第11話 魔女を助ける、ということ

 2人の姉妹は、真っ白な部屋にいた。壁も、天井も、部屋の中央に置かれている2つのシングルベッドも全てが白い。自分たちが着ている服すらも白色だ。

 この空間で色を持っているのは、片足についている鉄製の拘束具だけだ。

「……私たち、どうなっちゃうんだろう」

 雪音がぽつりとつぶやいた。雨音は、泣き出しそうになっている妹を抱きしめたいと思った。けれど、片足についている拘束具が、妹に近づくほど重量を重く持ち、歩くことができない。

「大丈夫、大丈夫だよ」

 気休めにもならない言葉を、離れた所から言うしかなかった。

 妹を抱きしめるために、足を折ってやろうか、と思った。けれど、決意を固めるよりも先に、白い空間の扉が開く。

「魔女の分際で、人間気取りですか?」

 単調なリズムで歩きながら、明らかな嫌悪を示してくるのは、姉妹を捉えた張本人、黄瀬波歩だ。

 雨音と雪音は、お互いに手を伸ばし、少しでも触れ合おうとする。しかし、黄瀬が間に入り、雪音の手を蹴り上げた。

「お前たちは、自分の立場が分かっているのか?」

 黄瀬は、雨音を見下す。その双眼に怯えるしかなかった。雨音は、黄瀬が自分たちに何をしようとしているのか、敵意なのか、憎悪なのか……何も分からなかった。

「魔法を使えなければ、死ぬまで人間のフリを続けられた物を……無様ですね。 少し魔法を使えるようになったからといって、家族を探し出すなんていう欲を出しましたか。 魔女は、傲慢でいやらしい」

「お前に、何が分かるんだよ……」

 雨音の精いっぱいの抵抗だった。妹を守るための精いっぱいの威勢だ。

 だが、それを馬鹿にするように、黄瀬は鼻で笑う。

「分かる、分かりますとも。 私は、魔女と魔法、秩序と正義を管理する者なんですから。 ただ、ラッキーですね。 世界が魔法に依存しているおかげで、貴方たちは生きれている」

 黄瀬の言葉に、段々と力が入ってゆく。言葉の一つ一つに感情を乗せ、口から唾液が飛び出しても、整えられた七三が崩れても気にせず、目を血走らせる。

「魔女を支配し、都合のいい魔法の恩恵だけを得る。 汚れた血を持たず、私たちにとって都合のいい社会を作り上げる。 あぁ……なんて、美しいんだ」

 血走った目を潤ませながら「私の……理想(ユート)郷(ピア)」と空を抱きしめた。だが、人格が変わった様に乱れた髪を手で整えなおし、口元をハンカチで拭う。冷たい殺人鬼のような人間に戻った。

「魔女が、人間らしい扱いを受けられると思わないでください。 貴方たちは、私たち人間のための道具になるんです。 皮肉ですね。 魔女が、魔道具の扱いを受けるなんて」

 不気味に笑いながら、興奮を押し殺すように表情をピクピクと痙攣させた。

「狂ってる……」

 雨音の口から自然と零れた言葉だ。吸った空気を吐くように、食べた苦い物を吐き出すようにして。

 すると、黄瀬が入ってきた場所と同じ扉から、スーツを着た男が1人現れる。雨音と雪音を押さえつけたような男たちと違って、彼の腰元には黒い塊がぶら下がっている。それは、明確に人を殺せる物だ。

 男は、黄瀬の側に歩み寄り、耳打ちをした。黄瀬は、男の話を最後まで聞くと、2人に目をやり大きく口角を上げる。

「……魔女から希望を奪うのもいいじゃないか」

 黄瀬の言葉が、何を指しているのか2人には、はっきりわかった。

「やめて! 鹿間は、関係ない!」

 叫んだのは雪音だ。目は潤み、涙を溢している。けれど、雫が伝っているのは、右頬だけだった。雨音は、黄瀬が鹿間に何かしようとしているのはわかった。けれど、叫びはしなかった。流れだそうとする涙を噛み殺すのに必死だった。

