食い道楽王子プロデュース 国家防衛レストランへようこそ

筋肉痛隊長

食い道楽王子プロデュース 国家防衛レストランへようこそ

「なぁスズラン、この大陸でいい国といえば?」

「わがア・ジュエ王国だわ、王子」


 ここはそのア・ジュエ王国の王宮内、王子の部屋である。

 銀髪の王子、エリオ・ア・ジュエの問いに、スズランと呼ばれた黒髪の少女は答えた。涼やかで落ち着いた雰囲気の美しい少女だ。

 エリオは打てば響くような答えに頷きながら続ける。


「大陸中央部の平野にあるおかげで魔物は少なく水と緑に恵まれた、のどかで暮らしやすい小国。それが我が国だ。

 大きな富も華やかな娯楽も無いが、国民は穏やかで食べ物は安くておいしい……西にスターデイジー帝国、東にザクロフスキー共和国。二つの大国に挟まれた中央部の小国家群は大体のどかだけどね」

「街といえば王都を指すくらい小さな国だけどね」

「王族以外に貴族がいないくらい小さな国だ。

 そして僕はそのただ一人の王子、先週成人したから王太子なのだよ、スズラン君」

「だからって……侍従メイドの着替えを覗いていいわけじゃないのよ?」

「……はい」

「調理場に入り浸ってつまみ食いしていいわけじゃないのよ?」

「……はい」

「お城を抜け出して城下のお店に出入りしちゃダメよ?」

「……それはもうちょっとまかりませんかね? 僕お外で遊びたい」

「かわいい顔してもダメ。まかりません」


 スズランはエリオにとって、同い年の乳姉弟にして護衛、そして教育係だ。

 だから王子を正座させて説教してため息ついても、何の問題もないのである。



   ***



 その頃王の間では国王が国の高官を集め会議をしていた。

 瞑目する国王の前で臣たちは論じる。


「我が国にも態度を決めろ、と帝国は言ってきておる」


「やはり帝国は止まりませぬか……中央部の小国家群はいわば緩衝地帯。我らを併合した先にあるのは――」


「――共和国との世界戦争だな。まさか半年で大陸のへそ・・たる我が国に迫るとは……」


 王国は大陸中央部のど真ん中、二大国と最も距離を置いていた。それが今や帝国と国境を接する事態である。

 さらに東進を目論む帝国は王国へ事実上の降伏勧告を送っていた。それが今日の議題だ。


「帝国の侵攻の速さの秘密は属国化による無血開城ですな」

「体力魔力ともに底なしの兵団。あの強大な軍事力で迫られてはな……」

「占領統治も安定している。スキル持ちの文官技官も豊富と見えるな」

「つまり降伏か死を我々に選ばせてくれるわけだのぅ」

「勝てない戦で民を犠牲にはできまい」

「仮に一度や二度勝ったところで周囲が帝国に飲まれれば……」

「共和国に頼るのはどうでしょう?」

「貴殿、共和国の壁として命を懸けたいか? それは属国化と何が違う」


 万策尽きたように黙り込んだ高官たちの、誰かが呟く。


「しかしな……古代大陸の覇権国家であった我が国が……」

「王子も先週、立太子の儀を終えたばかりなのに……」

「落ち着きのなかった王子が最近、少しばかり頼もしく見えた気がしたんだがのぅ」

「そりゃお前、わしらが歳食っただけだわい」


 王子の話が出ると少し空気が軽くなる、いつもの会議風景。

 そこに慌てた様子の伝令官が駆け込んだ。恐縮する伝令官に国王は報告を促す。


「西の国境付近で村が焼かれたとの報告が――」

「なんと、帝国軍かっ!」

「いえ、野盗だそうです……」

「最近増えておるのぅ。すぐに騎士団を――」

「そ、それがですね……帝国の騎士団が越境して野盗を鎮圧し、そのまま村に居座っております……」

「帝国め、こちらの返事を待たずに介入してきおったか……!」

「口実を与えたのはこちらだ。野盗くらい警戒しておくべきだった……くそっ」

「王都まで逃れてきた生存者たちがおりますが、いかがいたしましょうか……?」

「――衣食住、できる限りのことをしてやれ」

「陛下……」


 ここで初めて国王が口を開いた。

 国王は臣たちを見渡すと、これ以上の議論は必要ないとみて言葉を続ける。


「使者を立て条約交渉に応じると伝えよ。我が国は帝国に下る」

「……っ」

