異世界転生デストロイヤー その5
思わず、跳ね上がった。
「か、カトレア……!?」
狭い車内に耳が痛くなるような大声が反響。窓の外を向いていたなず先輩が振り返り、フロントミラー越しに移る織部さんの目が丸くなる。けれど、その二入に気を回す余裕は少しも無くて。
「カトレア!? 大丈夫なの!?」
聞こえるはずの無い、半身となっていた悪役令嬢の声が聞こえてきたのだから。
『全くもって、大丈夫ではありません。服を剥がれたかと思ったら、全身に針やら管やらが突き刺されていますのよ? 事前にセリさんの知識を囓っていても、魔法での治療が基本だった私からすれば抵抗がありますわ』
「でも、意識は戻ったんだよねっ」
『あなたが、何度も起こしに来たのでしょう……戻ったとはいえ、吸わされている麻酔? の影響で動けませんし……朦朧としているというかフワフワ、纏まりませんが』
「そっか……」
ファンタジー育ちのカトレアから口に出される麻酔という単語に、ほんの少しだけ面食らう。
「芹、もしかしなくてもカトレアの声が聞こえてるの……?」
隣のなず先輩が、珍しく驚いた表情。
「そ、そうなんです。カトレアを見つけられたのも声……というか苦しそうな呼吸が聞こえたからっていうか」
向こうに居たときみたいな二心同体というほど深くは無い。繋がりは細く、距離は遠く離れて、薄くなった感覚。意識の奥を覗いたり、考えていることが分かったり……とか、はない。
「なずっち。もう無理やって。外敵は退けられたとしても、二人の身体をモニタリングするんは専門外やろ?」
「……」
大きな、大きな溜め息一つ。織部さんは全く聞こえていないといった風に満面の笑み。
「いいねぇ。これまた前例がないパターンやわ。調べることがどんどん増えて……お姉さん楽しみになってきた」
「それ以上言うと、本気でダダこねますよ。見ます? あなたの最高傑作が五歳児のように暴れ回るところ」
「……始末書は、当分書きたくないわぁ」
仲が良いのか、悪いのか。なず先輩と薊さん……親しいのかは分からないけれど、少なくとも距離は近かった。
『それで、朦朧としない私にも分かるように端的に、今の状況を説明してくださる? また、いつ気を失うのか分からないのですよ』
「えっと、カトレアとちょっとだけ話をしますっ」
頭の中、意識をカトレアに戻す。声に出さないように、向こうの世界……意識の内側に居るときを思い出しながら。
『記憶を覗いたりって、もう試した?』
『えぇ。なんだったらあなたの視界を覗くことも、聴いたものを共有することも出来ませんわね』
『だよねぇ。なんか、すっごく薄ーくなったっていうか……』
繋がりが薄い。心というか意識が別々の身体に入っているのだから、向こうに居たときのような繋がりは失われたのだろうか。
『薄くなったとはいえ繋がったままなのが不思議でなりませんが……まぁ、それはそれ。少なくとも今分かっているのは、精々この繋がりの恩恵は電話代が浮く程度のモノでしかありません』
『電話代って……一気にありがたみがなくなっちゃう例えじゃん』
『わかりやすいのだからいいでしょう。ともかく、私には、あなたの声が断片断片で聞こえたくらいで、あまり理解できていません。ほら、早く説明してくださいまし……あっ、意識が、あー、セリさんが牛の歩みのように話を進めない所為で、意識が、あーあー……』
『も、もうっ、分かったから!! チクチク言うのやめてっ』
『あら失礼。私、悪役令嬢ですので』
まだこっちに来たばっかりで右も左も分からないハズのカトレアから、俗な言葉が出てくる違和感が凄まじい。
世間知らずのお嬢様(異世界のだけれど)と言えば、庶民の暮らしが全く理解できず右往左往。価値観の違いを相互理解しながら、少しずつ絆を深めるというドタバタライフを生むハズ……なのに、芹が前知識を与えてしまったばっかりに、日本育ちの芹よりも慣用句を使いこなしつつある。
