異世界転生デストロイヤー その4
白衣……織部さんについていった先、廃ビルの下には一台のセダン車のみ。カトレアを連れていった作業着は、影も形も残っていない。
「ほれほれ、乗った乗った」
促されるままに後部座席に乗り込む。知らない人の車に乗り込むのに若干の躊躇いはあったけれど、傍に居るのはあの鳥居菜沙。不安なんてない。
誰よりも強く、何よりも速く、悉くを打ち砕く。絶対への叛逆者。
閉め切られたセダンには他の誰もいない。ただ三人の女がいるだけ。静かに動き出し、ビルを後にする。
「さて、到着までにというか、誰にも聴かれんとこで話しとくことがあってな……」
運転手……織部薊さんはドリンクホルダーに突っ込まれたアイスコーヒーを片手に啜っていた。
「芹ちゃんと……カトレアちゃんやっけ? 二人にはうちに所属……もっと言えばなずっちの部隊に所属してもらう」
エンジン音どころか、走行音すら殆どしない車内だったから……プラ容器の中で氷がガシャリガシャリと擦れ合う音が、よく聞こえた。
「二人とも巻き込まれただけの一般人。記憶処置をして解放すればいい。さっきも言いましたよね……あなたの被検体(オモチャ)じゃないって」
「残念ながら、なずっちと同じで被検体(可愛い愛娘)になってもらう。これは決定事項」
「決定事項を覆すのが、私たちの銃火です」
車内の空気に、カミソリが溶け込んだかのように、鋭く……そして、鈍い。
「今回に関しては、私の好き勝手だけで言うとるんやない。なずっち、そもそもの前提が間違ってる……っていうか、わざと間違えてるん、お姉さんにはバレとるよ」
「……」
沈黙。深夜の街は、息を止めているみたい。
「ぜ、前提が間違ってるってどういうことですか?」
耐えきれなかった。自分自身が話の中心に居るはずなのに、置いてけぼりなのが気持ち悪くて……つい、口を挟んでしまった。
「お、先輩を気遣うええ子やねぇ」
「はぁ」
「そもそもなぁ……芹ちゃんが一般人やっていうのが無理筋なんよ」
思わず首を傾げる。確かに、巻き込まれはしたけれど、なず先輩や織部さんのような特殊な組織に所属もしていなければ、異世界からやってきたカトレアのような特異性も無い。行って帰ってきただけの巻き込まれ系女子高生、のつもり。
「もしかして実は私には秘められし力が眠っていた……的な?」
「ないない。生まれも育ちも、真っ直ぐな善良ノーマル少女って芹ちゃんが一番分かってるんちゃう?」
「……はい」
そこまで否定しなくとも。浮かれていたのが、すぐさま消沈。
「芹ちゃん……そやな、せりりんって呼んでもええ?」
「えっ、いいですけど……」
最初の登場と白衣の印象の所為で、突然すぎた所為でよくないイメージがついてしまっているが、なんというか、凄くフランクというか砕けた人だなぁ、と思った。砕けすぎじゃないかなぁ、とも少しだけ。
「あんがと。んで、せりりんの何が一般人や無いのか。シンプルな話で記憶が残ってる。いや、自分で取り戻したって言えばいいんかな? これが前例の無い特上のレアケースなんよ」
「でも、なず先輩とかも普通に覚えてますけど……」
「あー、違う違う。細かいことは端折るけども、ある程度、法則性があってやな」
ゆっくりと車を走らせながら、掻い摘まんで説明してくれた。
死んだ芹が連れ戻されたことで、世界の修正力だかでそもそも死んだこと自体がなかったことになる。(修正力と簡単に言っているが正しく伝えようとすると複雑怪奇難解極まりないとのことで、今回は省略とのこと)
他所の存在が開けた穴が元通りになったのだから、世界も元の形に戻る……という算段。
元の穴に修復したなず先輩及びPARなる秘密組織は、修理屋さんという特殊な立ち位置に居るが為に修正を受け難いということ。曰く『穴があったのが分からないほど綺麗に直っていたとしても、それを直した業者は穴があったのを覚えている』理論らしい。
「ざっくり言うと、この世界がパズルだとしたら、せりりんはその中の一ピース。んで、私たちは誰かに取られた一ピースをはめ直す役割……ここからが重要なんやけどパズルの一片は元通り。結果だけを見れば何事もなし。泥棒に奪われたかどうかも、パズルだけを見てもわからへん」
なず先輩はムスッと窓の外に顔を向けて、微動だにしない。顔は窓の外だけれど何も見ていない、って感じだった。
「根性は当然、メモや何かで残してたからって覚えてられるようなもんじゃあない。けど、せりりんはちゃんと覚えてるんやろ?」
「は、はい……トラックに跳ね飛ばされたところから、全部」
「覚えてるってことは考えられるのは一つ」
「秘められし力が……」
かみ砕いて説明してもらっては居るけれど、どうしても話のスケールが大きすぎて、頭がオーバーヒート。
「あほか……って一概にも言えんのよ」
「えっ、マジですか」
「マジも大マジ。訂正するとしたら、秘められていたっていうよりも新たに得たって言うのが妥当なとこ。さっきのたとえで言うなら、パズルのピース自体の形が変わった……みたいな話やね」
「なんと……」