「忠臣たちよ。最後まで大儀であった」


 のどかで暮らしやすい王国は今、滅亡した。



   ***



 帝国への降伏が決まってから一週間後。

 エリオとスズランは城下にいた。今日は城を抜け出す前にスズランに捕まり、せめて護衛を付けるよう言われたのだ。その護衛とはスズランだった。

 二人で古代からある水道橋の下をくぐり、古代からある闘技場の横を歩く。季節は初夏に入り、陽射しも風も気持ちがいい。


「王子って城下に出る時は変装してたのね」

「だから付いてくるなら着替えるよう言ったではないかね。僕だって王族がホイホイ城下を歩いていいとは思っていないのだよ。

 第一僕が僕の街を歩くのに剣だの鎧だのは無粋の極みで――」

「わたし護衛だからね?」


 軽鎧を着て帯剣したスズランはどう見ても軍属だ。

 対して帽子をかぶり地味な服を着たエリオはどこにでもいる平民に見えた。

 二人が闘技場の入り口前にある、いい匂いの串焼き屋台に通りかかると。


「よぉ王子。一本、いや連れがいるなら二本買ってけよ」

「王子……?」

「いやはや、僕ほどになると目をつむっても溢れる気品で気付かれてしまうのさ……そんな目で見るなよ、ここの串焼きうまいから。おごるから」


 スズランの赤い瞳がエリオの黒い瞳を射抜く……が、何の肉かわからない串焼きを渡されたのでとりあえず一口。


「あら、モツ串。おいしいわね」

「ん~……処理はいいが味が足りないな……おやじ、香辛料が足りないのか?」


 スズランは気付かなかったが、エリオには物足りない味だったようだ。

 屋台の店主は渋面で同意する。


「ああ、交易品が減ってるからな。景気が悪くて闘技場だって開店休業中さ……」


 ここは王都の目抜き通りだが確かに活気がない。

 闘技場にしても拳闘だけでなく音楽や演劇の会場にも使われる人気の場所のはずだった。他国からイベントの興行が来ていないのだ。


「戦争なんてしてないのに、景気悪いのね?」

「いいかね、スズラン君」

「なーに、エリオ先生?」

「商人たちが逃げるのは戦争してるからじゃない。戦争が起きそうだからだ」

「はい先生、もう王国は降伏したじゃない」

「条約締結に先立って帝国軍がここに駐屯するのは知ってるな?」

「そりゃ近衛騎士団所属だからね」

「すると今度は周りの小国との戦争が起きそうだから商人が帰ってこないのだ」

「商人さん、どこに行っちゃったの?」

「そりゃもちろん安全な共和国側か物資を欲しがる帝国内だよ」

「商売って残酷よね……」

「――ほんと、物不足で困っちゃうわ! あらあんたかわいいわねぇ、王子の彼女? いいわねぇ若いって。ちょっと串焼き屋さん、若い子にはもっとサービスしてあげなきゃダメよっ……はい、飴ちゃん」

「え、こんなに!?」


 買い物中のおばちゃんから周辺の商店主まで、わらわらと集まってきた。屋台が人気、なのではなく王子を見かけて駄弁りに来たのだ。

 みんな食べ物をくれるのでスズランは両手がふさがってしまう。お菓子や飲み物はともかく、こんにゃくと生麩なんてどうすればいいだろう。


「なぁ王子。この国もうすぐ帝国になっちまうんだろ? 大丈夫なのかよ」

「トップの首をすげかえるだけだ、布告の通りみんなは普通にしていればいいさ」


 すでに国民にも帝国に属する旨はソフトに布告されている。みな不安なのだ。


「でも二級帝国民って扱いが気に入らないわねぇ」

「おいおい、帝国の平民はたいてい二級だぞ。一級は貴族か高官一族だ」

「王様や王子はどうなるんだ? まさか処刑……」

「僕らも帝国民だな。一級帝国民として内政を続けさせるか中央で取り立てるか、はたまた罪人として西の果てに流刑かまではわからん」

「罪人になるようなことしてないから大丈夫よ」

「そうだぜ、一級になるかもわかんねぇけどな!」


 王子は街の人気者だった。そこまで脱走癖が知れ渡っているのはともかく、スズランはそれに驚かない。

 王宮での王子の評価は「頭はいいが勉強しない。顔はいいが悪ガキ。逃げ足は速いが剣術はからきし」で総合的には「うつけ王子」と言われている。しかし城の使用人から重臣まで、王子をバカにはしても嫌う者はいないのだ。