『えっと、掻い摘まんで説明するとね……』
端的に、芹も殆ど飲み込めていないから上手く説明できるかどうかは分からないけれど精一杯説明していく。
なず先輩と同じ組織、同じ部隊に入るように言われていること。
なんだか芹が特殊な例らしく逃げられないこと……芹に引っ張られてカトレアも多分、同じであること。
最後に、なず先輩が大反対していること。
『……なるほど』
そう呟くと、声が聞こえなくなった。ただ、なんとなくだけれど、意識を失ったわけではないことだけは伝わる。
なず先輩と織部さんの口論もいつの間にかやんで、元通り。片や黙々と運転して、片や黙って窓の外を見つめている。
『か、カトレアー……』
話しかけて? みても、返答は無い。考え込んでいるのだろうか。
仕方が無いので、芹も窓の外をじーっと見つめてみる……なず先輩の方にある窓を。
反射する窓越しに目が合った。
綺麗で真っ直ぐな瞳にほんの少しだけ浮かぶ優しさはそのまま……なのだけれど、どこか不機嫌な色も混ざっているようで、なんだか気まずい。
けれど、なず先輩の瞳を窓越しとはいえ無言で見つめられる機会なんてそうそうない。ありがたく見つめさせてもらう。
あっ、逸らされた。
『どう考えても、従う選択肢しかないでしょう』
突然、帰ってきた答え。黙っていたのは単純に長考をしていたからみたい。
『だよねー……』
『えぇ。今の暮らしがあるセリさんは百歩譲っても、私に至っては家族知り合いどころか、顔見知りの一人も居ない。その上、無一文。無戸籍。整った容姿しか持ち合わせていない異世界人なんて、ここしか頼る場所は無いでしょう。それに、この組織であれば、後ろ盾としてはこれ以上ない。まさに、渡りに船、ですわね』
『……うん』
戻ってくる前になず先輩に諭された『どうやって暮らしを保証するの』と言われた言葉が蘇ってくる。カトレアには選択肢なんてなくて、ただ突きつけられたモノを受け入れるしか無い。
『こんな絶不調に辛気臭い声なんて聴きたくありませんわ』
『ご、ごめん……』
『文句は幾らでもありますが、全部後……ナズナさんには、私は受け入れると、お伝え、くださ、い』
『カ、カトレア……?』
『あら、お迎えでしょうか』
血まみれで床に吐き捨てられたカトレアを見つけたときのように、全身が粟立ち、血の気が引く……ぬるま湯のような恐慌が背筋を這いずった。
『カトレアっ!!』
『冗談、です……また、後で』
そう言って、ぷつり。言葉が切れた。
大丈夫、繋がりはまだ切れていない。意識が切れただけ。自分自身に言い聞かして平静を保つ。
大きく息を吸って、ゆっくり息を吐き出す。
「えっと、カトレアは着の身着のまま、何もない場所に放り出されたのだから、後ろ盾になってくれるのであれば、それでいい……だ、そうです」
「……私が後ろ盾に」
「なれへんて。ボッロボロのカトレアちゃん? の方がよっぽどきちんと考えてるやん」
「言われなくても、分かってる。分かってる……言葉選びと態度が最悪でデリカシーゼロなだけで、薊さんが私にとってベストの選択を持ってきてくれているのは」
ムスッとした、なず先輩の拗ねるような声。織部さんの前だと芹の知らないなず先輩の顔が幾つも表情を見せていた。
「私もカトレアと一緒に入ります……も、もちろん、閉じ込められて実験動物!! みたいにされるならイヤですけど……」
「ないないっ。時間の拘束はそれなりにあるけども、学校生活は余裕で送れる自由もある。それはそこにおる、なずっちが証明してるやろ?」
なず先輩が所謂改造人間であること。それでも学校に来ていることを知っていたから、小さくうなずく。
