独白だけに留めて

まる。

本編

 社会人になってはじめの日に、私は彼女と出会いました。

 

 雪景色のように綺麗なその人は、私の直属の上司なのだそうです。浅川さんと言って、年もあまり離れていなかったので、プライベートではかなり距離が縮まりました。


 月に一回、一緒にご飯を食べに行ったり。

 シーズン毎に遠くに旅行しに行ったり。

 忘年会ではふたりきりで三次会へ足を運んだり。


 彼女のおかげで、私の生活はとても満たされたものになりました。

 

 いつ、どこで、どんな場所で、何をしてても、彼女といると、まるで自分が風船になったような気分になってしまいます。


 だけじゃない。

 のことが、いつまでも頭から離れてくれないのです。


 何なのでしょう、これは。


「今日もご飯食べに行きましょ」


 その言葉を帰りにいただくことで、会合が決定します。しかし、今日の彼女は、なんだか少しよそよそしいように感じました。

 いつもの彼女とは少し違う――。

 確証はありませんでしたが、なんだかそう思ったのです。


 そして、違和感は的中しました。


「私ね、好きな人ができたの」


 いつもの居酒屋。いつもの席位置、いつものメニュー。

 なのに、だけが違っている。


 ——そういうこと、だったんだ。

 

 突然告げられたことに、なんだか少し動揺してしまいます。

 枷を付けられた心臓が暴れるように、どくどくと波打っています。


 苦しい。

 痛い。


 けれど、ここでうろたえてはなりません。

 

 私はにこやかな顔を作りました。


「いいですね、誰ですか」

「隣の部署のね。山崎くん。彼、同期なの」


 嬉しそうに口にする浅川さん。


 ――何、その笑顔。


 おそらく私にも見せたことないであろう表情に、心臓がさらに暴れだします。


 うっとうしい。

 わずらわしい。


「生一丁!」と、店員によって、入れたてのビールが机に置かれました。

 泡がどんどん上って、ついには口から溢れてしまいました。

 

「どうして、ですか?」

「ん?」

「どうして、私にそれを話してくれたんですか?」

「――ふふ。実はね、まだ誰にもこのこと言ってないの」


 浅川さんは、そう照れ笑いをしました。


「え?」


 なぜ、どうして?


 私なんかに。

 こんな当たり前のことで心を妬いている私に。

 一体どんな価値があるというのですか?


「わたしにとって、あなたは一番の友達だから」


 躍りだしたいほど、嬉しくこの上ない言葉。

 けれど、私の頭は対称的にこの言葉を耳にしてだんだんと冷え込んでいきました。


 こうも想われている、という事実と。

 この程度の関係にしか進めない、という事実。


 二律背反が私の中で渦巻いて、ついには何かを求めるのをやめました。


 

 その言葉を聞いた後、このときの記憶は私にはありません。

 でも、後々会社で、浅川さんに「ごめんね、あと、ありがとう」なんて謝られたので、おそらく結構な迷惑をかけたのでしょう。


 それよりも、自分の気持ちを思わず吐露していないか不安で仕方ありませんでした。


 結構呑んでいましたし、変なことを口走っていてもおかしくないテンションでもありました。


 けれど、ひとつ気がかりがあります。


 ——私には、あの「ごめんね」の意はわかりかねる。


 謝るくらいなら、付き合わないで。

 謝るくらいなら、ずっと傍にいて。

 謝るくらいなら、私から離れないで。


 走り出します。


 どこか遠い場所へ。

 いいさ、ほかの人の目なんて気にしないで。

 けど、あの人からは離れたかった。

 私がここで泣いてしまうと、きっと迷惑だろうから。


 やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて――!


 鼓動が収まってくれません。

 気持ちにノックを続けることをやめてくれません。

 

 嗚呼、神様どうして。


 〝好き〟なんて機能を作ったんですか?

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

独白だけに留めて まる。 @tamagawa0618

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