 ――世が世なら、いい王様になれたのに……。


 無念に思うスズランだが、心配事は他にもあった。

 王国は古代の覇権国家だ。そのため文化財や美術品が多く宝物庫もいっぱいだ。決して貧乏国ではない。

 戦わずして戦勝国である帝国はそれを自国に持ち帰ろうとはしないだろうか。


「財宝などくれてやればよい。宝物庫が空になったからといって民が困窮するわけではない」


 スズランの考えを見透かしたような顔で王子が言った。


「王家や文化財など無くても、民がいればここはア・ジュエ王国なのです」

「王子ぃ……バカだと思ってたけど、そんなに俺たちのことを……!」

「王子あんた、いい男になったねぇ」

「……で、本音は?」


 神妙な顔でいいことを言う王子に民は心を震わせる。

 だがスズランは騙されなかった。


「財宝隠して密売するより、引き換えに公共事業引っ張る方が景気良くなるじゃん? 楽だし」

「賄賂じゃない……知ってる? そういうの帝国法では重罪なのよ」

「交渉カードと言いたまえ……まぁ実際、過去属国から消えた財宝はそういう経緯もあったらしい。そもそも帝国が帝国民を虐げるわけがないだろう」

「なんだか心配するのもバカらしくなってきたわね」


 おばちゃんたちも安心したのか、この場は解散となった。再び歩く。

 頂き物を半分王子に持たせたスズランだが、そういえば行先を知らない。


「大荷物になっちゃったし帰る?」

「いや、もうすぐ目的地だ。荷物はそこに置けばいい」


 そう言って到着したのは飲食店が連なる辺り。やはりここも活気がない。エリオは古びた木製の引き戸の前で足を止めた。


「ここって……居酒屋? あ、ちょっと王子」


 しかも戸に閉店を知らせる貼り紙があった。

 エリオは黙ってポケットから鍵を取り出し、引き戸を開けて中へ入る。

 中はテーブルが二つにカウンターだけの小さな店だ。調理器具も壁に貼られたメニューもそのままで、油の匂いが残っている。

 テーブルに荷物を置いて中から出した冷やし飴を飲みながら、王子はニヤリとした。


「お小遣いで買い取った僕の店だ。名前はまだない」

「木目を活かした素朴ないいお店だと思うけど……お小遣いは計画的に使いなさいって言ったじゃない」


 王子はまぁまぁ、とスズランにも冷やし飴を勧める。


「王子じゃなくなるのも財宝を奪われるのも僕は気にしない。だが一つだけ譲れないものがある」

「………………王子から地位とお金を奪ったら何が残るの?」

「辛辣!?」

「冗談よ。で、何なの。マズいこと?」

「大いにマズいぞ。いいか、帝国の飯はな――」

「飯?」

「――すごく、マズいんだ……! どうだ、恐ろしいだろう?」


 王子は怖い話をキメたようなしてやったり顔になり、スズランは首を傾げた。

 しばし沈黙。


「それで?」

「いやいやいや、このまま帝国文化に塗りつぶされでもしてみろ! 僕らもそれを食わされるんだぞ!?」

「いいじゃない食べられるなら。帝国の兵はそれでも強いんだし」

「君はあれだな!? 食事を栄養素とカロリーだけで理解するタイプだな? タンパク質100%の食事で腹筋割って喜ぶ脳筋だな!?」

「騎士なんだから当然でしょう」


 スズランはそうでもないが野営訓練や身体づくりをする騎士には当然そういう人もいる。

 エリオは頭を抱えた。


「君はまだ帝国の恐ろしさを知らないようだな。いいか、まずは帝国三大料理。味を想像してみたまえ。

 『ウナギのゼリー寄せ』に『羊の内臓のミンチを詰めた羊の内臓』、帝室の名を冠する『スターデイジーパイ』に至ってはニシンの死体が飛び出すビックリパイだ」

「そりゃ死んでるでしょう……でもおいしくはなさそうね」

「日常的な料理でも魚は下処理しないから揚げても生臭い。肉は真っ黒に焼いただけ、野菜はグズグズにゆでただけで味付けをしない。食べる時に好きな調味料をかける」

「調味料がおいしいといいわね」


 ようやくスズランが納得したのでエリオは一休み。先ほどもらったお団子を頂く。


「この国の民が耐えられるとも思えん。だから文化侵略だけは断固拒否だ。食文化はア・ジュエの最後の砦だとも!」

「でもそういうのって急に変わるわけじゃないし、気付いた時には手遅れなんじゃない?」

「そこでだ。これからやってくる帝国人、まずは帝国兵をア・ジュエ料理の虜にする。胃袋をつかめば帝国も無体なことはできまいよ。さて、父上の許可はもらったので早速始めよう」

「陛下まで巻き込んで、何する気?」


 エリオはもらいものをガサゴソするとカウンターの裏、厨房に回った。手を洗って浄化の魔道具で身を清めるとコックコートに着替える。

 何を始めるのだろう、とスズランは首を傾げた。


「まず現状の問題点だ。この国の民は料理上手が多いから元々飲食店のレベルは高かった。それが今奮わないのはなぜだ?」

「不景気だからお客さんが入らないんでしょ?」

「それだけじゃない。スパイスや海産物みたいな交易品が足りないからだ」

「ああ、商人さんの話ね」


 屋台の店主も言っていたことだ。それに王国には海がないので海産物も輸入品だった。

 するとエリオは交易の活性化から手を付けるつもりだろうか。


「そこで僕のスキル【生命創造】だ。これで食材を出す」

「えー……化け物クリーチャーじゃないですかーやだー」


 人はみな魔力を持っており魔力を具現化させた現象を『スキル』と呼ぶ。スキルは才能と訓練で発現するが、王族・貴族は生まれつき大きな魔力とユニークなスキルを持っているものだ。


 【生命創造】も世には知られていないスキルである。その効果は『空想の産物に限り生物を生み出す』。生み出せる生物の大きさや数・能力は消費する魔力に比例する。そのため『帝国を滅ぼすような怪物』や『願いをかなえてくれる神』は作れない。


