「森に生きる者3発売記念」広がる喜び
温かな日差しを受けながら、アルは窓辺に置かれた小包に首を傾げていた。
「これはなんだろう?」
小包は手に乗るくらい小さくて、淡い黄色の包み紙がお洒落だ。明らかに人が用意した物である。だが、アルの家がある敷地は基本的に他者の侵入を許さない造りになっているのだから、存在そのものが不審だ。
「おっはよーございまーす! ……どうしたんですか?」
「おはようございます、アカツキさん。この小包はアカツキさんが置いたものですか?」
昨夜からダンジョンに帰っていたアカツキが、元気に朝の挨拶をしながら寝室に入ってくる。
アカツキならば、自由に出入りできるし、小包を置いた者として十分にありえる。なぜ、わざわざそんなことをしたかは分からないが。
「小包? 俺は知らないっすよ」
だが、首を傾げたアカツキにより、アルの予想は否定された。身軽に窓枠に跳び乗ったアカツキが、小包を見て歓声を上げる。
「おおっ、なんか可愛らしい贈り物ですね! 誰からもらったんですか~? リア充っすか、このこの~」
「誰が置いたのかは僕が知りたいんですけど」
知らない単語を放って揶揄混じりにつついてくるアカツキが鬱陶しい。軽く払いのけてから、小包を持ち上げ観察した。
「う~ん、軽いなぁ。何が入っているんだろう?」
『……朝から騒々しいな。何をやっているんだ』
ようやく起きたブランが、うるさそうに顔を顰めて近づいてくる。小包を見せると、首を傾げた。
「朝起きたら、これが置いてあったんだ」
『ふむ?』
小包に鼻を近づけ匂いを嗅ぐブランを静かに見守る。暫く不思議そうにしていたかと思うと、突如大きく跳び退いて小包から離れた。
『ひどい臭いだな!』
「え、そんなに臭う?」
顔を歪めるブランに驚き、アルも小包に鼻を近づけてみたのだが、紙の匂いがするだけだ。
『ドラゴン臭がするぞ!』
「ドラゴン臭……」
「なんか臭そうっすね」
「その感想もどうかと思いますけど」
ドラゴンを嫌うブランだけに嗅ぎとれる臭いらしい。アルは臭いの判別ができなかったが、これで贈り主は分かったのと同然だ。
「リアム様が置いたのか。でも、なんで……?」
疑問は残るが、ここに置いたのなら贈り物として受け取っていいのだろう。
興味津々で覗き込むアカツキと嫌そうに目を眇めるブランの視線を感じながら、アルは丁寧に包み紙を剝いだ。
「――あっ、植物の種……?」
「えぇ……つまんないっす」
『あんな奴からの贈り物なんぞ、さっさと放り捨ててしまえ!』
きゃんきゃんと喚くブランの声を聞き流しながら、包み紙に包まれていた種を観察する。小指の先ほどの大きさで、淡い青色をしていた。見たことがない種類である。
一緒に入っていたカードを見ると、簡潔な言葉が流麗な字で書かれていた。
「『出会いに祝福を。幸福の種を贈る。――リアム』だって」
「幸福の種?」
『幸福なわけがあるまい! さっさと捨てろ!』
頑なに捨てるよう主張するブランに苦笑したが、アルの鑑定眼で見ても、この種はそれほど嫌がる物ではなさそうだ。むしろ、贈り物としては素敵と思われる部類に入ると思う。
「……贈り物とか、もらったのはどれくらいぶりだろう? 母様が生きていた頃はあったはずだけど」
「――は?」
くすぐったいような嬉しさに顔を緩めて、種を大事に仕舞う。これは後で鉢に植えよう。
アカツキが驚いた声を上げていたが、気にせず朝ご飯の支度に向かった。
「え……普通、誕生日のプレゼントとか……」
『……うむ。我だって、日頃獲物を渡しているではないか』
背後で呟かれている声に気づかず、アルの忙しない一日が始まった。
◇◆◇
「――大きくなるんだよ」
窓辺に置いた鉢に語りかけてから、アルはベッドに戻った。時刻は既に夜。日中はアカツキもブランもどこかに出掛けていて、アルは思うがまま魔道具作りをしたのだが、少々疲れた。
「――アルさん」
「アカツキさん、どうしたんですか?」
扉から顔を覗かせたアカツキが声を掛けてくる。夕食の時からずっとソワソワした様子だったが、どうしたというのか。首を傾げて見ていると、気合いを入れた表情で近づいてきた。
「これ、俺からの日頃の感謝の印ですっ!」
「え……?」
宙から取り出されたのは、淡い青色の包み。その勢いに驚きながら、反射的に受け取った。
「ありがとうございます。……あ、綺麗なペンですね」
「むふふ、アルさんをイメージして用意しました」
包まれていたのは青から紫へとグラデーションがあるペンだった。光沢のある滑らかな表面は握りやすそうだ。
「でも、どうして急に贈り物なんて?」
「だって、アルさん、あんまりもらったことない感じだったから……。感謝を物にして伝えるのもいいかなって思って……」
もぞもぞと恥ずかしげに呟くアカツキを見て顔が緩む。気を遣わせるつもりで言ったわけではなかったが、贈り物をしようと思ってくれること自体が嬉しかった。
「ありがとうございます。……アカツキさんには何がいいでしょうねぇ」
「えっ、お返しとか必要ないですからね!?」
慌てて言うアカツキに肩をすくめる。遠慮しつつもアカツキの目が期待に輝いているのには当然気づいていた。
『……アル』
「どうしたの、ブラン」
和やかな雰囲気のアルとアカツキとは対照的に、しょんぼりとした様子のブランが近づいてきた。夕食時も珍しく元気がなかったのだが、一体何があったのか心配になる。
『……これは贈り物とは言えんかもしれんが』
「え、ブランまで……?」
日中に借りていったアイテムバッグから取り出されたのは、白く光り輝く花だった。幾重にも重なった花弁が美しい。
ブランは満足していないようだが、この花の希少性をアルは十分熟知している。きっと長時間探し回ったことだろう。たとえただの観賞用の花だとしても、喜ばないはずがなかった。
「嬉しいよ、ありがとう」
『……そうか? うむ、嬉しいか! ふふん、我のセンスは素晴らしかろう? たくさん花を摘んできたのだが、それが一番アルに似合いだと思ったのだ!』
心を籠めて感謝の気持ちを伝えたら、ブランが一転して誇らしげな表情になった。その勢いのまま、アイテムバッグから色とりどりの花をこれでもかと取り出してベッドに散りばめていく。
「ちょ、多いっ、多いよ! 今出さなくていいから、明日花瓶に飾ろう!」
『そうか? これらの花は、欠けているところもあって、飾るには――』
「十分綺麗だよ。全部もらうね、ありがとう」
不満そうにするブランを押し留め、花を一つずつ大事に拾って仕舞う。明日から暫く、この家が美しい花に彩られることだろう。
「これは、今、花瓶に入れておこうか」
最初に貰った白い花を一輪、花瓶にさして窓辺に置く。月光に照らされて、淡く光る姿が凛として美しい。
「――二人とも、ありがとう」
「いえいえ、喜んでもらえたなら、十分です!」
『ふふんっ、お返しはアルの旨い飯でいいぞ!』
二人らしい返事に微笑んだ。明るい気持ちに包まれて、今日はいい夢を見られそうである。
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