イタズラ好きな定食屋さん

暴れゴリラ

イタズラ好きな定食屋さん

「あーここか。先輩が言ってた隠れた名店って」

 僕はボロボロの建物を見上げて、深呼吸して中に入った。


「いらっしゃい。さっさと入りな」


「は、はい」


 先輩から聞いていた通り、無愛想なお婆さんが僕を出迎える。店内は外観に比べて古めかしいけど、とても綺麗で、どこかノスタルジックな気分にさせる。お店の細部から手入れが行き届いてることが伝わってくる。


「ご注文は?」


「あの、知り合いから紹介されて来たんですが、何かおすすめとかあります?」


「あぁ、初めてかい? はいよ」


 そう言っておばあさんはメニューと本日のおすすめメニューを出してきた。オススメメニューの品目は7つ。

から揚げ、海老フライ、ナポリタン、オムライス、煮込みハンバーグ、刺身、トンカツの7つの定食と内容の書いていないスペシャル定食だ。


 他が千円前後なのに比べてスペシャルは2000円と、昼に食べるには少し高い。メニューに写真は無く、ネットの料理写真も禁止ということで、隠し撮りのようなブレた物しかない。


 悩ましいけど、先輩からは絶対にスペシャルを頼めと言われていたし、先人に習ってここは奮発してスペシャルにしよう。


「すみません、スペシャル定食お願いします!」

 

「はいよ」


 おばあさんは、厨房の方に入って行ったが、少しすると一旦出て来て、電話をかけ始める。

 黒電話だ。映画のセット以外で初めて見たよ。


「私だよ。スペシャルが…」


 スペシャルと聞こえたが、それ以降は聞こえなかった。

 まばらにいる他の客が食べている物を軽く見てみるがどれも美味そうだ。あー、スペシャル頼んでる人いないのかな? 中身が書いてないから余計に気になるよ。そんな調子で店内を見渡しているとカランと、ドアの開く音が鳴ってどんどんお客さんが入ってくる。


「いらっしゃい」


「婆さん、刺身定食くれ」


「俺はから揚げ定食」


「俺はトンカツ定食」


「私はナポリタン」


「私はオムライス。いつもの感じにしてね」


「煮込みハンバーグ下さい」


「わたくしは、海老フライを」


 続々と入ってきた人達はみんな常連なのか、迷いなく注文をした。

 バイトの人なのか、さっきまではいなかった執事の様な従業員が、注文を小気味よくさばいていく。僕は目線をテーブルに戻し、水を一口飲んだ。


「え? うま!」


 思わず声が出た。水がビックリするほど美味いのだ。何気ないものが美味い店は期待が持てる。これは食べ歩きを趣味とする、僕の自論だ。


「スペシャルは少し時間をいただいておりますので、他の方の注文と前後することもありますので」


「あ、はい」


 そんなやりとりがあった後、ややしばらくして、他のテーブルに料理が運ばれてくる。腹が減ってきた僕の目の前をから揚げ定食が通り過ぎる。


 でかい! ゲンコツ位ある、から揚げが5つ入ってる。でかいだけではなく、うまそうだ。見た目がもう悪魔的だ。

 若いお客さんだが学生さんだろうか? 二人で来ている彼は勢いよく唐揚げに齧り付いた。するとカシュって音がして肉汁が、目に見えて飛び出た。


「あつ!?、あ〜うめえ」


「あーあ、大丈夫? もっとゆっくり食べなさいよ。汚いわねぇ」


「うるせえな、この唐揚げ前にしてそんなこと出来るわけ無いだろ。何しろ二度あげしてあるこの唐揚げは、特製のタレに1日漬け込んであって、下味もしっかりしてる。外はサクっ! 中は肉汁がジュワーって、何回食べても飽きがこねえ。口の中が肉汁のプールだ。あつ!?うめー!」


