エピローグ
「……で、お母様はいつまでここにいるの?」
イアンと一緒に生活をはじめて一週間。
ノーティック公爵家の庭で母とともにお茶を飲んでいたティーゼは、ずっと疑問だったことを口に出した。
イアンと暮らしはじめてすぐに、どうしてかテレサがノーティック公爵家に居候しはじめたのである。
イアンが特に何も言わないからティーゼも黙っていたけれど、さすがに一週間もすぎると、いつになったらテレサが帰るのかが気になってくる。
テレサは涼しい顔でティーカップを傾けながらけろりと言った。
「あら、もうしばらくいるわよ。公爵様もいいっておっしゃったし」
「……別に監視しなくても、暴走したりしないわよ? たぶん……」
「違うわよ! そうじゃなくて、わたくし、旦那様としばらく別居することにしたの」
「え!?」
ティーゼは思わずティーカップを取り落としかけた。
「どういうこと!?」
テレサはティーカップをおくと、目を細めて広大な公爵家の庭を眺めながら言う。
「今度のことでちょっと頭に来たのよね。少しは反省してもらわないと。悪気がないのはわかっているけど、娘の気持ちを無視しようとしたことは許せないもの。一度こらしめてやらなくちゃ」
「…………」
テレサはにこにこ笑っているけれど、もしかしたら腹に据えかねているものがあるのだろうか。笑顔の中にうすら寒いものを感じて、ティーゼはこれ以上は追及できなかった。
(お母様のことだからわたしみたいに離婚するとは言い出さないと思うけど……)
テレサが大好きな父は気が気ではないだろう。可哀そうに思う反面、少しだけいい気味だと思う自分がいる。
「奥様、そろそろショーソン夫人がいらっしゃるころですよ」
フィルマが呼びに来て、ティーゼは顔上げた。
ショーソン夫人とは、イアンに頼んで用意してもらった家庭教師だ。公爵夫人に必要な教養が足りていないティーゼは、自らの意志で学ぶことを決めた。イアンとノーティック公爵家に向き合うと決めたからには、自分の出来ることはどんなことでもするつもりだ。
テレサはもうしばらく庭でゆっくりするというから、ティーゼはフィルマとともに邸の中に戻る。
中央階段の踊り場でふと足を止めると、フィルマがティーゼの視線を追って笑った。
「来週にもできあがるそうですよ」
ティーゼの視線にあるのは、先代の公爵夫妻の肖像画だ。来週にはこの隣にティーゼとイアンの肖像画が並ぶことになる。些細なことだけれど、なんだかノーティック公爵家に迎え入れられた感じがして、ティーゼは肖像画が仕上がるのが楽しみで仕方がなかった。
ティーゼを前にすると相変わらず真っ赤になるイアンとは、今のところうまくいっている。だんだんすぐに赤くなる顔が可愛いと思えてきたから不思議だ。サーヴァン男爵家にいた時のように、互いに食事を食べさせあうようなことはしていないが、朝晩のハグは継続している。イアンもだんだん慣れてきたようで、抱き着いても硬直するようなことはなくなった。
ノーゼン医師が、慣れれば徐々に赤面症の症状が落ち着くと言っていたけれど、この様子であればいずれは本当に症状が出なくなるかもしれない。
それが少し残念だと思うのはおかしいだろうか。
(だったあの真っ赤な顔を見ると……、全身で好きだって言われているみたいで、ちょっとドキッとするんだもの)
もちろん、こんなことは口が裂けても言えない。
ティーゼは小さく笑うと、フィルマとともにゆっくりと階段を上り始めた。
【コミカライズ】だから、離婚しようと思います 狭山ひびき @mimi0604
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