だから、転生などしないと言っただろう ~ 俺は死ぬまでダラダラしていたいんだ ~
禁煙大佐
だから、転生などしないと言っただろう ~ 俺は死ぬまでダラダラしていたいんだ ~
「はぁ……、もうお金は要らないから死ぬまでダラダラしたい……」
俺の勤める会社は世に言うブラック企業だ。
この会社に入って15年、休みと言える休みなどほとんど無かった。日曜日は休みとなっているが、顧客からの電話は絶えずトラブルがあれば客先に出向かなければならなかった。
一度、退職を決意し上司に切り出したが、
「は? お前面接のときに『どんな仕事でも必ず最後までやり遂げます!』って言ってたよなぁ? なぁ?」
と、凄まれ決意が一瞬で砕け散った。いっそのこと逃げ出してしまおうかと思ったこともあるが、一度行方不明になったが3日後に出勤してきてから
「申し訳ございませんでした、もう二度としません……。 すみません……。 すみません……」
と、呟きながら仕事をしている隣の同僚を見るとそんな気も起きないは当然だろう。
そんな恐ろしい会社ではあるが、いや、そんな会社だからだろうか……
――― 給料は途轍もなく良いのだ。
だが、給料が良くても使う時間が全くない。そんな限られた時間の中で、風俗に通ったり、高級なお店に行ったり、高い服を買うなどお金を有意義に使っている同僚もいる。更には、億ションを買った先輩もいるらしい。
しかし、俺はそういうものには一切興味が湧かず家賃3万円のぼろアパートに住み、食事はコンビニ、服はボロボロになったら買うような感じだ。
そんな俺のお金の使い道は、せいぜい趣味のラノベを月に数冊買うくらいのものだった。だから、通帳には質素に暮らせば死ぬまで働かなくて良いのでは? と思うような額になっていた。
「はぁ、死ぬまでダラダラしていたい……」
そう口に出したものの会社は辞めれず、ダラダラすることも出来ないだろうなと思いつつ。かかってきた電話を取るが、
急に視界がボヤけてきた。
客の声も聴こえていないし、何を言ってるかわからないが自分の口は勝手に動いている。意識が朦朧としてきた。そして、身体が傾いていき床に着いた瞬間に完全に意識が途切れた。
**********
「ん……」
ふと、目が覚めて周りを見回すと辺り一面真っ白な場所だった。状況が把握できず呆然としていると、突然後ろから
「おめでとう~、あなたは選ばれました~」
と、女の声が聞こえた。後ろを振り返るとそこには、金髪で碧眼のほんわかとした感じの美女がいた。服装は清楚でシンプルな感じではあるがマーメイドドレスのようなドレス姿であり、ふくよかな胸や引き締まった腰、更にはヒップラインまで素晴らしいスタイルが服の上からでもわかる。そして、背中には大きな純白の翼があった。
呆然として何も言えずにいる俺に業を煮やしたのか、
「もしも~し、聞こえてますか~?」
と、追加の言葉を投げ掛けてくる。その言葉で我に返り疑問に思ったことを聞くことにする。
「……あぁ、聞こえてる。それでアンタは誰だ? それにここはどこだ?」
「私は女神だよ~、あなたの住んでた世界の神様とは違うけどね~」
なるほど。これがラノベでよく見る異世界転生と言うやつか。
「ちょっと魔王が邪神の入れ知恵で世界が厄介なことになっちゃってね~。だから、あなたには転生して勇者として魔王を倒して欲しいのよ~」
見事なテンプレ転生だな。
「断る」
「……は?」
要望を即断すると、女神のほんわかとした表情から一変し、ヤンキーがメンチ切ったような顔をした。
「ちょっとアンタ、自分が何言ってるかわかってる? 女神のお願い断るとか意味わかんないんだけど」
態度も一変した。なるほど、どうやらこちらが女神の素の性格なのだろう。
「だから、俺は転生などしない」
「何でよっ!?」
「いや、せっかく仕事地獄から解放されたのに何故また仕事をしなくてはいけない。 俺はあの地獄から抜け出せたら死ぬまでダラダラすると決めている」
そう言い返すと、女神はキョトンとしか顔をした。そしてすぐに口の端を上げニヤリと笑った。
「ふ~ん、そう。 でも残念ながらアナタが転生することは確定よ! ダラダラしたいならちゃっちゃか魔王を倒してちょうだい! そのあとは好きに生きると良いわ」
「そうか、わかった。 で、何か特典やスキルなどは貰えるのか?」
「え? ちょっと? 切り替え早すぎない? もうちょっとごねるかと思ったのに……」
「断れないならごねる意味がないだろう。 無理な仕事が入って残業するのと変わらない。 いつものことだ」
「アナタ……」
何か哀れみの視線を受けたが事実なので仕方無い。俺の人生だいたいそんなものなのだろう。
そして、頭を切り替えたようで女神は話を進め出した。
「それじゃあ、アナタにはこの中から5つスキルを選んでもらうわ」
女神がそう言うと、目の前にいきなり透明なモニターのような画面が現れ、そこにはずらっとスキルか映し出されていた。定番のものから用途のわからないものまで様々なスキルがあった。
