一章『異界② 〝異界渡り〟』

 「十崎くん! 起きてくださいッッッ!!」

 目を覚ますと目の前に泣きそうな不来方密音の顔が近くにあった。

 「不来方? ってのあっ!?」

 慌てて起き上がると一瞬立ち眩みのような感覚に襲われた。

 ぐわんぐわんと回る頭を軽く叩きもう一度密音の顔を見る。

 「痛ぇ…………一体何が」

 辺りを見回すとここは電車の中らしく、他にも数名が裕人同様に倒れている者も居れば密音のように起き上がって混乱している者もいる。

 「脱線…………したのか?」

 誰かがそう呟いた。

 車内は暗く電車が動いている気配もない。

 だがもし本当に脱線したのならば自分達は無事なはずがないし、そもそも

 謎の緊張感が漂うなか、突然彼らのスマホに一通のメッセージが届く。

 確認するとそこには『D×D』とだけ表示されており、ボックスを開くとURLが添付されており、それにタップをした。

 『ジャジャーン!!』

 軽快な音が流れたかと思うとスマホの画面にピエロのような姿をしたアバターがうねうね動いていた。

 「何よこれ」

 誰かが呟く。

 どうやらその場にいる全員が同じモノを見ているようだ。



 『よーこそ! 〝渡り人ダイバー〟諸君!! ボクちんの事は愛嬌込めてイクスと呼んでくり。ちな、Xって書いてXイクスね~』



 突然喋りだしたイクスというアバターは変わらずファンキーな動きをしている。

 『さてさてさーて今回の紳士淑女の皆々様は第十五回〝異界渡りドリフトドライブ〟に当選されたのですが気分はどうかなーッッッ!? ノッてるかーい!?』

 場違いなテンションに困惑する裕人達だったが、一人だけ強気な男が一歩前に出た。

 「くくっ、これがウワサの都市伝説ってヤツかい! この謎を解けば一攫千金も夢じゃねーって訳だ!! おい、俺が今からお前らのリーダーだ! オッサンと女、それにガキしかいねーみたいだしな!」

 随分と好き勝手に言う男は金色の短髪にピアスや刺青を全身にしており、威圧的な態度で見下してくる。

 そんな風貌をしているせいで誰も反論はしない。

 だが、

 「ちょっと待てよオッサン。何がなんだか分かんねぇ状況で勝手に話進めても仕方ねーだろ」

 思わぬ反論に男が青筋を立てながら振り返る。

 そこには裕人がスマホを見つめながら異を唱える。

 「んだと? もっぺん言ってみろやガキ」

 「よく考えてみやがれ。X《コイツ》はまだテメーの名前と『異界渡り』って単語を出しただけでまだ肝心な事は何一つ分かっちゃいねーんだ。迂闊に動くのは危ねーだろうが」

 堂々と言い放つ裕人に呆気を取られていたが、他の者達も口々に賛同していく。

 「このッ!」

 男が拳を握りしめ振りかぶろうとしたとき、全員のスマホから声がした。



 『あのさ、キミらが揉めようと知ったこっちゃないんだけどボクちんを無視するのはいただけないなぁ』



 先ほどまでの陽気な声はどこへやら、放たれた言葉は氷のように冷たかった。

 「な―――――」

 まさかアバターにまで馬鹿にされるとは思っていなかったのか、男は言葉を詰まらせていた。

 だが、裕人は違う意味で言葉を詰まらせている。

 「(コイツ………………)」

 ただのアバターではないのだろうか?

 そう思っているとイクスはまた陽気な声に戻った。

 『みんな仲良くしないと、すーぐにゲームオーバーだから気を付けてね♪ じゃあ最初のミッションは~どぅるるるるるるるるるるるるるるるる―――――ジャン!』

 全員のスマホにでかでかと文字が浮かび上がる。



 『鬼ごっこ』



 静寂が訪れる。

 何だこのふざけたものは。

 そう思っていると短髪の男は怒鳴りだす。

 「ふざっけんな! 何が鬼ごっこだよ!! どいつもこいつも馬鹿にしやがって! いいからさっさと―――――」

 ズンっ、と地響きがなる。

 最初は地震かと思ったが何かが落ちてきたような、そんな響きだ。

 『さぁ、楽しい遊戯ゲームの〝はじまりはじまり〟。。逃げろ逃げろどこまでも。終焉ゴールめざして走って走って、追い付かれたら、お・し・ま・い』

 ズンっ、ズズン―――――。

 地響きが続く。

 スマホにはX―――――イクスからのメッセージが表示されているだけでうんとも言わなくなった。

 「十崎くん…………怖い」

 密音は震えながら裕人の袖を強く掴む。

 「不来方―――――大丈夫だ」

 裕人は力強く答えるも正直いやな予感しかしなかった。

 他の人たちも不安なのかざわざわしている。

 ふと、先ほどのイクスのメッセージを思い返す。



 『さぁ、楽しい遊戯ゲームの〝はじまりはじまり〟』



 「(鬼は一匹…………村人六人?)」

 裕人は改めて今の状況を知る。

 周りに怒鳴っている短髪の男に、冴えない中年男性、未だに混乱している女性にSNSが使えないとぼやいているギャル、そしてここには裕人と密音の合計―――――六人。



 逃げろ逃げろどこまでも。終焉ゴールめざして走って走って―――――。



 冷や汗が止まらない。

 背中に小さな針が刺さるような感覚。

 



 「(追い付かれたら―――――お・し・ま・い)」



 ズンっ、ズズンッッ、ズズズンッッッッッッ!

 音が近付いてくる。

 誰も何も気付いていない。

 地震ではない。

 これは、

 「――――――――――げろ」

 掠れた声が喉から辛うじて出た。

 地鳴りが近付く。

 これが、

 

 「逃げろォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 裕人が叫ぶと同時に、彼らのいる車両の天井が吹き飛んだ。

 あまりの衝撃に腰を抜かすもの、呆気に取られたもの、そして声無き悲鳴を上げたものと、リアクションは様々だ。

 無理もない。



 五メートルは有るだろう黒鋼くろがね色の巨体。

 鉄の塊を豆腐のように引き裂く丸太のような剛腕に鋭い爪。

 肉を引き裂き骨を砕く強靭な顎と牙。

 そして、全てを射抜く紅い眼光に額から伸びた角。

 昔話に出てくる〝鬼〟そのものが彼らの前に姿を現した。

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