 なお、魔道具は魔力さえあれば使用できる疑似スキル発現装置だ。この技術は共和国で発達し、主な財源となっている。


「魔物がうまいのは常識だろう」

「常識的な魔物を出してから言って。マッシュルームボアやチーズドラゴンならおいしいわね」

「実在するものは生み出せないが……目玉や触手を増やせばいけるかもしれないな。おぞましい変異種として」

「やめて」


 魔物は『空気中の魔力で変異した生物』と言われるモンスターだ。凶暴・強靭でスキルを持つものもいるため、人里近くで見つかると騎士団やハンターが討伐に出る。概ね肉はうまく、魔力を内包した魔石や革などの素材も有用だ。

 スズランが挙げた魔物は特に肉がうまいことで知られるが、専門のハンターがいる程の高級品である。


「王子が出す魔物って……口から動く人形を吐き出すワームとか尻尾の吸盤で天井にぶら下がる人面犬とかじゃない。あれを食べるの?」


 エリオの心の闇が垣間見える創造物だった。

 エリオは幼い頃から訓練と称してグロテスクな魔物を生み出しては、スズランと戦わせている。泣きながら剣を振ってきたおかげでスズランは強くなったが、見た目くらいはどうにかしてほしいのだ。


「あれは失敗作だったな。安心したまえ、もっとうまいの造るから君は仕留めるだけでいい」

「えー、またわたしが戦うのー?」

「いや君、僕の護衛だろう……?」


 などと言いながら動き続けるエリオの手元から、揚げ物の音が聞こえてきた。


「王子、料理なんてできたんだ?」

「スズランが泣きながら剣を振っている間、僕が何もしていなかったとでも?」

「笑いながら見てたじゃない」

「……じゃそのお詫びだ。『こんにゃくと生麩の田楽』に『コーンのかき揚げ』。あり合わせだけどな」


 カウンターに置かれた皿を見てスズランは席に着いた。まずは味噌ダレのかかったこんにゃくの串を……。


「あっつ……あ、意外とおいしいわ」

「意外とは失礼な。まぁスライスして塩ゆでしただけだがね」

「生麩は焼いたのね。もっちり香ばしいわ。味噌ダレも甘くて合ってる」

「そうだろうそうだろう。卵黄・赤味噌・みりん・酒・砂糖を煮詰めたものだ。かき揚げも食べるがいい、僕の得意料理だ」

「あっ、これ甘くてジューシー! 天つゆをつけると余計に甘く感じるわ。でもコーンなんてさっきもらったかしら? お店にあったの?」

「それな。スキルで生み出した『首狩りコーン』だ。毒抜きせずにかじると衝撃で爆発して頭が吹き飛ぶ。今が旬という設定にしたから味はいいだろう?」

「なんてものを食べさせたのよ……でも料理なんて、どこで覚えたの?」


 スズランはエリオの教育係でもある。教師代わりの臣たちが教えたのは歴史・用兵・経済・剣術・ダンス・マナー・芸術……料理は無かったはず。


「そりゃ街中のおいしい店で味を覚えたし、王室料理人といういわば料理人の頂点に教えを受けたからな」

「まさか、脱走もつまみ食いもそのためだったの!?」

「ふっふっふ……僕だってただ欲望に任せてうつけを演じていたわけじゃあないさ」

「じゃあ更衣室や女風呂の覗きも?」

「ごめんなさい僕は欲望に任せたうつけです」


 エリオは自分で揚げたかき揚げをかじると、火の始末をして話を続ける。


「というわけで父上から勅命だ。帝国進駐軍総督、第二皇女フレイヤ・スターデイジーの接待を任されている。ここでやるぞ」

「国賓なんてお迎えして大丈夫? 言っちゃ悪いけど――」

「もちろん晩餐は城だ。昼間街を案内してここでランチするだけの、デートみたいなものさ」

「デートで居酒屋ランチねぇ……」

「なんだね、その眼は?」

「なんでもなぁい。それでいつなの?」

「三日後だ」

「それを先に言いなさいっ!」


 二人が帰ると案の定、王宮は条約交渉の準備で大わらわだった。

 市井に顔の広いエリオは街の職人に改装を頼み込んだので、後はメニュー作りだ。


 エリオが練兵場に生み出した『食材』をスズランたち近衛騎士が仕留める。それをエリオが調理してスズランたちが試食する。結局エリオが納得せず新しい食材を生み出す――というサイクルを丸二日間。