 うまい! 無駄にうまい食レポだ! 思わず僕のお腹がぐうっと鳴る。

 そうしている間に、連れの女性のナポリタンが届く。テラテラとした見た目にとろみが付いているように見える。想像していたナポリタンと違うが、とても美味しそうだ


「これこれ、いただきまーす。あぁ♡美味しい」


「お前も相変わらずナポリタンが好きだねぇ。エロい声出しやがって」


「当たり前でしょ!ここのナポリタンは、横浜ナポリタンのレシピを忠実に再現、柔らかいけど、もちもちした麺と、最後に追いケチャップとオイスターソースで、とろみと濃厚さを出した官能的でありながら庶民の味、あぁ手が止まらないわ」


 この人も食レポがうまい…なんて残酷なんだ。そして去来する思い。

(ひょっとして、僕は選択を間違えたのか?)

 スペシャルでは無く、から揚げか、ナポリタンだったのか?


 僕が葛藤していると、他のテーブルにも、続々と料理が届いていく。


「これこれ、ここはやっぱりトンカツだよ。こんなに安く、あぐー豚を使っているし厚切りのロースとミルフィーユカツを半分ずつ食えるのが嬉しいよな。これを頼まない奴は馬鹿だよ」


「そ、それを言うならこの煮込みハンバーグだって、負けてないです。和牛の肉やモツやタンを手動で細かく叩いてこねて、一口ごとに食感が変わるガツンとした個性的なハンバーグを、デミグラスベースのソースがしっかりとまとめ上げている。こんな料理、他じゃ食べれませんよ」


「馬鹿じゃないの? このオムライスみてよ。一つがフワトロ、もう一つが薄焼き卵、どっちか選べない私のためにできた、オムライス。もちろん中のチキンライスも、自家製ケチャップで美味しく味付けされて、片方にはデミグラス、片方にはケチャップ。お好みで選べるソースも最高にクールよ」


「これだから素人は、このエビフライを見なさい。一つが30センチ以上ある、ブラックタイガーを特大の串で刺して、一本の串に2本の海老を刺してその串を3つだ。どうだいこのエビフライ。壮観だろ?もちろんでかいだけじゃない。加熱に適したブラックタイガーをぷりっぷりなんて言葉じゃ生ぬるい、ブリンブリンの食感に仕立て上げ、自家製のタルタルソースで味付けしてある。わたくしは10年通ってるけどエビフライが一番だ。ご飯がいくらあっても足りないよ」


「はぁ、はぁ」


 遅い、いくらなんでも遅くないか?

僕の後に入った7人は全員が全員、そのメニューの魅力を余す事なく伝えてくる。

 たしかに腹は減らしてきた。しかしこんなに飢餓状態になる様な食レポを聞かせられるなんて思っても見なかった。そろそろ来てもおかしくない。


「お待たせしました!」


(きた!)


「刺身定食で御座います」


(違う!!)


 僕は刺身定食に目をやった。

めちゃくちゃうまそう。えっ? これが千円? やめろ! やめてくれ! 頼む。僕の祈りは神には届かなかった。


「あー、来たか。今日はいつにも増して豪華だねぇ。婆さんこんな無理して大丈夫かい? ボタンエビに今捌いたみたいな透明なヤリイカ、寒ブリなんてこの脂のノリ、日本刀みたいにギラついてるよ。ほーアワビの殻付きに、マグロの中落ちにトロか。そしてまたこの自家製のだし醤油に、スリたての本ワサビが……うまい! こんな無理したらいかんよ。わしの行きつけが潰れちまう」


 確かにこれはやばい。一緒に付いている、海老の頭が入った味噌汁もヤバいくらいの匂いがしてる。

って言うかおかしくないか?揚げ物とか、煮込みハンバーグが先で最後に刺身? いや、そんなことより僕が頼むべき正解は? 刺身定食だったのか?


「口の減らないジジイだね。黙って食いな!」


 そんな疑問がよぎったところで、おばあさんが一仕事終えた感じで厨房から手を拭きながら出てくる。と、言うことは僕のスペシャルは出来たのか?


「大変お待たせしました」


(きた!…ん?)


