第127話 陽成院2

 明日香が蒼汰に答える。


 「ええ。神代くん。一つの仮説だけれどね。私には、すべてが小野おののたかむらによって仕組まれていたとも思えるのよ。最初に葬儀屋くんと茅根先生が女将の旅館に偶然入ったところから、篁によって仕組まれていたんじゃないかしら?」


 「じゃあ、山之内さん。葬儀屋と茅根先生が女将の旅館に入ったのは偶然じゃないっていうの?」


 「だって、葬儀屋くんと茅根先生は、ろくろ首の女将とは何の関係もないわけでしょう。その関係のない二人が偶然入ったのが、ろくろ首の女将の旅館だったというのは出来すぎのように思えるのよ。それから起こったことも同じなのよ。考えてみて・・・」


 そこで明日香は言葉を切って、蒼汰の顔を見つめた。みんなの前で見つめないでほしい・・・蒼汰は赤くなった。明日香が続ける。


 「たとえば、私と神代くんが葬儀屋くんたちを探していて、偶然入った旅館も女将の旅館だった。そこで、さらに神代くんが、葬儀屋くんのハンカチと靴下と茅根先生のパンストを偶然見つけた。私たちがその旅館で女将に襲われて逃げているときに脱出の井戸を見つけたのも偶然よ。それから、もう一度、みんなで女将の旅館にのりこんで妖怪と闘ったときも、水の中で神代くんが偶然文箱を見つけたのよ。その文箱のおかげで、私たちは旅館から鳥辺野に脱出することができたわけなのよね・・・こう考えていくと、今回の事件はすべて偶然、偶然、偶然が重なってできているのよ。でもね、私には、これは偶然が重なったのではなくて、どうしても小野篁がすべてを仕組んだように思えるのよ」


 「でも、山之内さん。篁はどうしてそんなことを仕組んだの?」


 「もちろん、女将を倒すためよ」


 「じゃあ、夷川えびすがわ児童公園に小野篁が現われたのは?」


 「それも篁は最初から夷川児童公園で、私たちと女将が対決するように仕組んでいたのじゃないかしら? もちろん、倉掛先生が言われたように、小野小町からも篁に神代くんの計画が知らされたと思うわ。小野小町のこともすべて計算に入れて、篁は女将との最終決戦の場所に陽成院跡、言い換えると夷川児童公園を選んだように思えるのよ」


 明日香は倉掛の顔を見た。倉掛は微笑みながら、明日香に小さくうなずいた。それを見て、明日香は勇気を得たようだ。明日香が話し始めた。


 「陽成院跡は篁につながりがある陽成院の御所だったところだし、同じように篁につながりがある紫式部が『源氏物語』の舞台にしたところでしょ。つまり、篁には、陽成院跡は馴染みのある、よく知った場所だったというわけね。それで、篁は女将との決戦をするに当たって、その戦いの場所として、自分のよく知っている陽成院跡が選ばれるように仕向けたというわけなのよ。自分に有利な場所で戦うように仕向ける・・・これは昔から、いくさをするときの鉄則でしょ」


 「あっ、そう言えば、小野篁が夷川児童公園に現れたとき、後ろに仏童丸ほとけのわらべまるがいたよね。仏童丸の後ろにも誰かいるようだったけれど、ひょっとしたら、あれは?」


 「そう。ひょっとしたら、小野小町だったかもしれないわね。小野小町はすべてを篁が仕組んでいることを知っていて、わざとその計画に乗ったんじゃないかしら。だから、最後の決戦を見届けるために、篁や弟の仏童丸と一緒に夷川児童公園に現れたのではないかしら」


 「小野篁が女将を倒すために、この事件のすべてを仕組んだ・・・」


 蒼汰は宙を見上げた。


 「そうなの。あの鳥辺野という、時間も空間も私たちの世界とは異なる世界にいた篁は、女将を倒す遠大な計画を立てたのよ。そして、その計画を実行するためには、私たちのこの世界の、ここにいる5人と葬儀屋くんと茅根先生が必要だった。

 一方、私たちとは別に、あの鳥辺野の世界では、篁に関係がある陽成院、小野小町、紫式部の協力が必要だった。

 つまり、小野篁は女将を倒すために、これらの人々を全員巻き込んで、時間や空間が異なる世界にまたがった実に遠大な計画を立てたのよ。私たちは、それに乗っかって動いていただけじゃないのかしら?」


 遠大な話だった。誰もが息をのんで明日香の話を聞いていた。あまりにも遠大すぎて、コメントを差しはさむことすらはばかられた。一人、倉掛だけがうんうんとうなずいている。


 小野篁が企てたのは・・時間的には平安時代初期から現代まで、空間的には異世界の鳥辺野から現代日本の陽成院跡の夷川児童公園まで・・時間も空間も異なるこれらをすべて巻き込んだ遠大な計画だったのだ。


 そしてその計画に、ここにいる5人と葬儀屋と茅根、そして、陽成院、小野小町、紫式部の全員が動員され巻き込まれたのだ。


 まさに、時間も空間もすべてを超越した大計画だった。


 なんという壮大で遠大な話なんだろう。蒼汰は言葉を失った。


 また、重い沈黙がリビングを支配した。小野篁のあまりにも遠大な計画に全員が圧倒されていたようだ。誰も言葉がなかった。


 沈黙を打ち破るように蒼汰が言った。


 「あっ、そうだ。僕がいま、はいてるパンストだけど、茅根先生に返すときに何と言えばいいのかな?」


 「えっ?」


 明日香が首をかしげる。


 「だって、葬儀屋と茅根先生には、今回の事件のことは何も言わないわけでしょ。だったら、茅根先生のパンストを僕がはいていた理由がないじゃない。『先生のパンスト、僕がはいていましたけどお返しします』と言ったら、茅根先生はびっくりするよ。茅根先生に返すときに何と言えばいいのかな?」


 明日香が明るく笑った。


 「なんだ、そんなことなの。何も心配はいらないわよ。神代くん、あなたには女装がピッタリと似合ってるのよ。これからは、ずっと女装して暮らしなさい。茅根先生のパンストは女装の記念にもらっとけばいいのよ」


 「ええ、そんな。ずっと、女装しているなんて無理だよ」


 「心配いらないわ。前にも言ったように、あなたは大丈夫よ。私があなたをお嫁さんにもらってあげるから」


 「えぇぇぇ・・そ、そんな。もう、女装はこりごりだよ」


 あわてる蒼汰を見て、明日香が爆笑した。


 明日香につられて全員が笑い出した。明日香のマンションの一室が笑いに包まれた。


 鳥辺野にいる小野篁も笑っているかもしれない。


 明日香の部屋のリビングの窓から月が見えた。


 あの月は鳥辺野も照らしているのかもしれないな・・・


 蒼汰は窓に行って月を見上げた。


 いつの間にか明日香も蒼汰の横に来て月を見上げていた。


 二人の手が重なった。


                          了


(読者の皆様へお礼)

 約4か月にわたる駄作の長期連載にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 連載がうまく進まず苦慮することも多かったのですが、皆様より暖かい応援や励ましのお言葉を頂戴し、何とか最後まで書き終えることができました。

 これも皆様もお陰です。

 厚く御礼を申し上げます。

 本当にありがとうございました。


                           


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轆轤首の宿 永嶋良一 @azuki-takuan

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