 身体はボロボロなのにお腹はいっぱいなスズランたちの悲鳴が絶えなかった。



   ***



 迎えた接待当日の早朝。今日は暑くなりそうだ。

 スズランと数名の近衛騎士は「最後の仕上げだ」というエリオの指示で荷馬車を出し、城近くの湖に来ている。


「わざわざこんなところまで来て、魚でも釣るの?」

「ふっふっふ……今日はいつもより強い魔物を出すから、ひと気のないところに来たのだ」

「えー、それ倒すのわたしたちなんだけどー」

「君はほんと僕産の食材嫌がるね」


 スズランのトラウマは深刻だった。

 ともあれ近衛たちも準備を済ませたようだ。


「【生命創造クリーチャークリエイト】!」


 エリオの求めに応じて湖を文様が覆う。エリオの魔力が形作る固有の紋章だ。

 ざわついた水面はじきに水柱を作り、それを割るように黒い獣が現れた。十分離れた場所につないできたはずの馬がいななく。


 狂気に満ちた瞳、蠢く黒いたてがみ、身の毛がよだつ鋭い牙、そして馬の体躯といえば――水棲馬ケルピーだ。


「って伝説上の妖獣じゃない、やだー」

「僕の創作ではないが架空の生物だからな。僕一人の空想では皇女を満足させる味には至らない。ならば伝説を利用するのみ……だが安全な水場が必要だったのだ」

「この二日間、訓練場でボロボロにされたのは何のためだったのよ……」

「昼食に間に合うよう頼む。言うまでもないが――」

「可食部も内臓も潰さず倒すなんてムリー」

「今日はイヤイヤが長いな、酷使しすぎたか……仕方ない、ちゃんと届けてくれたらボーナスを出す。ほら、迎え撃たねば死ぬぞ」


 「では皇女を迎える準備をする」と煽るだけ煽ったエリオは騎馬で走り去った。残されたスズランたちにケルピーが襲い掛かる。

 仕方なく迎撃のためスキルを発動し叫んだ。


「「「もうやだーっ!!」」」



   ***



 エリオは帝国第二皇女フレイヤ・スターデイジーとその護衛を連れて街の目抜き通りを歩いていた。彼女が条約交渉の相手であり、王国に駐屯する帝国兵の総責任者である。

 自国で『剣に咲く花』と称されるだけに美しい娘だ。アップにまとめた金髪は軍属らしいが、緑の瞳を持つ目は鋭くも奔放。戦場を駆け抜ける獣の目だった。


 国賓にもかかわらず歩かせているのは、物々しい重鎧を脱いでほしかったからだ。

 入国時、漆黒の鎧に身を包んだ一団が騎馬でかち込んで来た時は出迎えた王国一同、肝を抜かれた。交渉とはなんだろう。


 そんな格好で街の民を威圧されては反感を生み禍根となるが、国賓に向かって「場違いだから着替えろ」とは言えない。

 徒歩なら騎士鎧など重くて着ていられないとエリオは考えたのだが。


「やはり見どころが多い街だな。徒歩かちで来たのは正解だ、そうだろう、じい

「は。行軍訓練を思い出しますな」


 皇女一行は鎧を脱がなかった。フレイヤなど大剣まで背負ってご機嫌だ。爺と呼ばれた隻眼の老兵も勇猛で知られる将軍、エリオよりよほど頑丈そうだった。

 帝国兵の体力バカさ加減を侮っていたエリオは思う。


 ――噂のわがまま皇女はわがままボディの持ち主だったか……!


 鎧のくせに露出するデザインの胸元や太もも付近に、エリオの視線はくぎ付けだった。

 そして道行く民は物々しい帝国兵に敵意を秘めた視線を向ける。

 これは示威行動の結果として当然だが、エリオはフレイヤの狙いが別にあると見た。


 フレイヤのスキルは『向けられる敵意が多いほど味方全体の身体能力が上がる』という独特なもの。フレイヤが率いる軍には数で有利をとっても勝てない。輝くような美貌と裏腹の凶悪なスキル、大剣を振るう豪腕。まるで戦争するために生まれてきたような皇女だ。