「魔女の希望が、あの人間とは……憎たらしい運命ですね」

 そういうと、スーツの男を連れて黄瀬は部屋を出ていった。追いかけようにも、足枷が冷たく足首を引っ掻き動くことができない。

 軋む足首の痛みが、悲しみの後押しをしたのか。鹿間という人間を巻き込んだ罪悪感がそうさせたのか……2人の魔女は、鹿間と出会ってから初めて涙を流した。瞳を潤ませるだけではなく、大粒の涙を溢した。

 けれど、2人の瞳からは、それぞれ片目からしか涙は流れない。


   *


「……魔法ってのは凄いですね」

 俺は、走りながら純粋にそう思い呟いた。

「そりゃ、魔法具の元祖ですから。 少ししか使えないって言っても、偽物には負けないよ」

 溢した呟きに、アンが律儀に答えた。その間も、立ち塞がる男たちを簡単に気絶させていく。簡単な話だ。

仕組みの分かる無機物を分解できる魔法――皮肉にも、現代には魔法具が蔓延り過ぎている。男たちが俺らに向ける武器はもちろん、彼らが身に着けている時計や小さなアクセサリー。全てが、魔法具であり、アンにとっては魔法をかける対象だ。

 俺は、ただ走るだけ。年下の女性が開いてくれた道を駆けるだけだ。

 しかし、そう簡単に駆け続ける事ができるわけではない。

 アンの足が止まる。遅れて俺の足が止まった。

「あちゃー……面倒なのが来たね」

 眼前にいるのは、明らかに今まで行く手を阻んできた男たちとは異なる人間だ。体格は、通常の成人男性の2倍はあり、ただでさえ体の形が分かるスーツが、筋肉一つ一つに食い込んでいる。

「お前ら、何をした」

 男は、倒れている仲間を見渡しながらそう言った。

「アンさん、こいつも魔法でどうにかならないですか?」

「無理、無理~ こいつ、魔法具全く持ってないもん。 肉弾戦だね」

 賢い、というべきか。それとも、ただの馬鹿というべきか。

 どうしようかと考えているとアンが、俺の背中を叩く。

「肉弾戦はパス」

 この男で気が緩み、アンに押された勢いで躓きそうになり、そのまま男と俺のタイマンのような形になった。

「マジかよ……」

 肉食動物は、闇雲に獲物を襲うわけではなく、タイミングを見計らいベストな時に飛び掛かる、と聞いたことがある。筋肉男にとって、タイマンの形になるのが、いわゆるベストな時だったようだ。

 駆けだした男の勢いに呑まれそうになりながらも、ファイティングポーズをとった。

「待て待て待てッ!」

 もう筋肉男に声は届いていない。荒々しく熱量を持った息を吐きながら、拳を振るう。一発一発が、風を切り、音となって鼓膜を揺らす。

 大振りだから、なんとか避けれるだけであって、かすりでもしたら意識は飛んでしまう。

 格闘技なんて興味すら持たなかった俺は、間一髪で岩のような拳を避ける。羽織っているジャケットが綺麗に尾を引いている事だけは、見栄えがいい。

 その時、ジャケットの右ポケットだけが、尾を引く瞬間に遅れていることに気が付いた。

 一瞬、意識がその不自然さに向き、拳を避けるのがワンテンポ遅れた。頬を拳がかすめた。なんとか、意識が飛ぶことは無かったが、当たった箇所が軌道を描きパックリと割れている。生暖かい血が頬を垂れる。