「まずは、こちらです。混ざるのでこちらだけ別に出しますね」


 混ざる? とりあえず最初に来たのは先ほどの刺身定食の刺身を少しづつご飯の上に乗せたミニ海鮮丼。一つ一つは少なくても刺身定食と同じものが乗っかっている。早く、早く食べよう!


「そしてこちらが、スペシャル定食。大人のお子様ランチです」


「うぉぉぉ!!」


 叫んでしまった。叫ぶのも仕方ない。

海鮮丼に早る僕の手を遮ってウエイターが出してきたのは、大皿に本日のおすすめが全て盛られている。


小さめのオムライスが2つ、から揚げが2個、特大の海老フライが一本、カツは、一口カツみたいになって4つそれにナポリタンとハンバーグ、が適切な大きさになって盛り付けられている。


 確かにこれは大人のお子様ランチだ。

そうか! 今気づいた。刺身定食以外の本日のおすすめは全てワンプレートに乗るんだ。

 なんで計算された本日のおすすめ!

 いや、そんな事はどうでもいい。


「いた、いただきます!!」


僕の手はまずミニ海鮮丼に伸びる。一つ一つの鮮度が抜群、うまい! うまい! だし醤油もわさびもさっきのおじいさんが言ってた通り…


「カチャカチャカチャ……え? もう無い?」


 僕は夢中でからっぽの茶碗を掻っ込んでいた。気づけばもう中身はない。まだだ。これはあくまでも序章、ここからが本番だ!


まずは唐揚げ、僕は大胆にかぶりつく。

ブシュウと、大袈裟じゃなく音がした。肉汁プールどころじゃない。大洪水だ。うますぎる。


口の中に唐揚の肉汁が残っているうちに、栓をする様にオムライスを頬張る。なんてうまいチキンライス。薄焼きもフワトロも両方好きな僕には堪らない。しかし、フワトロの方には何もソースがかかっていない。ウエイターさんに声をかけようとした刹那、僕に圧倒的な閃きが、降りてくる。ヒントは常連さん? の言葉の中にあった。


『デミグラスベースのソースが…』


ハンバーグの、やけに多い煮込んであるソースはきっとお婆さんからのメッセージ。ソースをフワトロ卵にかけてハンバーグを一口齧る。


部位ごとに食感の違う肉の塊、最初は柔らかく次はタンのコリコリとした食感が口を満たす。ハードパンチャーのパンチの様に僕を天国へと連れて行く。

危ない! ノックアウト寸前だ。ギリギリ踏みとどまった先に、癖のあるハンバーグをまとめたソースをかけたオムライス。意識が飛びかける。


 オムライスがない??


 いつのまにか、唯一のご飯ものの、オムライスがなくなってしまった。カチャカチャとまたも皿の上を彷徨うスプーン。まだまだ残っているおかずはどれもRQ(ライスクオリティ)が高いものばかりだ。僕としたことが定食のバランスを間違えるなんて……


「婆ちゃんご飯大盛りでおかわりちょうだい!」


 常連さんの声で僕は我にかえり、メニュー表を見る。


(?!?!定食のライス、味噌汁おかわりは無料だと!?)


「す、すみません! 僕も大盛り…いや! 特盛でご飯おかわり下さい。ズズズ…味噌汁も!」


  これでまだ戦える!


 漫画の様に盛られた白米は一粒一粒が立っていて、僕の姿を映し出しそうなくらいツヤツヤとしている。さっきの海鮮丼の時は我慢の限界と興奮でわからなかったが…お米もうまい。おかずなしでいくらでも食べられる。こんなにうまい米は初めてだ。


「うまいだろ。ババアが選んで1番おかずの味を際立たせるオリジナルブレンド米だからね」


 常連さんが自分のことの様に、誇らしく話しかけてきたけど、その時僕の口の中はエビの暴力に口内を侵略されていた。口の中で特大のエビフライが跳ねる。まるで歯を弾く様だ。


