第9話:双龍兄弟
先ほど溺れかけた、人の濁流から。男が二人、抜け出てくる。
腰かけた
「なんだよ、迷宮ってのは可愛い女の子まで拾えるのか。それならオレたちも、
押し潰した声で、また笑う。二人とも僧のごとく頭髪が剃られ、肩まで捲った着物の袖から腕を剥き出しにする。
立って迎える
そっと唾を飲み、逃げる方向を視界の端でたしかめた。
「大丈夫。よく知った奴らだよ」
「え——」
見上げても、
自分に言われたのでなかったか。そう考えると、彼がおかしなひとり言をしたとなる。
(でもまあ、それなら)
はっきり言いきってくれたのを、信用することにした。
「契りの式はいつだ? 祝いの酒くらい持って行ってやる」
手を握れる距離で、兄と呼ばれたほうが言った。
男らは武器も防具も携えていない。しかしきっと、迷宮に潜る者たちだ。荒くれの集う酒場の店主と言うなら、それはそれで似合いそうだが。
「残念ながら、そういう人じゃない。俺も
「ああん? 天下の
拳が入るほどの大口で、豪快に笑う。ヒキガエルの鳴き声が、百匹分にも増した。
(だらしないって?)
耳を押さえつつ、不精髭だらけの顔を睨む。見てすぐに可愛いなどと、道を聞いた宿屋の男を思い出す。
「ああ、悪いなお嬢さん。兄者は下品でいけねえ」
「うるせえ、お前よりゃましだ。げははは」
何がそんなにおかしいのか。二人はひと言ふた言ごと、いちいち笑う。
「
「
揃った拝礼で名乗る。慌てて
やはり名前も、侠客の仇名のようだと思いつつ。
「みんな
採れたての岩。つまり石切り場から運びたての岩は、あちこちごつごつと尖っている。
言われて見れば、たしかに頬骨やエラが弟より目立つ。すると似ているがなだらかな
そんなことを思い浮かべてしまい、
「なんだ
「女の子に笑ってもらえるなんて、なかなかないだろ。良かったな」
どういう会話か、
いや軽口と言われるもので、厳密な意味を通じさせる必要のないのは分かる。
だが
だのに何やら、腹の底から込み上げるものがあった。
「あはっ。あははは!」
はっと気づき、口を押さえた。しかしもう、
「おいおい、オレの顔はそんなに面白いのか」
「兄者、そんなことはない。おかしな顔に違いないが、笑いをとるにはまだまだだ」
「そうか、精進しよう」
勘弁してほしかった。誰かの顔を見て笑うなど、失礼にも程がある。
あとからあとから、とめどない笑いの波を、頬を叩いてどうにか呑み込む。
「ごめんなさい、違うの。あなたたちのやり取りが楽しそうで」
違わなかった。けれど顔を見て笑ったと、素直に謝るのが必ずしも最善ではない。それは
「なんだ遠慮するこたねえ、おかしいなら笑やいい。お嬢さんがどう思おうと、オレたちの口出せることじゃねえんだ」
悲しそうに歪めた顔は、やはり演技だ。豪快な笑い声が路地を埋め尽くす。
(私なんかが傷つけるなんて、できないのね)
強い人だ。悟って、
「おいおい」
双龍兄弟は顔を見合わせ、口を窄ませた。困ったように、拗ねたように。
「本当に失礼を致しました。皇都は
彼らの流儀は真似できない。ならば自分にできる、最大限の敬意を。
困らせても、それが一番と
「分かった。
(また、おかしな言い方)
だが何となく、
もう少し、話してみたいと思った。言われるままこの町へ来たが、
「どうだ
「えっ、私を?」
気に入られたはずがない。こういう機会でなければ、
それなのにと思うが、よく知るのにはこの上ない申し出だった。
「悪い。仕事が入ってて、それほど時間がないんだ」
しかし断られた。
双龍兄弟と話したかったのは、あくまでも余事だ。
「あん?
「そうらしい」
問う
「なんだ本当に迷宮で拾ったのか」
このやり取り自体、そういう意味に聞くことはできた。が、おそらく違う。この場の男たちから、女を蔑む意図は感じられない。
「じゃあまあ、次だな
「不細工なんてないわ。でもよろしく」
答えると、
見様見真似で、甲を打ち合わせた。鉄を殴ったかの硬さに、思わずよろめく。
「しかし兄者。不細工が治ってからって言うと、そりゃ永遠に無理じゃねえか」
「うるせえ、お前も同じ顔だ。文句がありゃ、母ちゃんに言うんだな。げははは」
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