4巻発売記念SS

 ドラグーン大公国首都にあるにゃんにゃん食堂。その店の料理人の下でこの国独特のレシピを伝授してもらったアルは、今日も美味しい料理を作るため、研究を繰り返していた。


「――こっちのレシピは、もう少し辛みを抑えた方が、好みかな」

『我は甘味がほしいぞ』

「果物いれるのも良さそうだね」


 レシピに書き込みを入れる。


「――うーん、これはちょっと胡椒のクセが強い……。普通の胡椒の方が好みかも」

『我もそう思う。これを嗅ぐと、鼻がムズムズする……』

「くしゃみはやめてね? 全部の料理が台無しになるからね」


 テーブルの上には大量の料理。

 研究を始めると没頭してやりすぎてしまうアルの性格が、これでもかと表れた品数だった。


 作り終えた瞬間の、やってしまった感が強くて、アルはちょっと落ち込んだが、ブランが上機嫌なので、まぁいいかと気にしないことにした。こうしてたいして反省しないから、失敗を繰り返してしまうのである。


「海老のチリソース炒め、あんかけヤキソバ、森豚の角煮饅、小籠包、担々麺――どれも美味しいけど、やっぱり自分なりに慣れた味に変えると、より美味しくなる気がする」

『元も旨いが、馴染みがある味が加わると、安心感があるな』


 ブランと意見を交わしながら食べ進め、皿が次々と空になっていく。九割以上を食べているのはブランである。

 味見程度でも満腹になってきたアルは、ブランの食欲の旺盛さに、少し顔が引き攣った。分かっていたが、やはりブランの胃袋は異次元空間になっている気がする。あるいは底なし沼。


「――食べ終わったね」


 重くなったお腹を抱えてソファに座り込むと、ブランがビシビシと尻尾を打ち付けてきた。


『何を休もうとしているんだ。今度は改良したレシピで作り直すんだぞ』

「……え?」

『ほらほら、早く作れ。材料は山ほど残ってるんだからな!』


 ブランが指し示した方には、文字通り山になった食材がある。誰がこれほどの数を用意して積んだのか。

 アルは呆然と見上げた。


『ぼんやりしているなよ。ほれ、作れ作れ』


 アルはいつの間にか調理台の前に立っていた。次々現れる食材を、無心で調理していく。作った端からブランが試食し、感想を述べるのを聞きながら、料理を作る、作る――。





 ――チュンチュン……。


「……もう、作りたくないよ……」

『何を言っているんだ?』


 目を開けると、ブランの顔が視界いっぱいに広がっていた。

 体を起こして周囲を見て、ここが寝室だとわかる。カーテンの隙間から、朝の日差しが一筋の光を注いでいた。


「……夢?」


 アルはポカンと呟き、力ない笑いがもれた。

 あまりにも現実味のある夢だった。いや、最後の方の、使ってもなくならないどころか、次々現れる食材は、悪夢のようだったが。


「――作る前から、改良点を教えてもらったようなものか」


 アルは昨日得たばかりのレシピをアイテムバッグから引っ張り出して、夢で自分が書き込んでいたコメントを加えていく。まるで未来を予知したような夢だったと、改めて思った。


『今日は学んだレシピを作って、改良点を考えるんだったな?』


 期待の眼差しを浮かべるブランに苦笑する。ブランに大量の料理をねだられた夢が脳裏によみがえって、なんとも言えない気分だ。

 だが、夢の中の情報が確かなら、レシピの改良点は既に分かっている。夢の中ほど苦労しないはずだ。


『――我はたらふく飯を食う夢を見たぞ。今日は楽しみだ!』


 ブランがウキウキとした口調で言う。アルは目を丸くしてブランを見つめた。

 まさか、ブランも同じ夢を――?


「……そうだね。だけど、料理の催促はほどほどにしてよ?」


 夢の中のブランが、料理をせっついてきたことを思い出して、アルは朝から疲れた気分になった。

 予知夢はありがたいが、正夢は勘弁してほしいというのが、アルの心からの願いだ。


「――まぁ、ブランの嬉しそうな様子を見るのも、結構楽しいか」


 尻尾をフリフリ、踊るような足取りで寝室の外に向かうブランを追いながら、アルは微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

森に生きる者 番外編 ゆるり @yururi-_-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る