第10話 放課後、時間ある?

 青山恋陽には秘密がある。そう、彼女は高校生にも関わらず結婚している。

 つまり、人妻なのだ。


「内緒にして」


 彼女にそう頼まれてから、俺の日常は変わった。


「ねえ、美味しい?」

「ああ、すごく美味しい」

「よかったあ。今日はね、新しいレシピ試してみたんだ」


 俺の顔をのぞき込んでいた青山恋陽の顔がぱっとあかるくなった。

 最近では毎日、二人で昼休みを過ごすことが多くなった。

 こうやって、青山恋陽が作ってきたお弁当を二人で食べている。


 あまりにも仲良く一緒に過ごしているから、一部では俺と青阿山恋陽が付き合っているんじゃないかという噂もあるくらいだ。


 だけれど、現実は違う。

 こうやってどんなに青山恋陽の側で楽しく過ごしていたとしても彼女は俺の恋人にはなり得ない。


 彼女に手作りのお弁当をもってきてもらい、毎日和やかに談笑する。

 以前の俺が聞いたら、それは間違いなく付き合っているという状況だ。

 そう状況だけ。


 でも、実際は俺はただ一人青山恋陽の秘密を知っている彼女にとって隠し事をしなくて済む、気が休まる相手でしかない。


 彼女の秘密を知っている存在。

 決して俺は青山恋人と結ばれることは無いのだ。

 ……結ばれてはいけない。


 あんなに青山恋陽の隣に座ることを切望したのに。

 彼女の笑顔を間近で見ることを願ったのに。

 彼女がこんなにも近くにいるのに。


 今の俺にとってこの現実は天国であると同時に地獄だった。


「ねえ、四谷君。今日の放課後時間ある?」


 何時もの調子で青山恋陽は俺の顔をのぞき込む。

 天使のような笑顔だった。


「いや、今日はちょっと妹と約束が……」


 嘘だった。

 だけれど、どうしても今日はこれ以上、青山恋陽の側にいるのがいたたまれなかった。

 側にいれば、彼女が人妻だということを感じる。

 そうすれば何時かあきらめが付くだろうと思っていた。

 だけれど、側にいればいるほど、彼女を知れば知るほど好きになってしまった。


 気持ちを伝えることさえ許されない好きな相手の側にいることがこんなにもつらいなんて誰も教えてくれなかった。


 そして、だれにもこのことは相談できない。

 誰かに相談することは彼女の秘密を誰かにばらすことにつながってしまうから。


「妹さんと、約束かあ……じゃあ、仕方ないね」


 そう言った青山恋陽の横顔は少し寂しそうだった。


「今度、妹さんにも会わせてね?」


 そう言葉を継ぎ足したときには、もう青山の顔からその寂しさは消し去られたあとだったけれど。

 俺は、青山についた嘘が嘘のままにならないように妹と放課後に待ち合わせるメールを送った。

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クラスメイトは人妻だった 華川とうふ @hayakawa5

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