そこでふと気になったことを聞いてみる。
「これらのスキルを現地人に与えれば魔王も倒せるんじゃないのか?」
「え~っとね、こっちの世界の魂は循環のサイクルにでシステム化されていて、そこに割り込んでスキルを与えようとすると負荷が大きすぎて魂がもたないのよ。 そこで、別の世界のからここに呼び寄せた魂なら私がある程度力を与えれるのよ。 それでも限界があって、それで与えられるスキルは5つでギリギリなの」
なるほど、システム化された中の世界に外から干渉することも、中から引っ張り出すのも魂に負担がかかりすぎて無理ということか。疑問も解消されたのでスキルを選ぶとしよう。
「じゃあ、とりあえず勇者っぽくて格好良いから《限界突破》と《覚醒》だな。 あとは《超回復》とか便利そうだし、それとラノベでよく見る《全属性魔法》だな。 あと1つは……」
「サクサク決めてるけど大丈夫? 適当に選んでないよね?」
何を言ってるのか、こんなに強そうなスキルがあれば強くなるだろう。
「最後の1つは《ギフト》でいいか」
「《ギフト》なんて必要なの?」
「何を言う、自分一人が強くても仲間がいなければ、そして弱ければ倒せるわけがないだろう。 だから、能力を貸し与える《ギフト》は必要だ」
「あ、ちゃんと考えてるのね……」
とりあえず、これでスキル5つが決まったな。さて、これで最低限の準備は整った。そしてこれから俺の人生を左右しうる交渉をしなければいけない。
「これで5つのスキルが決まったわけだが、1つ取引……と言うか、お願いを聞いてくれないか?」
「ぇ? あぁ……うん。 内容によるけど言ってみなさい」
「俺は就職してから死ぬまで仕事仕事の毎日で、買い物も最低限しか買わず生きてきた」
「う……うん? 人生語り?」
「まぁ、すぐ終わるから聞いてくれ。 そんなわけで今まで稼いだ金をほとんど使わずに死んでしまった。 そこで、実際に金を渡すことは出来ないんだが、その金を使ってスキルを1つ買うという形で売って貰えないだろうか?」
「え……っと、それは6つ目のスキルが欲しいってこと?」
困惑する女神にそうだと一言告げると、彼女はさらに顔をしかめて嘆息し、
「さっきも言ったけど、スキルは5つでギリギリなのよ? それ以上はアナタの魂がもたないわ」
「あぁ、わかってる。 だからこの《魂魄強化》のスキルで構わない。 それでも駄目か?」
そう言うと、彼女はしばらく考え込み何とかいけるだろうと呟いた。
良かった。これで何とかなるかもしれない。そう思っていると女神はスキル付与の準備にかかった。
「それじゃあアナタの魂に力を与えるわ」
言うやいなやこちらに両手の平を向けると眩い光に包まれ俺の身体に膨大な力の何かが流れ込んでくる。そして光が消え元の真っ白な空間に戻ると、俺の身体がほんのり光っている。
「お……おぉ、何か力が漲ってる感じがするな」
「ふぅ、何とか成功したわね。」
ホッとした女神の様子を見ると、本当にギリギリだったのかもしれないな。
「それじゃあ、アナタを転生させるわね。 魔王をよろしくね。 手出しは出来ないけど、アナタを応援しているわ。」
そして、俺の足下に魔法陣のようなものが現れた。
「がんばってね~」
と、ほんわか顔に戻った女神に最後の言葉を告げる。
「あぁ、任せておけ。 上司の無茶振りには馴れてるし、その対策も万全だ。 最速で仕事を終わらせて俺はダラダラ生活を手に入れる」
俺がそう言うと、一瞬女神の顔が固まったような気がするが気にしない。そうこうしているうちに段々と意識が薄れていき、そして完全に途切れた。
**********
『ん……』
ふと、目が覚めて周りを見回すと辺り一面真っ黒な場所だった。しかし、見回すと言っても目で見ているような感じではない。意識を外に向けると何となくわかるといった感じだ。
『ここはどこだ……? ん? あれは……』
そうして意識を前に向けると真っ暗な中、太陽の様に光っている場所があった。
そして、周囲にもう一度意識を向けると無数の人魂のような……というよりも、おたまじゃくしのようなものが無数に光に向かって泳いでいた。
『もしかして、これは受精前のせい……おたまじゃくしか? まさかこれが《覚醒》の効果じゃないよな?』
そう思いつつも答えが出ないので意識を切り替える。これは予想よりも早く仕事を終えられそうだ。
どうやら俺は今先頭集団の中で一番前を泳いでいるようだ。すこし後ろに女の子(適当)のおたまじゃくしがいたので、陽気な感じで
『Hei,Kanojo! よかったらあそこのお店……は無いから、あっちの方でお喋りしな~い?』
『…………』
返事がない、ただのおたまじゃくしのようだ。まぁ、返事されると逆に恐いのでホッとした。そんなバカなことをしていると、後ろの方から元気な男の子(適当)がこちらに向かってきた。
――よし、君に決めた!