 つまり今この瞬間も王国民の敵意で彼女らは強化されている。

 これで民衆が暴動でも起こそうものなら――実際フレイヤが占領した街の一つは地図から消滅した。以来敵国はフレイヤを『血溜ちだまりに咲く花』と恐れる。


「古代文明の闘技場は趣があっていいな。ぜひ帝都に移築したいものだ」

「それはいい。そろそろ全天候型夜間照明付きのイベントドームに改築したかったのです。解体運搬費用そちら持ちならどうぞどうぞ」


 スズランたちには否定した帝国の略奪だが、このわがまま皇女に限ってはそうとも言えない。そのわがままの真意は「戦争したい」だ。それを見誤り挑発に乗ってはいけない。


「王子と剣を合わせられないのは残念だな。闘技場で国の雌雄を決してもよかったのだぞ?」

「剣を振るう殿下の可憐なお姿を見られないのは残念ですが、僕は剣が苦手です」

「軟弱な食い道楽のうつけという噂は真実か」

「殿下、口がお悪うございます」

「わざとだ、爺。ではあの強そうな護衛の娘はどうした? 今日は王子一人ではないか」

「自分の街を歩くのに護衛など不要。それに花ならばフレイヤ殿下がいらっしゃいます」

「王子、私に言い寄る帝国貴族は多い。口だけ達者なもやしがどうなったか聞きたいか?」

「ゾクゾクしますね。新しい扉を開きそうです」

「「「……」」」


 エリオの軽口にフレイヤの護衛たちは静かに殺気立つ。

 それをいなすようにエリオは足を止めた。例の居酒屋の前だ。

 付け替えた看板には『居酒屋 王子の厨』と書かれていた。


「ここで昼餉としゃれこみましょう」

「失礼、王太子殿下。ここは市井の居酒屋では?」

「最近居酒屋もランチ営業が流行っているのですよ将軍。それに今日は貸切なのでご安心を」


 咎めるように問う爺将軍に、エリオは引き戸の貼り紙『本日貸切』を指し示した。


「食通の王子が選ぶ店だ、楽しませてもらおう……誰もいないではないか?」


 エリオがガラリと引き戸を開けると、フレイヤは真っ先にのれんをくぐった。待ち伏せを警戒していないのではなく、返り討ちにする自信があるのだ。だが店内は無人で拍子抜けの態。


 エリオはフレイヤと爺将軍にカウンター席を勧めると、上着を脱ぐ。


「殿下、同席しない無礼をお許しください」


 そう言って手を洗い、浄化魔道具で身を清めると白いコックコートに着替える。魔石で動く冷蔵庫から食材を出し、フライヤーを温め、食器を出し……テキパキと準備を始めた。


「まさか王子が厨房に立つのか?」

「料理が趣味でして。ここは名前の通り、僕の店です」


 勇んで店に入ったフレイヤもこれには失笑する。

 改装しダークカラーに塗りなおした店内はシックな大人の隠れ家な雰囲気ではあるが、所詮は居酒屋。しかも料理人は素人で料理は今から作るというのだ。

 外交問題になっても仕方がない。


「貴様、国賓を趣味に付き合わせるか? やはり噂通り、いや噂以上のうつけよ」

「殿下、口が悪うございます。しかしこれは……」

「まぁまぁ。まずは乾杯をしましょう」


 フレイヤは端から期待していなかったのか怒らない。しかし今にも席を立ちそうだ。爺将軍もそれを止めはしないだろう。

 そこへエリオは酒とお通しを出した。


「冷たい食前酒か。ふん、いい香りだ……そういえば喉が渇いていたな」

「『すだち酒』と『ピーマンの肉詰め煮』です。護衛の皆さんもテーブルでどうぞ」

「気さくでよい店だ、許す」

「居酒屋とはそういうものです……それではフレイヤ・スタデイジー皇女殿下のア・ジュエご来訪を祝して――乾杯!」

 

 天気のいい日に鎧を着て歩いたのだ。喉が渇くのはエリオの想定内。

 そこへ冷えたグラスを渡されてしまえば、誘惑に勝てるはずもなかった。

 エリオも音頭を取った手前グラスを干し、護衛のテーブルにはすだち酒を瓶ごと置いた。カウンターの二人にお代わりを注ぐ。


「うまい酒ですな。甘味と酸味、香りと酒精、どれもほどほどなのにしっかりと主張している。味がうまいだけでなく、作りもうまい」

「酒ばかりではならんぞ、爺。肴も食え……これはしょうゆで煮ているのか? 詰め物からしみ出す甘辛い煮汁とピーマンの苦みが酒に合うな。しかしこればかりでは余計に腹が減る。

 王子、まさか料理はこれで終いではあるまいな?」


 今朝作って温めなおしただけのお通しだが、味のしみ具合は十分だったようだ。

 の反応をニヨニヨと眺めていたエリオにフレイヤが詰め寄った。実際エリオは何もせず突っ立っている。そこへ。


「ま、間に合った……」


 厨房につながる裏口から妙にボロボロのスズランが入ってきた。

 フレイヤは乱入者に腰を浮かせた護衛たちを制する。注目すべきはスズランが担いできた大きな荷物だ。包みをほどくと。


「なんだ、その巨大な魚は!?」

「爺も見当が付きませんな……」

「お待たせしました。今からこれを調理してご覧に入れます」


 人の胴回りよりも太い巨大魚だ。ただし胴の途中から尻尾の先のみで、頭はおろか背びれも腹びれも見当たらない。


 スズランがそれを大きな調理台に乗せると、エリオは水をかけて洗い長包丁の刃を入れた。切断面を削いで捨てると腹から開いてわたを抜き、背から包丁を入れて見事三枚におろす。皮をはぎ背身と腹身に切り分ける。それをさらに切り分けてサクを取った。

 剣舞のように鮮やかな包丁さばきだ。


「王子、剣は苦手と言ってなかったか?」

「殿下、これは包丁です」


 短く答えたエリオは腹身のサクに向き合うと、息を止めたように黙り込み、慎重にお造りにしていく。

 刺身か、という周囲の期待を歯牙にもかけず、エリオはそれを容器に入れて冷蔵庫にしまった。


 代わりに取り出した食材に小麦粉を加えて混ぜる。そこに氷水でさっくり溶いた小麦粉を加えて混ぜ、レードルでひと掬いずつ静かに油へ落とす。客たちは揚げ物の音に固唾をのんだ。