 そして常連さんの言う通り、そのままでも充分うまい米で、未だ口内で暴れるエビを蓋してやると、おかずをより際立たせる米だと否が応でも気付かされる。至福の時。


 味の濃いトロトロとしたもっちりナポリタンは、官能的に口の中で濃厚に絡みつき、そのあまりの濃厚さに僕は禁じられた組み合わせでご飯を食べる。


ご飯の上にナポリタンをのせ、具材の赤ウインナーがさらに箸を加速させる。炭水化物✖️炭水化物の合法ギリギリの組み合わせは背徳感を高めながらも箸を止めない。


 その時、もう覚醒しきった僕の脳みそはまたも悪魔的なアイデアを閃く。

カツスパってあったよな。

一口カツとは言ったものの、なかなかの大きさを誇るそれを、ミルフィーユ1.厚切り1残りのナポリタンに乗せて、荒くタバスコと、粉チーズをふれば、先ほどまでの官能的で女性的だったナポリタンが、男いや、漢飯に早変わり。厚切りのカツはびっくりするほどの肉感と柔らかさ。ミルフィーユは繊細さを伝える。


「すみません、ご飯を普通盛りで、もう一杯お願いします」


「ハンッ! カバみたいに食べてからに、あんまり無茶するんじゃ無いよ」


まだ唐揚げが一つにカツも2枚、ハンバーグも半分以上残ってる。僕の戦いはこれからだ! 残り2章説ラストスパート。


……カチャっと箸を茶碗に置く音が店内に響く。


「…ご馳走…様でした」


「うまかったかい? なんで聞くまでもないかい」


おばあさんが笑いながら聞いてくる。入店した時の無愛想な様子はどこへやら。


「まだ食えるかい? 今日は油物が多かったからね。もたれない様に油切っておきな」


「ありがとうございます。いただきます。これもうまいなー」


 そうして、サービスでくれた杏仁豆腐を食べていると常連さんらしき一人が話しかけてきた。


「なあなあ、待ってる間に誰のが1番美味そうに見えた?」


「え? …刺身かな?」


「マジかよ?? 唐揚げ美味そうじゃなかった?」


「往生際が悪いぞ、わしの勝ちじゃ。はよう出せ」


「いや、美味そうでしたけど…って、え? なんですかこれ?」


 よく見るとさっきの7人の常連さんは食べ終わっているのに全員いて、刺身定食のお爺さんにお金を払っている。ぼくは全てを理解した。


「あー、はいはい。食レポで賭けてたんですね」


「「「「「ごめんなさい!」」」」」


 きっとスペシャルをたのんだ時にしていた電話でみんな呼ばれたんだろう。って言う事は?

 チラリとお婆さんを見ると、イタズラがバレた子供みたいな顔してる。


「まぁ、いいですよ。そのおかげでおいしく食べられたのもありますし、よだれも出ましたし」


「ほう…うむ、見どころのある若者じゃ、よし、今日はわしが奢ってやる!」


 そう言って賭けに勝って、ホクホク顔した刺身定食のお爺さんが、奢ってくれた。


「じゃあ帰ろうか。久しぶりに7人集まって楽しかったし」


「そうだな。前回は3人しか来れなかったしイマイチ盛り上がりに欠けるよな」


「うん、またねー」


「またやるんですね」


「「「うっ…」」」


 僕が常連'Sをジト目で見ると、詰まった顔をして目を逸らしていたので、またやるんだなと言う事はすぐにわかった。


「あの」


「「「はい!!」」」


「次は僕も仕掛け側で呼んでくださいね」


「「「もちろん!」」」


「じゃあ、ご馳走様でした」


「またおいで」


 ホッとした顔をする常連さん達とニヤッと目配せして、刺身のお爺さんに改めてお礼を言って店を出て、電話をかける。


「もしもし、先輩? 例の定食屋行ってきました。はい。先輩もいい・・お店を知ってますね。はい。今度は一緒に行きましょうね。黒電話から電話が来たら」


 電話を切り少し遠回りして歩いて帰ろう。そう思った、そんなよく晴れた日の昼下がり。 


            ご馳走様でした







 

 

 






 


 


 











 
































 



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