俺は産まれてからやる予定だったものをここで行うと決めた。
『喜べ少年(適当)、君の願いはようやく……でもないが、叶う』
と、一度言ってみたかった言葉を某神父のように告げ、俺はスキルを使用する。
『《限界突破》! 《魂魄強化》!』
俺の魂が更に強化されたのがわかる。よし、やはり《限界突破》を使うと他のスキルも一段上の効果を得るようだ。これならいける! 俺が仕事で身に付けた秘技を使うことが出来る!
『君は俺の後継者として選ばれた。 俺のすべて(の貰い物スキル)を君に捧げよう!』
そして、俺は彼に向かいスキルを放つ。
――《
すると俺の中のほぼ全ての力が彼に吸い込まれていった。
『ふっ、成功だ。 我が秘技、《丸投げ》!』
どうしようもなく無理なときや嫌なときに後輩にこの秘技を使ってきた。これがなければ10年もたずに死んでいたかもしれないというくらい重要なスキルだ。
『さぁ、行くがよい。 君のその大きな翼で立派に羽ばたくのだ!』
そうして、彼は力強く泳いで光の先に消えていった。俺は閉じていく光を見つめながらもう見えなくなった彼に
『君の旅路に幸あれ』
そう呟き、真っ暗になった世界に身を任せ漂った。そうしているうちに、段々と意識が薄れていき、そして完全に意識が途切れた。
~ Fin ~
**********
「~ Fin ~ じゃないわよ! アンタ何してくれちゃってんのよっ!」
「ん……」
ふと、目が覚めて周りを見回すと辺り一面真っ白な場所だった。どうやらあの女神がいた場所に戻って来たらしい。
「もしも~し、聞こえてんでしょ!?」
今度は素の状態でのお出迎えらしい。っと、そろそろ相手しないともっと煩くなりそうだ。
「あぁ、ちゃんと聞こえてる」
「聞こえてる……じゃないでしょ!? まず私に言うことあるよねぇ!?」
どちらにせよ煩かった。問題なく《ギフト》は発動してスキルの譲与は成功したと思ったが違うのだろうか。それとも……、
「ふむ、《ギフト》が失敗したのか? それとも、妊娠に至らなかったとか?」
「いいえ! ちゃんとスキルは受け継がれたし、元気な女の子が産まれてくるでしょうよっ!!」
む、あのおたまじゃくしは女の子だったらしい。俺にはおたまじゃくしの性別判定の才能はなかったようだ。問題なくスキルの譲与が出来たなら大丈夫だろう。
「それなら何も問題ないのではないか?」
「おおありです! 不確定要素が多すぎて未来が全然見えなくなったのよ!」
「人間なら未来など見えないのだし、問題ないだろう。 それに、やはりその世界の問題は、その世界の人間で解決すべきだ」
そして俺は、顔を真っ赤にしてわなわなと震えている女神に告げる。
――まぁ、運が良かっただけだが
「だから、転生などしないと言っただろう。 俺は死ぬまでダラダラしたいんだ」
――と。
そして、俺はガミガミ言っている女神の話を聞き流しつつその場で横になった。
あぁ……、やはりダラダラするの……は……最高……だ……ZZZzzz……
(今度こそ)~Fin~
*********
(おまけ)―少女の夢―
私はよく同じ夢を見る。
あれは私が産まれる前のことだと思う。私はひたすら一点の光に向かって進んでいた。あれが輪廻転生論者の言う転生の時なのかはわからないけど、たくさんの魂のようなものが私と同じように光に向かっていた。
そんな中、一番先頭にいた魂が変な動きをしていた。私は必死に追い抜こうと更に速度を上げ、その魂に追い付いたときに声が聴こえてきた。
――よろこ……ねん、……のねがい……かなう
その瞬間、私にものすごい力が流れ込んでくるのがわかった。そして、あの人の想いも一緒に流れ込んできた。
――魔王を倒せ!
と言う強い意思と、
――あ~、ダラダラしたい
と言う酷い意志が。
あれってあの人がやるべきだった魔王討伐を私に全部なすり付けたってことだよね? 丸投げってちょっと酷くないですか?
まぁ、それでもあの人には感謝してるんですよ。あの人が譲ってくれたお陰で私がこの世に誕生することができたわけですしね。
私が生を受けてもうすぐ16年、12歳の頃に村を出てはや4年。たくさんの仲間に出会えました。
そして魔王城ももう目前、これが終わればようやく自分の為に時間を使うことが出来る。魔王を倒して世界が平和になれば私のこの力はもう必要無くなる。それに、この力は所詮は借り物。ちゃんと返さなくちゃいけないよね!
力を貰ったときの影響なのか、私にはほんの微かにだけど、あの人との繋がりを感じる。だから、私はあの人にこの力を返しに行こうと思っている。どんなに遠くにいても絶対見つけ出すの!
だから魔王なんかちゃっちゃか倒してそっちに行くから、待っててね。
どこかの誰かさん♪
~Fin~(三度目の正直)
だから、転生などしないと言っただろう ~ 俺は死ぬまでダラダラしていたいんだ ~ 禁煙大佐 @non-smoker
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