「こいつ、本当に人間かよ!?」

「……違うっぽいねぇ」

 アンが何か言ったが、それを俺は聞き取れず「なんだって!?」と聞き返す。

「一瞬でいい! 相手の動きを止めてみて!」

 この声は、はっきりと聞こえた。無茶を言ってくる。でも、無策なわけじゃない。

 男が、またワンパターンに右の拳を大振りしてくる。俺は、軌道をよく見て、鼻先ギリギリでそれをよけ、男の懐に飛び込んだ。

 男の左手が、俺のわき腹に当たる寸前で止まる。俺の息は上がり、全身から汗をかいている。でも、右手で握り、男に突き立てている、それを力いっぱい握りしめていた。

「動くな! 顔も上げるな!」

 動かれても、顔を上げられても不都合なのは俺だ。もし、男に突き立てている銃を見られたら、俺は殺されてしまう。黄瀬を監視しに行ったときに、雪音がお守りといって渡してきた銃の玩具だ。

「お見事だね」

 アンは、わざとらしい拍手をしながら俺のすぐ後ろに立つ。でも、視線を外すことはできなかった。少しでも隙を見せたら、この男は俺を殺す。

「さてさて、君に少し聞きたいことがあるんだ」

「俺は、何も喋らねぇ」

 威勢のいい言葉が本心かどうかわからない。だが、筋肉男の額には、運動ではかかない類の汗が滲んでいる。額を一滴伝い、男の右目に入ったけれど、瞬きをしなかった。

「ふーん……これで同じことが言えるかな~?」

 アンは、男の肩に手を置く。刹那、筋肉で守られ、威勢を張っていた男が、叫び声を上げ、のたうち回った。痛みを振りほどこうと拳を振り回す。だが、その勢いは弱弱しく、俺の玩具の銃を叩き落とす程度の物だ。アンに至っては、ひょいと身軽に、それを交わしている。

 銃を突き立てずとも、男は身動き一つしない。痛みを堪えるだけで精いっぱいのようだ。

「お前ぇ……何をした……」

 肩で大きく息をしながら、吐く息に合わせて怒鳴る。

「君、魔法具で人体改造してるでしょ?」

 男は何も答えない。無言が、肯定を示している。

「まさか、人体改造の魔法具まで出来ちゃってるとはね……まぁいいや。 それより、聞きたいことがあるの。 双子の魔女はどこ?」

「答えるわけ――ああああああ!」

 俺は、魔女を否定するわけでも、黄瀬のような嫌悪感を持っているわけではない。だが、アンと男の姿が魔女の拷問を見ているようで、押し黙ってしまった。

「体の至る所に魔法具があるね。 偽物の魔法何て、私に掛かれば見えなくても弄れちゃうよ~」

 野太い野獣の悲鳴が、通路に響き渡る。しばらく、悲鳴が続いて、また男が肩で息をするだけの時間になる。

「時間が無いの。 これが最後ね。 双子の魔女はどこ?」

 喘息のような濁点交じりの荒い呼吸音だけの沈黙が続いた。ほんの数秒間。1分も待たずに、アンがにっこりと笑う。

「死にたがりだね。 それじゃ――」

「上だ! この階段を上がった最上階にいる」

「……私たちだけでいけるかな?」

 今にも息絶えそうな男の声色とは、真逆に子供をあやすようにアンは言う。

「行けるだろう……俺の叫び声を聞いても誰も来ない。 黄瀬さんに、お前らが脱走したことは、当に伝わっているはずだ。 黄瀬さんが、お前らを待ってるってことだ」

「なんで、黄瀬が私たちを待つの?」

「そこまで知るかよ。 あの人は、俺達でも理解できない」

 アンは、俺の方を見た。この男の言っていることを信じるか、どうか無言で尋ねていることは分かった。

 俺は、小さく頷く。

「おっけー、それじゃありがとうね」

「おい、待て――」

 男は、全てを言い切る前に白目を向いて、その場に倒れ込んだ。

「……殺したのか?」

「まさか、人殺しはしないよ。 気絶させただけ」

 アンは、この状況で楽しそうに笑っていた。この世界の魔女の在り方を体現しているようだ。先を進む彼女の背中を追いかけながら「敵じゃなくてよかった」と呟いた。


 筋肉男の言う通り、監禁されていたフロアから出ると人の姿は全くなかった。だが、消えたわけではないのは分かる。エレベーターに乗り込んだ時、天井に付いている監視魔道具が、音を立てて首を動かした。まるで、手招きをされている気分だ。

