へ入る者専用というらしい。
鉈や斧、刀、それらの研ぎ師。鎧職人までも屋台を出すこの通りに、足らない物とは何か想像もつかなかった。
牽かれるまま着いていくと、見覚えのある大通りへ出た。広場から僧院へ向かう道だ。
カッカッ、と。髪に紛れた
この蛇と二人、到着した時には、早ければ今日じゅうにも使命を果たすと意気込んでいた。
それがなぜ、彼と共に買い物をしているのか。
(私、良くない?)
突然、罪悪感に襲われた。見知らぬ景色、これから何が起きるか、わくわくと心踊らせたのを否定できない。
力強く、引きずっていく手。じっと眺め、十歩ほど進んだ。
(駄目)
何が。なぜ。
「あれ?」
一歩。行き過ぎた
彼の視線と気遣いから、目を逸らした。
「あの。そう、もうはぐれる心配はないから。手も痺れてきたし」
「ああ、そうなんだ。ごめんよ」
空っぽの手を握って開いて、
だがこれをうまく話す自信もなかった。
「ごめんなさい。私の都合だから」
と、謝罪でごまかすのが精一杯だ。
「ええ?」
頭を掻く手と、声で。
「こっちでしょ?」
と、振り返らず問いもした。
(違ってたら言うはずよね)
そう思うのも馴れ合いだろうか。自分で自分の思考に先回りするのは、どうにも疲れた。
間もなく広場へ達したが、迷宮の入り口とやらは見当たらなかった。整然と三列に並んだ屋台が、奥へ向けてどれだけ続くやら。
先の通りは毎日の買い物という雰囲気だったが、こちらは飯屋が多勢を占めた。香辛料や醤油の匂いが複雑に絡み合い、満腹のはずの食欲を揺り起こそうとする。
客も地元の人間より、旅姿が多い。それに迷宮へ入ると思われる、屈強そうな男ども。
後者はこの町へ長く滞在すると聞いたが、地元のうちに入るのか。疑問を覚えて、振り返った。
彼は二歩後ろに居た。
「どうかした?」
「いえ、何も。こっちでいいのよね」
「もうすぐだよ」
どちらにせよ、
死んでもらう相手だが、嫌われて嬉しいとは思えなかった。
しかし彼からすると、後腐れがないのかも。などと考え、巨大なため息を堪える間なく吐く羽目になる。
そうして進むうち、屋台が途切れた。歩く人の姿も、背中の側ばかりに。
さらにその先。視界の端から端を、石壁が塞いだ。
通り越す唯一の入り口は、護兵の目を光らす鉄門に違いない。
(あれから先が、魔物の世界)
思わず飲み込んだ唾が、喉を鳴らした。
人の世界の常識が通用しない。と聞いてはいるものの、目の前にしてはただただ不気味としか思えなかった。
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