どうにもならなくても

第1話 理由は分からない

 理由があれば本当はそれでよかった。

 恐怖から脱力しきった彼女の体を抱き寄せ、彼女の部屋の玄関に二人で滑り込んだら全力でドアノブを引いて、ドアが閉じた瞬間に鍵をかけた。

 殴れば勝てそうな相手だったから恐怖はなくて手は一切震えなかったが、腕の中の彼女が震えていて話しかけた。


「やばすぎでしょ、うけるね」

 笑いかけてはみたが、抱き寄せた彼女に同意できる気力はなく、想像以上に彼女の顔色が悪くて両腕でできる限り包み込み、飼い犬にするように頭を撫でた。

「大丈夫、入ってこられないから。大丈夫だよ」

 ドアを拳で殴り続ける音と共に、彼女への暴言と自分への呪いの言葉が狂った声で繰り返される。自分がいなければドアの向こうで叫ぶ男も彼女に危害を加えようとはしない、彼女の生活を追うだけのストーカーだったのかもしれない。自分が原因であると認めて彼女をこの両腕に閉じ込める理由を明確にした。

「あの人、変な人だね。でも俺がいるからね。絶対に俺が守るから大丈夫だよ」

 声も無く泣き続ける彼女の頭に顎を乗せて、カバンの中から携帯電話を取り出し、3つの簡単な数字を入力して、携帯電話を耳に当てた。


 隣の部屋に住んでいたストーカーからほぼ意識を失っている彼女を守るために、


 彼女の部屋の隣に雇用している従業員が偶然住んでいて、時折彼女と顔を合わせた時はごく緩く頭を下げ、頭を下げつつ自分よりも深く頭を下げている彼女を確認する度に、嫌いじゃないなといつでも思っていた。

 挨拶程度でしか顔は合わせなかったけれど、彼女を良い娘だと認識するのはかなり早く、彼女の微笑みを一目見た時から彼女への信頼は揺るぎなかった。頭を下げながら目線を下げ、服を柔らかに押し上げる胸の曲線、それと対照的に引き締まった腰の細さはいつでも眼福で、彼女に送る視線を同じように自分の事務所で雇っているアルバイトに向けていたら容赦なく「目つきがエロいんだが?」と罵られていただろう。

「警察が来てくれるから、一緒に待とう。お名前は何て言うの?」

 彼女が腕の中から顔を上げ、幾度か瞬きをしてから目を合わせた瞬間、彼女の目から涙が零れ落ちた。守ってあげると嘯いた自分に寄せられた信頼をその目の中に見てしまい、一瞬の息苦しさに目を反らした。


「鈴木です」

「下のお名前は?」

彼女が鼻をすすり息を整えてからこはると答え、

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どうにもならなくても @nagi0916

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