 エレベーターで高さ30階までは上がるのは、荒れる息を整えるのに丁度よかった。乱れたジャケットを羽織り直す。丁度、ピンポンと到着を告げる電子音が鳴った。

 エレベーターを出ると絨毯が敷かれた道が50mくらい真っすぐ続く。壁には、等間隔に灯を揺らす魔法具が並び、ここか普通のフロアではない、と察しがついた。

 50mの道の先には、寡黙に閉じる豪華な額縁のような両開きの扉がある。

 俺とアンがエレベーターから一歩出ると、待っていたか―ようにエレベーターは閉まる。すぐに、重い地鳴りのような音を立て、下へと降りていく。

 静かだった。さっきまで武器化された魔道具の音と叫びが響いていた空間とは、大違いだ。

「ありがとうな」

 俺の声は、このフロアによく響く。

「なに、改まって?」

「いや……なんていうか……」

 言葉が出てこなかった。

 思い返すと、この世界に生きる者にとって、あまりに衝撃的な日が続いている。魔女と関わりのある家系に影を落とす自分を知り、その後で魔女と名乗る双子の姉妹が現れる。かと思ったら、仕事仲間の情報屋も魔女で、国を代表する組織の1つと対峙することになった。

 アクション映画と遜色がない物語……でも、俺は、絶対に死なない無敵の主人公ではないのだ。自然と、拳に力が入る。力み過ぎて体が震えた。

「さ、2人を助けて帰ろう。 私の可愛い妹たちを抱きしめなきゃいけない」

 へらへらと笑っているが、アンの表情を見る限り、冗談でもなく本気の様子だ。そうか、雨音たちと俺の関係は「魔女の家族を探す」依頼が繋げている。だから、俺は、気づかないうちに依頼をこなしたということだ。

「全然、似てない家族だな」

「そりゃそうだよ。 祖先を辿れは同じだろうけど、それはそれは長い時間をかけて、バラバラになったんだ。 それこそ、ほとんど血の繋がりが無いって言っていいほどね」

 少しだけ安心した。潔癖さをもつ肌の白さと美人の形容ともいっていい整えられた黒髪の少女と、汚い世界に足を踏み入れ過ぎたバーの女マスターが同じ血を引いているとしたら、切ない気持ちになる。それは、父親心に少し似ている、と思う。

 俺達は、50m先の扉に進んでいった。無音だ。壁で揺れる灯を光らせている偽物の魔法の音が聞こえてくるほど無音だった。

 両開きの扉は、とても冷たかった。この先に待っている人間の双眼の冷たさとよく似ている。無機質で、感情を持たない刺すような冷たさだ。

 俺とアンで扉を開く。白い光に目が眩んだ。俺は、晴れの天気が嫌いだ。鬱陶しい朝の日差しや朝から行動することを祝福するような風潮、独りきりだと朝が嫌いになる。

 でも、不思議と最近は、朝が鬱陶しく感じなっていた。理由は、イマイチわからない。だから、目を霞ませる白い光に目が慣れるまで、そう時間はかからない。

「待っていたよ」

 全ての壁が巨大な窓だった。雲の無い晴天だからか、窓越しに日差しが強く差し込んでいる。いつも足を付いて歩いていた街並みが、灰色の砂漠のように広がっていた。ただ、それだけがある。それだけしかない部屋の中央には、黄瀬だけが立っている。

「2人をどこにやった?」

「あるべき場所にいますよ。 魔女がいるべき場所にね」

 爪が食い込むくらい拳を握りしめた。

「……殺したってことか?」

 自然と言葉にも力が入る。

「まさか、魔女を殺すわけないじゃないですか」

 少しだけ拳に入っていた力が緩む。

 黄瀬が、よく知っている煙草のソフトケースとライターを投げてきた。それは、俺の足元で止まり、拾い上げる。まだセロハンを向いていない新品の煙草だ。

「魔女からのお願いです。 貴方を殺す前に、煙草を吸う時間位作ってあげて欲しいとね」

 足元に転がった煙草を拾い上げ封を開ける。

「俺は、殺されるのか」

「えぇ、魔女を支配するためには希望を奪うのが、一番いいのでね」

 俺は、煙草を一本口に咥え、煙草の箱を黄瀬の方へ向ける。黄瀬は「私は、嫌煙家でね」と答えた。黄瀬のかわりにアンが、煙草を奪い一本を口に咥える。俺たちは、ライターから出る一つの炎で一緒に火を付けた。