 刺身をしまい込んでからわずか数分、紙を敷いた皿に乗せて出てきたのは。


「おろしショウガと大根おろし、塩と天つゆはお好みでどうぞ」

「かき揚げか、どれ……む、素材の味がいいな。特にこの根菜、ニンジンにしては歯ごたえがよくゴボウにしては泥臭さがない」


 「根菜嫌いの殿下が……」と護衛たちがざわつく。嫌いなものでも出されたら一口食べるフレイヤだった。

 店内にサクサクと咀嚼する音が満ちる。


「ここは内陸。イカは生きたまま運ばせましたな? しかし殿下のおっしゃる根菜、この爺にも何かわかりませぬ」


 二階で着替えてきたスズランが護衛たちに酒とかき揚げのお代わりを持っていく。エリオはにこやかに空いたグラスへ酒を注いだ。


「このかき揚げの材料は三つ葉、たまねぎ、川エビ。そして歯ごたえがいいのは『マンドラゴラ』ですよ」

「バカな。魔女が調剤に使うとか引き抜くと絶叫するとかいう、空想の産物だろう」

「ちゃんと毒は抜いたのでご安心を。それにイカはこの国でとれた『クラーケン』の幼体です」

「名付けて『クラーケンとマンドラゴラのかき揚げ』とでも言うつもりか? 子どもじみたことを。料理は意外とできると見直すところであったが――」

「さ、メインができましたよ」


 そう言ってエリオが出したのは白身魚の漬け丼だ。冷蔵庫に入れた容器の中で漬けていたものである。

 ご飯にしょうゆ・酒・みりんで漬けた刺身を乗せ、ワサビとすだち、大葉を添えて白ごまを振りかけた。大きめの切り身が豪快だが、季節のあしらいにゆずの花を添えている。


 確かに先ほど巨大魚を捌くエリオを見たが、ここは内陸のア・ジュエ王国だ。生で食べられるほどの魚など本来あり得ない。

 ついにフレイヤはカウンターに拳を叩きつけた。


「貴様、帝国人だと見くびるなっ! 最前線で戦う我らだ、征服した港町で海鮮料理などいくらでも――」

「――港町フレイヤ」

「何?」

「殿下がその町をいたく気に入って御名を与えたことは知っていますよ。南海岸でしたね? 僕も負けてられないな」

「ほぉ……ならば彼の地よりうまい魚を食わせると申すか」

「ご満足いただけないなら、闘技場でもなんでもお持ちください」

「吼えたな亡国の王子!!」


 一喝、フレイヤは丼をかき込んだ。それは獲物に食らいつく肉食獣が如く。

 エリオに言を翻す間を与えず、裁定を下すつもりだ。

 命を奪う愉悦が如く、しょうゆダレに漬かったネタとご飯を噛みしめる。咀嚼し味わい、飲み下す。


 みな固唾を飲んで見守る中、フレイヤは。


「……い」

「殿下、どうなさいました!?」

「んまーーいぃっ!! キンっと冷えたネタに熱い飯のコントラストがたまらんっ。それにこの魚、どんな下魚かと思えば上品な脂の甘味と濃厚な旨味、生命力を感じる歯ごたえを併せ持っているぞっ!」


 大絶賛だった。

 みな遅れて一口。


「むっ、確かにこれはブリかハマチか、それにしても極上品。しかしあれほど大きな魚ではなし、そもそもこれほどの海魚がこの内陸で口に入るはずが……」


 爺将軍の口にも合ったようだ。護衛たちからは一緒に出した『岩海苔の味噌汁』もお代わりを要求された。

 エリオはニヤけそうな顔を抑えつつ、みなの視線に応える。


「『ケルピー(下半身)の漬け丼』です。岩海苔はケルピーのたてがみに絡みついてたのでほんとは海苔ではないです」

「また伝説上の生き物か、しかもあれは馬だ。闘技場はもういいから、いい加減種明かしをしろ」

「下半身は魚でしたよ。では証拠」


 エリオの合図でスズランが斬り落とした頭を掲げて見せる。牙が特徴的だが、水棲馬故、耳や鼻など各部も馬ではあり得ない形だ。日頃馬と親しむ騎士たちなら一目瞭然。

 さらには見た目で強敵と分かる凶悪な面構え。思わず数名が剣に手を掛けた程だ。


「もちろんこれは殿下のための特別な食材です。城の近くの湖で仕留めました」


 エリオのスキルについては王国が全力で秘匿してきた。誰も気にしないこともあり帝国にも知られていないはずだ。そして嘘は言ってない。


「なんと、実在するのか……するとクラーケンやらマンドラゴラも……」

「それを討伐するだけの戦力も、あるということですな。それもこのような遊興に使えるほどに」


 驚く二人に笑顔を返すエリオ。嘘は言ってない。

 実際スズランは大陸有数の使い手だ。そのスキルは――


 ――『エリオのためなら絶対に負けない』からな。ありがとう、スズラン。


「さぁお次と行きましょう」

「まだ何かあるのか!?」

「ネタは出尽くしですが、どれにしようか迷うのも海鮮の醍醐味です。そうでなければ、かの港町に勝ったとは言えません」


 空いたテーブルにスズランと手分けして並べていくのは。


「ご飯は白飯と酢飯、先ほどの腹身は白身でしたが……ケルピーは背身が赤身なのです。それにクラーケンの漬けとゴロのルイベ。薬味は白ごま・大葉・ネギ・ミョウガ・ショウガ・ワサビ、赤身にはこの練りからしも合いますよ。あとお茶漬け用の熱いお出汁に……冷やし茶漬けにしたい場合はご飯を洗うので僕が作ります。小さめの飯椀を用意したのでお好きなものを、どうぞどうぞ」