言われてみればカトレアに会うまでは綺麗さっぱり忘れていた。あんなにも濃密だったのに、ぼやけて、夢を忘れてしまったかのように。
「だから、私がせりりん達のことを諦めても他のどっかに持ってかれるだけ。所属してない格好の材料が転がってるんやから、見逃すはずがない……それなら、手の届く場所に居てもらう方がなずっちとしてもベターやない?」
芹自身には自覚が無くとも、なず先輩とカトレアと走り抜けたことを覚えていることがイレギュラー。これ以上ない観察対象になる理由。
「あの、一個質問なんですけど……」
まだ、ついて行けていない。芹の頭が良かったのなら、聞いておくべきこととか、逃げ方とか、色々考えられたのかもしれないけれど、思いついたのは一つだけ。
「入ったら、なず先輩とカトレアを守れますか?」
巻き込まれて、誰かを頼って、助けられて。結局、カトレアを見つけただけで何もしていない。なず先輩や織部さんが居なければ、取りこぼしていた。
「それは芹ちゃん次第。けど、そのための道具、武器、技術、立場……手段なら幾らでも用意したげる。これでも結構凄いんやで、私」
殆ど勢いというのは否定できない。
どうせ巻き込まれるんだったら、自分から。そう、開き直っていた。
「芹、待って」
勇み足を止めるのは、手を引いて助けてくれた、芹のヒーロー。
「いつ死んでもおかしくないような場所にあなた達を踏み入れさせるワケにはいかない。絶対に」
なず先輩が、芹達を思いやってくれている言葉だと、頭では理解できる。
でも、気持ちは全く別の場所。自分自身でも驚くほど明後日の場所に着火してしまって。
「そんな危ない場所でなず先輩は戦ってるんですね」
なず先輩は止めるために言ってくれているのだろうけれど……芹にとっては墓穴でしかない。
「そーなんよねぇ。なまじっか強いから、毎回毎回、一人で博打みたいな戦い方してぼろ雑巾みたいになって帰ってくることもザラなんよ」
「薊さんは黙っててくださいっ」
「おーこわっ」
助けに来てくれたのがなず先輩だけだったから、そういうものなのかと疑問にすら思わなかったけれど……そもそも、単独行動がセオリーなんておかしい。
「なず先輩は、私を助けに来てくれた。命を賭けて、世界を越えてまで」
「なら、命を賭けて助けた命を捨てようとしないで」
短い付き合いの芹を大切に思ってくれているのが伝わってくるたびに、胸の奥、芯の部分が温かくなる。
なんだけれど、同時に魚の小骨のような違和感が引っかかって……なず先輩が口を開くたびに、その引っかかりは大きくなっていく。
「えっと、織部さん」
「んー?」
「結局のところ、逃げるのは現実的ではないんですよね」
「一応、今の地球上の生物でダントツ強いのは間違いなくなずっちやから、本気出したら一先ずは逃げられるやろなぁ……その後、逃亡生活が始まるけども」
なず先輩しか知らないから、他がどれほどの強さなのかも分からない。けれど、魔法よりも非現実的な技術力を持っている組織に逃げ切れるとは、思えなかった。なず先輩がどれほどのスペックを誇っていたとしても、オーバーテクノロジー相手だと分が悪すぎる。
「ついでに言うなら、芹ちゃんの家族とかカトレアちゃんを真っ先に人質に取ってくるなぁ」
「悪の組織だ……」
事もなげに言っているけれど、そう言われてしまったら、終わり。一瞬だけ選択肢に浮かんだ『逃亡』は物凄い勢いで沈んでいく。
「だったら、全ての鉄火を振り払う」
それでも尚食い下がる……というか、芹と違い全然萎んでいないなず先輩。できるだけ顔を動かさないように、横目でチラリ。相変わらず窓の外を見つめたままだったけれど……その目には、強がりなんてハリボテは存在しない。なず先輩は本気で言っていた。
「そも、せりりんらをそんな地獄みたいな逃亡劇に付き合わせてる時点で、危険も危険やろ」
「それでも……」
「未来永劫、約束を果たす機会を失うことになっても?」
「……」
けれど、織部さんの一言で押し黙ってしまった。なず先輩には何か戦う理由がある。芹と逃げることを選んでしまうと、なず先輩は今握っている目的を捨て、葛代芹というただ一人の人間に置き換えないといけなくなる。
正直、死にたくない。殺したくも無い。きっと一人だったら受け止めきれない。ただ、流さていたと思う。
でも、傍に居るのがなず先輩だから。芹にとってなず先輩はヒーロー。今回だけじゃない……なず先輩にとっては道端のゴミを拾って捨てた程度の出来事でしかなかったとしても、過去、救ってくれた。デウスエクスマキナのように。
そして、カトレアがこの世界に居るから……助けたかった。天涯孤独なんかではないのだ、と。半身である芹が居るんだ、と。
多分、芹が幾ら言ったところで平行線。なず先輩が首を縦に振ることはない。短い付き合いだけれど、一等一番の頑固者だってことくらいは分かる。
それきり、沈黙が支配。
していたのだけれど。
『……死に体には重たい話をいきなりぶつけてくるなんて、中々粋な洗礼ですわね』
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