「……でも、芹とカトレア。二人を守り続ける自信がない。失うモノを持ちたくないのよ」
ボソり。呟くなず先輩の声がよく聞こえて……鼓膜に触れて、耳の奥で何度も跳ねて、違和感となって引っかかる。
そして、今。ようやく引っかかりの正体が、違和感の原因が分かった。
「さっきから守るとか助けるとかばっかり。そりゃ、巻き込まれただけですし? 状況は掴めてません。でも、でもですよっ。どうせならなず先輩を助けたいって思うのはおかしいんですか? なず先輩は誰が守ってくれてるんですかっ……!?」
怒鳴るつもりなんて、欠片も無かったのに昂ぶってしまった。静かな車内、普通に喋れば十分に聞こえるのに声を張ってしまう。
「私は、いいのよ。とっくに覚悟、出来てるから」
ぷちん、と芹の中、何かの糸が切れた。温厚な方だという自負が、嘘みたいに怒りが沸騰。
「そういうことじゃないですっ……よりにもよって、覚悟は出来てるってどういうことですかっ!! 誰か守ってくれる人は居ますか? って聞いてるのに死ぬ覚悟が出来てるって……なず先輩、バカじゃないですか!!」
「ば、バカ……」
なず先輩のソレは自己犠牲、とは違うのだろう。何か抱えているモノがあって、そのためならどんな苦難の道でさえも進む意志がある。
でも。それでも。なず先輩が命懸けで芹を助けに来てくれたように、芹もまたなず先輩の助けになりたい。そう伝えたつもりなのに、この先輩と来たら言うに事欠いて『覚悟は出来てる』だなんてスッパリ。芹のうちで燃え上がった怒りの火に、ガソリンをぶち込んで来た。
「もしなず先輩が死んだら、私、後を追うかもしれませんからっ」
大量の油を注がれ燃え上がった火柱は、もはや芹自身にも制御不能。勢いで動き出した口は理性というフィルターを通さずに言葉を吐き出す。
「軽々しく死ぬなんて言わないっ」
「軽いなんてなず先輩が決めないでくださいっ。一回、トラックにグチャグチャにされた上で言ってるんですっ」
「それが軽いって言ってるの!! 偶然起きたことだけでしょっ。芹が死んだら家族はどうするの?」
「悲しみますっ」
「そうでしょうね。だから」
「ごめんなさいって、謝ってから死にますっ」
「はぁ? あなた達を死なせたくないって何度言っても分からないの!?」
「私も、なず先輩に死んで欲しくないって分かんないんですか!?」
千日手だった。お互いがお互いを死なせたくない。ただそれだけの単純な話。単純だからこそ、複雑に絡まった知恵の輪を解くように少しずつ進展させることも出来ない。『イヤだ』のぶつかり合いにしかならないから。
「せりりんの援護射撃をするんやないけど、ほんまやったらなずっちも、今すぐ治療を受けた方がいい重傷なんやけどね。痛痒塗覆……痛覚を押さえる機能も感覚が鈍るからーって殆ど入れないんよ。今現在も普通に泣いちゃうような激痛走ってるはずなんよねぇ。痩せ我慢もここまで来ると病気よ、病気」
織部さんの言葉に目を丸くする。ケロリ、と平気な顔をしているからてっきり見た目ほどの負傷はしていないと勝手に都合の良い解釈をしていた。
実際のところはただ、我慢をしているだけ。
そりゃ、そうだ。遠目に見ていても、腕が千切れて、脚が破裂したような傷を負っていたのだから。
「な、なんでカトレアと一緒に行かなかったんですかっ……!?」
救護班が来たというのに、なず先輩はカトレアを引き渡すと満足して、芹の傍に居てくれた……何かあったときに守るため、だなんてわかりきっていた。
「絶対に入りますからっ。私が、なず先輩を助けますっ」
もう決めた。何を言われようとも意志を変えるつもりはない。意思表示のつもりで背筋を伸ばし握りこぶしを膝に置いて不動の構え。
鋭いなず先輩の瞳が芹を射貫く……威圧感に少しだけ気圧されるけれど顔には出さない。