「何故、魔法司所が出来たか知っていますか?」

 何も答えなかった。久々に吸った煙草の味を十分に楽しむ。舌先に当たるニコチンがピリピリとした辛みを持っている。

 大きく吸った煙を、黄瀬の方へ吹いた。黄瀬は、手で払いながら勝手に語り出す。

「大昔、魔女が魔法を持たない子供だけを残した日。 あの日、人間は魔女を許したわけじゃないんですよ。 安心したんです。 自分たちが束になっても勝てない相手が、勝手に死んでくれたわけですから。 しかも、魔女は、最も人間が恐れたいた魔法を扱えない子供を残していったじゃないですか! 魔女が強欲なら、人間は怠惰ですからね。 そりゃ、子供を独占して、自分たちが楽できるよう利用するわけです」

「魔法具は、魔女の紛い物だろ」

 黄瀬の一人舞台が鼻に付き、自分の存在を主張するため相槌を打った。

「紛い物ではないですよ。 人間にとって理想的で、安全な紛い物です。 人間が欲しいのは魔女ではなく、魔法ですから。 ただ、魔法は魔女が死んだら同様に死んでしまう。 魔法が死ねば、私たちの理想的な魔法も進歩無く停滞してしまう。 だから、魔法司所が出来たんですよ。 魔女と魔法を司り支配する組織。 それが、魔法司所です」

「そんな組織が、子供の魔女を逃がしたと?」

 魔法司所が存在するのなら、俺は2人の魔女と出会っていない。それから、隣で煙草を吸うアンとも出会っていないはずだ。

「二十年前に起きた魔法司所襲撃事件……学者である山崎輝彦を指導者として、違法宗教団体と手を組み魔女の存在を証明するために行われたテロ事件だよ。 まぁ、世間には隠された事件だけどな」

 アンが俺の質問に答える。

 山崎輝彦は聞き覚えのある名前だ。そう、現代に魔女がいる仮説を建てテレビや雑誌に出ていたが、ある時からひっそり姿を消した学者が、そんな名前だった。

「博識ですね。 流石、情報屋」

 黄瀬の嫌味ったらしい言葉を無視して、アンが続けた。

「山崎輝彦と事件に関係した人間は、軒並み姿を消している。 魔法司所は、山崎らに魔女の存在を証明されたんだよ。 証明されて、奪われた。 山崎たちは、魔女を証明すると同時に、現代魔法の発展のための道具にされている事を嘆いたんだよ。 誘拐が救出に変わった。 こいつらは、山崎たちを消せても、消えた魔女は見つけることができなかったんだ」

「――でも、見つけました」

 黄瀬が、苛立ったように言葉を挟んだ。煙草は、もう少しで吸いきる。

「急に、魔女の反応が魔法という形で現れましてね。 どうせ、ゴミのような犯罪組織に魔女が渡ったんだろうと思って、捜査をしたんですが……まさか、私のすぐそばで反応が起きるのですもの。 詳しく調べたら、貴方のような一介の探偵の手にわたっていたとはね」

 黄瀬の側で反応――指先で挟んでいた煙草が、ポトリと落ちる――黄瀬の監視をしていた時に、俺は、魔女の証明のために魔法を使わせている。

「クソッ!」

 黄瀬は、勝ち誇ったような顔をしている。意味は分かっていないが、ただ、俺の悔しがる姿が嬉しいのだろう。

「では、そろそろ、死んでください。 あぁ、情報屋のあなたは殺しません。 最も、今は、バーのマスターでもなく、魔女ですがね」

 黄瀬が、銃型の魔法具を俺に向ける。俺は、吸い終えた煙草を床に捨て、靴底で火を消す。でも、俺が煙草を吸いきるよりも早く、黄瀬の持つ銃型の魔法具は呆気なくバラバラに分解される。

