第8話:福饅頭
「おいしい。でも皇都で食べたのと、随分違うわ」
皇都でも。皇都から
「そりゃあそうさ、福饅頭だもの」
「ええ?」
当然という顔で言われても、説明になっていない。首を傾げる
「ええと、いつもどこで買ってた?」
「さあ、知らないわ。自分で買ったことはないもの。でもたぶん、父上の知り合いの店よ」
「なるほど、一つ決まった店のしか知らないのか」
それなら、と
「一人で納得しないで。どういうこと」
「福饅頭に決まった作り方はないんだよ。酒場とか飯屋が、自分の店の余った材料を詰め込むからね。残り物には
(よく喉を詰まらせないわね)
感心と呆れと、後者が勝る。のはさておき、明瞭な解説には合点がいった。
「そうなのね。これには何が?」
「海老の頭とかだってさ。殻ごと砕いて」
質問をしておいてだが、答えがあるとは思わなかった。
食事の時。出された皿に何が入っているか、
「へえ。いつも食べてたのは、何が入ってたのかしら。旅の途中にあったのも、食べてみれば良かった。こんなに違って、しかもおいしいとは知らなかったわ」
「気になるなら、食べてみればいい。
それはたしかに。店ごと味が違うのなら、この町の店の数だけ、選択肢がある。
(でもこの人、どうしてそんなこと知ってるの)
料理人でなく、食い道楽の金持ちでもないのになぜ、と不思議に思う。
それがどうにも、胸のどこかへ引っかかる。似た感情を無理やりに探せば、悔しい、だ。
「まあ正直、はずれも多いよ。俺の知ってるのでいいなら、案内するけど」
「ありがとう。でも私も旅をしてきた身だから、路銀は節約しないと」
おそらく、十六の娘には多すぎる不用心な額を持たされていた。それでもいつまでこの町へ居るか、果てが決まっていない。
いよいよとなれば、院長に借りることはできるはずだ。だがそれは、なるべく使いたくない最後の手段と考えている。
「節約するなら、むしろいいんじゃないかな。値段と量を考えたら、福饅頭より安い食べ物なんかないよ」
「そんなに?」
「うん、なにせ銅銭五枚だよ。安いのは三枚かな」
それは安い。驚きと感嘆が一緒に、「ふぇっ」とおかしな声が出た。
銅銭よりも少額の貨幣はない。たとえば道端の、毒にも薬にも腹の足しにもならない草を、稼ぐ方法のない
銅銭の一枚や二枚、躊躇する者は居まい。
そういう額で買えるというのだ。皇都ではほとんど銭を持ったことのない
それに
「そんなに。じゃあ裕福でない人は、福饅頭だけ食べて生きることもできるのね」
「だね。俺の家の周りはそうしてるよ」
家という言葉と、あのボロ小屋が結びつかない。けれども
いくつの家族があそこに在るだろう。同じような小屋が、他にもいくつか見えた。
「あっ」
「どうした?」
(貧乏長屋のって、そういう……)
この町へ着いてすぐ、聞こえた唄。たしかこうだ
——命の重さは銀銭十枚
たかが同じ、十日の飯と
包丁十本、
貧乏長屋の
福饅頭にも足りはせん
包丁や
「唄を聞いたの。子どもたちの、遊び唄」
「ああ、あれか」
やはり耳に届いているらしい。あれだけ堂々と唄っているのだから当然だ。
だが彼は気にした様子がなかった。「ふふっ」と小さく、笑いまでした。
「うまく言葉を並べたよな、たしかにそうだよ。
「あっ、そうなの」
どうやら早合点をした。
勘違いを恥じ、目を逸らす。その方向に
「なんでもない。でもひどいわ。包丁十本とか
「そりゃまあ、からかった唄だから。包丁も
なるほどうまく意味を絡めてある。だが決して、褒められはしない。
「そんなこと、笑って言わないでよ」
「泣いてくれるの? 俺たちのために」
言われて気づいた。知らず、頬に熱い滴が滑る。二つ、三つ、間隔が狭まっていく。
「だって悔しいじゃない! 人の命は尊いものよ。ケンカでもした相手なら分かるわ。だけどそうじゃないでしょ、あなたを知らない子どもに、あなたも知らない大人が吹き込んでるのよ」
ぎゅっと目を瞑り、大粒が零れ落ちた。それをお終いにしようと、歯を食いしばる。
「……まあね」
閉じた視界の向こうで、
「だけどいいんだよ。
乱暴に、頬を手拭いの擦る感触がした。
ありがたいより、痛い。気遣いとしても、仰け反らずにはいられなかった。
「ちょっと、ごめん。痛い」
「あははっ。そりゃ悪かった」
思ったよりも近くに、
笑った息が、思いきり顔にかかる。言う通り、この福饅頭には海老がたっぷり含まれるらしい。
「あの——」
何を言おうとしたか、言葉の候補は浮かんでいなかった。拒んだままではいけない、そう思ったのは間違いないが。
けれど、続けることはできなかった。
「おいおい、女を泣かせてるぜ。色っぽいところに出くわしちまったな」
下品に、げらげらと笑う声。こんな人混みの間際へ、ヒキガエルが居るのかと思った。
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