十分、一時間、十時間。底まで見透かすような瞳が、芹の全てを洗い浚い覗き込む。
実際のところは、そんなに長くは無いのだろうけれど……視線を受けている芹にとっては、それほどまでに長く感じられた。
「……勝手にすれば。支援要員なら、ね」
沈黙と睨み合いの末……ようやく、なず先輩が折れた。折れてくれた。
「ありがとうございます!!」
曲がりなりにも受け入れてくれた。嬉しくなって顔を見る……と、窓の向こうを物凄く不機嫌そうに見つめていた。織部さんに見せていたものよりも、ずっと、ムスッとしていた。
無性に嬉しい。なず先輩が持つそのままの表情を引き出せたのが、嬉しくて仕方なかった。
「芹ちゃん、助かるわぁ……だから、なずっちを支えてあげて欲しいんよ」
運転席から聞こえてくる声。付き合いなんてゼロだから声色から察するとは出来ないけれど……織部さんも、きっと、芹と同じ。
「織部さんも、なず先輩が大事なんですね」
ただ芹達を引き込みたいだけなら、やりようは幾らだってあったハズ。それなのに、なず先輩と同じ部隊に配属させようとするのが……一人っきりで戦っているなず先輩にブレーキをかけるように。
「……あー」
後ろから見える織部さん。頬を指で掻きながら、言葉を探っているみたい。
「ノーコメントってことで、ここは一つ」
「はぁ……」
別に秘密にしなくたっていいのに……とは声には出さない。多分、なず先輩と織部さんの間には芹の知らない何かがあるから。
「とりあえず、積もる話はそれこそ山のようにあるけど……向こうに着いたらなずっちはまず治療しよか」
「別に大丈夫なのに……」
「特別製ボディじゃなかったら即死やね即死」
「治療しましょう。そうしましょう!!」
ダメだ。
なず先輩、自分を全然大事にしていない。
凄く強いなず先輩と一緒に居て何が出来るのだろう……なんて不安はすぐさま吹き飛んだ。少なくとも自分の優先度がおかしい先輩を矯正するか、ブレーキをかけないと。
多分、それが織部さんが芹に求めている一つ。
いや、求められて居られて無くても関係ない。
「ち、ちなみに、なず先輩の部隊? って名前とかあるんですか? 菜沙隊とか?」
これから芹達が所属する居場所。なず先輩と同じ枕詞を抱えていくことになるのだから気になるのは自然なこと。
「部隊名、一応あるよ。一人だったから滅多に使わなかったけど」
一人で部隊と言えるのだろうか、という疑問は飲み込んだ。
少なくともこれからは一人じゃ無い。一人になんて、させない。
「恐れ知らず(ラーテル)小隊……小隊長は、私」
「ラーテル、小隊」
呟いて、反芻して、咀嚼する。ラーテルがとある動物を指しているのは後になって知ったこと。今は知らないハズなのに、どうしてだかしっくりきた。
「二人とも振り落とすつもりで訓練するから」
ムスッとしたまま、呟くなず先輩。きっと、本気で言っている。
「はいっ!! 絶対ついて行きますからっ」
本気じゃないと、困る。芹だって本気。甘やかされるつもりは髪の毛一本ほどだってない。
勢いで言っているだけだからすぐに折れる……今は、そう思われたっていい。
諦めないだけで本気を証明できるなんて、分かりやすくてありがたい。
気付けば、車は立体駐車場へと入っていく。そのまま、エレベーターで下へ下へ。沈んでいく。きっと、この先には芹にとって異世界と変わらないような別世界が広がっている。
不安も、恐れも、山ほどある。それを飲み込んででも、芹は二人と一緒に居たかった。
静かに。でも、本当に。
芹とカトレア、そしてなず先輩の小隊が産声を上げた。
異世界転生デストロイヤー 比古胡桃 @ruukunn
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