一章『異界③ 鬼ごっこ』

 グルァァァァァァァァァァァァ!!!!

 咆哮が轟く。

 思わず耳を塞ぐが近距離で聞いてしまったが為に三半規管が狂う。

 「が、―――――――――――――――」

 声が出ない感覚を覚えながらも裕人は必死で逃げる方法を探していた。

 距離にして数メートル。

 電車は止まっているが外に出ようにも下手に動けばその瞬間にミンチにされるのは明白だった。

 「(こんな狭い場所じゃ背中見せたら一瞬で殺られる―――――)」

 だが、動こうにも身体が言うことを効かない。

 思わず一歩退いてしまった時、ギロリと鋭い眼光が裕人を射抜く。

 「しまっ!」

 大きく振りかぶった腕が裕人を捉え振り下ろされる。

 次の瞬間にはぐちゃぐちゃの肉塊に変えられる。

 そう思ったが、その前に腹部に軽い衝撃が走る。

 視線を下ろすと密音が思い切り身体をぶつけ鬼のいちげきを回避した。

 「不来方ッ!?」

 「十崎くん! 早く!!」

 よく見ると他の四人はもう次の車両へ逃げている。

 慌てて裕人、密音の二人も逃げるが黒鋼の鬼も追ってくる。

 次の車両に飛び込むとガチャン、と施錠音が聞こえたと同時に扉に衝撃が走る。

 窓越しに見ると鬼が扉を抉じ開けようと殴っている。

 「―――――――――――」

 ギリギリで逃げたがこれはあくまでも一時凌ぎでしかない。

 だが考える暇を与えてくれないのが現状だった。

 案の定車両内では四人が言い争っている。

 「テメーら勝手に逃げやがって!!」

 「何でお前の言うことを聞く必要があるッッッッ!」

 短髪の男と中年男性は言い争っており、他の女性二人はパニックに陥っている。

 正直裕人もかなり混乱しているが、他人のそんな姿を見ていると不思議と冷静になれる。

 視線を後ろに向けると激しい衝撃が後ろの扉から放たれている。

 「―――――――?」

 先ほども少し疑問に思ったが、何かが裕人の中で引っ掛かるものがあった。

 何かがおかしい。

 小さな疑問だが、そんな考えは怒声にかき消される。

 「いいから助かる方法考えようよ! オッサンらが怒鳴っても意味ないじゃん!!」

 派手なピンク色の髪をしたギャルが悲鳴に近い声を上げる。

 「あの」

 「えっ?」

 密音は比較的冷静そうな女性に声をかける。

 「皆さん、次の車両へ行かないんですか?」

 すると女性は少し肩を落としながら次の車両への扉を指差した。

 「行きたいんだけど扉が開かないの。しかも私たちが乗ってたのって三両目だったから、この次は先頭車両だから逃げ場所がなくて…………しかも窓の外がのよ」

 その言葉に二人は視線を向けると確かに霧に覆われているのか真っ白で外の状況が分からなかった。

 「それにぃ、あーしらのスマホも変なメッセ来てから何処にも繋がんないし……サイアクって感じ」

 SNSも上げれない、そう呟いた彼女は写真だけでも撮ろうと窓の外にスマホを向けていた。

 こんな状況でよくそんな余裕があるものだ、と裕人は思っていたが確かに電波は圏外で外に助けも呼べない。

 一体何がどうなっているのかは分からないが、一つ言えるのは自分達が『異界渡りドリフトドライブ』と言う遊戯ゲームに参加させられたと言うことは分かった。

 「クソッ! あのイクスってヤツは俺らを殺す気かよ」

 裕人はあのスマホの画面内でケラケラ嗤う道化師イクスに怒りを覚える。

 「十崎くん………………少し、いいですか?」

 すると今まで黙っていた密音が口を開く。

 どうした? と促すと密音は震えながら



 「静かになってません?」



 「あ」

 一瞬だった。

 パシャっとバケツの水をひっくり返したような勢いで目の前が赤く染まった。

 が人の血液であり、先ほどまで言い合いをしていた短髪の男のもので、彼の上半身が吹き飛んで窓に叩きつけられた際に飛び散った血と肉片だった事に気付いたのは少ししてからだった。

 「――――――――――――――――」

 全員が言葉を失う。

 それもそのはず、何故ならのだから。

 「な、ん」

 言葉が出なかった。

 移動したとしてもこんなに早く先回りされることがあるのか? しかもこの図体で音もなく?

 考えても分からない事だらけだ。

 今彼らに出来るのは一刻も早くこの場から逃げることだけだった。

 皆が混乱する最中、彼らのスマホに一通のメッセージが届いたが、誰も気付かないでいた。

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ワールド・イクリプス がじろー @you0812

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