「……なるほど、貴方の魔法は、そうゆう物ですか。 素晴らしい」

 分かっていた、とでも言いたげな表情だ。眼鏡を押し上げて、手の平に残っていた魔法具の残骸を投げ捨てる。

「では、こういうのはいかがでしょうか?」

 残骸を投げ捨てた方の手を黄瀬が上げる……だ、何も起こらない。目線だけで警戒をするが、何も起こらない。起こっているとすれば、空気を揺らす重い地鳴りのような音だけだ。それは、確かに距離を詰めてきている。

 2回瞬きをしただけだ。靴底で消しきれなかった煙草の煙が漂い俺の目に入り、思わず閉じてしまう。その時、黄瀬は手を上げているだけだった。1度の瞬きでは痛みが取れなく、もう一度、瞬きをした。

 その時には、黄瀬の背後に巨大な鉄塊が、空気を切り裂きかき混ぜる轟音を鳴らし飛んでいる。

「マズイ、鹿間!」

 アンの声が俺の鼓膜を一瞬だけ揺らす。しかし、それよりも強く窓ガラスが爆ぜる音、機械が激しく回転し、熱を吐き出す音、俺の耳元を旋風が通る音がすり抜ける。

 黄瀬の背に現れたヘリが、数百の鉛玉をぶちまけている。当たっていないのが奇跡だ。

 瞬きだけで急展開する景色に立ちすくんでいた。何より、その部屋から体を乗り出している少女を見てしまったからだ。

「鹿間! こっちにこい! 死ぬぞ!」

 入ってきた部屋の扉に体を隠すアンの叫び声は、轟音に揉まれながら聞き取れた。

「やはり、正解です! 魔女を同乗させていれば、魔法は使えませんよね! 殺せるはずが無いんですから!」

 黄瀬の声も俺の鼓膜は揺れている。こっちを見つめ、ヘリから何かを叫んでいる少女は、事務所と同じように男たちに押さえつけられようとしている。それを振りほどき、彼女たちは叫んでいた。

 黄瀬は、ヘリからバイク型の飛行用魔道具に乗った男によって、窓から逃げ出そうとしている。全てが終わる――

 俺は、駆けだしていた。銃の一発が、頬を掠めた。痛みよりも熱いという感覚が強い。それでも、ただ駆けた。割れたガラスが、靴底から足裏を刺す感覚がある。飛んできた薬莢で、足が滑りそうになる。

 無我夢中で、割れた窓まで近づき、飛行用魔道具で逃げ出そうとしている黄瀬に体を当てた。

「――は?」

 圧倒的な武器を持ち、銃弾の中を進んでくる奴はいないだろう、という思い込みが、黄瀬を油断させていた。黄瀬は、いとも簡単に落下していく。

 すぐにヘリからの銃弾は止み、飛行用魔道具に乗っていた男も「黄瀬様!」と叫び、校則で追いかけていく。

「飛べ!」

 雨音と雪音を押さえつけようとしていた男たちの意識が、黄瀬に向いている。俺の叫び声も、双子の魔女以外には届いていない。

「早く!」

 ヘリの轟音も、世界の喧騒も全てが消えたように思えた。お互いの双眼の視線だけが音を持つ。一度は遠のいた距離が、たった数mの物理的な距離に変わっている。

「心配するな、受け止める」

 俺は、伸ばしていた片手を引っ込めて、大きく両手を開いた。その姿は、子供を抱きかかえようとする父親のようだ。

 ヘリに乗っている男の1人が、俺の姿に気づき、操縦士に声を掛ける。操縦士の目が、俺を視認し、ヘリが急旋回した――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女の呪いを解くのは、とても個人的な理由です 成瀬鳴 @_naruse_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