   ***



「屈辱だ……皇女にこのような服を着せるとは……」

「お似合いでございます、殿下……ひっく」


 フレイヤはすべての組み合わせを試そうと食べすぎ、鎧がはちきれそうになったので二階を借りて着替えた。『血溜の花』が物量に負けた瞬間である。赤身に練りからしの組み合わせが気に入ったようだ。


 店の二階にはエリオがなぜか用意した女性服があり、たまたまフレイヤのサイズに合っていたのだ。たまたまだ。


 『侍女』、『神官』、『女教師』などとタグが付けられた衣装の他、どこから取り寄せたのか『魔法少女』、『巫女』といった異国風の衣装もある。フレイヤは一番腹回りが楽そうな『女学生』という名称の服を借りた。スカート丈が心もとない。

 なお、着替えを手伝ったスズランがナメクジを見るような目でエリオに一発入れていた。何がいけなかったのだろう。


 爺将軍はゴロのルイベを肴に飲み過ぎた。これは普通のイカでも作られるが、新鮮なイカと冷凍設備がないとお目にかかれない珍味だ。


「海もないのにあんなうまい生魚が食べられるとはな……」

「海がないからこそ、その味を渇望するのです。殿下だって帝国にない味を求めておいででしょう?」

「……」

「この街はこれからもっと、おいしい店が増えます。駐屯する帝国兵の大半が利用するのはこういう庶民の店ですよ」

「それは……士気も上がろうというものだな」

「確かに、東征の橋頭保となる街が焼け野原では帝国も士気が保てないでしょうね」

「……王子よ。私がこの街を丁重に扱わねば火を放つとでも?」


 フレイヤは狂人を見るような目でエリオを見た。いや、もうある程度確信している。この王子はおかしい。


「重要な街をあなたが発展させれば大きな手柄ですよ、ということです」

「!」

「我が国の跡目争いは有名でしょうな、王太子」

「皇帝陛下の子は女子のみなので次代は女帝。文官が推す第一皇女と軍部が推すフレイヤ殿下の二派に分かれている。と、まぁ、誰でも知っている程度ですよ」

「私は姉上を差し置いてまで皇位など欲しくはない……が、もうじき引退する爺を喜ばせてもやりたい」

「殿下……爺は幸せ者であります」


 爺将軍はフレイヤの乳母の父であり、用兵と剣の師匠だという。

 エリオは「殿下もかわいいところありますね」と言うと、顔を赤くして殴られた。ボディだった。


 ケルピーの上半身は馬刺しとして晩餐に出すことにして、城へ引き上げる。

 帰り道では雰囲気もベルトも緩んだ護衛たちと、年相応のかわいい服を着たフレイヤだ。目くじらを立てる民はいなかった。



   ***



 後日。ア・ジュエ王国領は条約締結と同時にフレイヤの庇護下に入る旨の覚書を交わした。それに先立ち『居酒屋 王子の厨』には『第二皇女御用達』の標札が贈られた。

 エリオとスズランは王宮のテラスでお茶を飲みながら、怒涛の三日間を思い返す。


「でも店名はどうにかならないかしら」

「ま、まぁ店は野盗に焼かれた村の避難民に任せることにしたから、好きに決め直せばいいさ」

「たった三日で全部解決しちゃったのね。帝国の跡目争いとか皇女の港町とか、勝算があるなら教えてくれても――」

「三日じゃないぞ。冒険小説や各地の神話を読んで空想のストックを作る。食材の味を確認し、料理の腕を磨き、街をふらついて味を覚える。それこそスズランが泣きながら剣を振ってた頃から始まってたんだ」

「それはもう忘れて」

「それに何も終わってはいない。あの店を足掛かりに王都中の飲食店を僕がプロデュースして、帝国人が元に戻れなくなるような食の都を作るのだ。

 帝国の食文化を逆に蹂躙してやればこちらの勝ち。王家がなくとも主権がなくとも、民はずっとア・ジュエの民でいられる。帝国人もおいしいものを食べられる――これが僕の『国家防衛レストラン構想』だ!」

「国家防衛ね……その手段が料理なんだからカッコいいのか間抜けなのか。でも王子らしいわね」


 スズランはくすりと笑うとカップを置いて真顔になった。


「ところで王子、魚を使うなら魚型の魔物を考えて陸に出せばよかったわよね?」

「えっ、そんな残酷な!」

「それ食べるのよ……ボーナスに何をもらうか、よく考えておくわね」

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