第2話 梟

私の小さな庭。庭といっても柔らかい土はない。灰色の冷たく固い床がある。植木鉢はない。代わりにゴウゴウと啼く室外機がある。生垣はない。錆びた鉄格子がある。ベランダという名前の庭だ。人一人立つのが精いっぱいの小さな庭だ。

カーテンをあければ部屋で一番大きな窓から向かいのビルとマンションの隙間から陽光が差し込み、一日の数時間だけでも部屋を暖かく照らしてくれる。まるでステンドグラスを通して床に色鮮やかに染める薄暗い教会のようで、その時間は神が降臨している気持ちだ。

ある夜、ホーウホーウと啼き声がするものだからカーテンを開けてみた。すると錆びた鉄格子に一羽の梟がとまっていた。丸いフォルム、丸い双眸、まだひな鳥だろうか。丸い梟は全身で可愛いを押しだしている。事実私はその梟に胸をときめかせカメラをとりに一旦その場を離れた。

ウキウキして戻ってみると梟はまだそこにいた。しかし室外機にもう三羽増えている。

「そんなところにもいたの」

私はカメラを床に置いて窓から覗き込むと、一羽目と同じ小さくて丸い梟が目をくりくりさせてこちらを見ていた。可愛い。可愛すぎる。人間が傍にいても逃げないところをみるとゆっくり写真撮影が出来そうだと、床に置いたカメラを拾い上げた。

そしてまた窓に目をやると四羽の梟は十二羽に増えている。「ひっ」と悲鳴をあげ、今度はカメラを落としてしまった。床に叩きつけられたカメラは鈍い音をあげた。その音にまた「ひゃっ」と悲鳴をあげる。

梟たちはただこちらをじっとみつめていた。どの梟も微動だにせずただただこちらを見ている。可愛さは不気味に変貌し、私は恐ろしくてその部屋を離れ母を呼びに行った。母は「はいはい」とかったるいとでも言わんばかりで歩行を早めようとしないから、私は手を引いて「早く早く」とせっついた。

梟はまだこちらを見ていた。それ以上増えることはなかったが、私は凝視することも出来ずただ手を拱いていた。それに比べ母は動じず、思いっきり窓を開けて「しっしっ」と箒を左右に振りまくる。梟は一目散に飛び立った。ビルとマンションの隙間を一直線に天高く羽ばたいて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢の出来事 桝克人 @katsuto_masu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