エルネリングの人 後編
その後、二人で恋愛劇を観賞し、リリィは興奮そのままに、近くの公園へ向かうと良かったところの話をし合った。
それから近くの店でリリィの服を買った。フリルをあしらった淡い緑のロングドレスだ。勿論リベックには痛い出費だったが愛しいリリィの為ならばと笑顔で支払いをしたのだった。
そして楽しそうに色々話をしながら、夜が更ける前にゾーロ家へ向かった。
「意外と早かったな」
部屋のインターフォンを鳴らすと、顔を出したゾーロにそう言われたのだった。
「で、楽しかったか?」
「はい!演劇を見るのは初めてでしたけれど、凄く切なくて堪らなかったです!」
と興奮気味に話すリリィに、ゾーロは満足気に頷くと、リベックに向かって、
「今日も泊めるのか?」
「駄目…ですか?」
「夜遊びくらいしても良い年頃だろう?」
「なっ!?ぼ、僕にはまだ……勇気が無くて…」
「もしかしたら紳士ではなく根性がヘタレているだけかもしれんな」
「ちょ!?ゾーロさん!?」
少々からかう様にゾーロが言えば、リベックが顔を赤くさせたり青くさせたりしている。リリィはというとキアナに今日見た演劇の感想を嬉し気に話していた。
そうしてその日はリリィに別れを言って、ゾーロの部屋を後にした。
少々火照る顔を夜風で冷やしながらリベックは自宅のある第三区画まで歩いて帰るのだった。
次の日、残り五日目のその日は、昨日買った淡い緑のドレスを着て傘を差したリリィが見たいと言っていた美術館をめぐり、リベックがテイクアウトした昼食を公園で食べ、その後はまた違う演劇を見に行った。
その帰り道、リベックは人の少ない公園へ向かうと、
「その……抱き締めても構いませんか?」
「…それが貴方の望む事なら」
それに何度も頷くと「失礼します」と言って、その細い体を抱き締めた。硬く冷たい体に漆器を思わせる滑らかさを持ったリリィ体を愛おし気に抱き締めるリベック。背が低いリベックはリリィと同じ身長なので同じ様に互いの肩に顔を埋めるようになる。すると小さな声でリリィが何か呟いているのが聞こえた。
「私は…幸せです、最後に…こんな優しい主に…出会えるなんて」
「……………」
リベックは聞いている事しかできなかった。リベックにとっては恋の相手であっても、リリィにとってはただの優しい主なのだと。けれどそれで構わないとリベックは思うのだった。
もうすぐリリィは動かなくなってしまう。おそらくだが今までは良い扱いを受けてこなかっただろう事が前の主を見て思ったからだ。だから主としてでも構わない、最後に幸せな気持ちになれるなら、リリィの為になら何でもしようと思うリベックだった。
体を離すとリベックはにっこり微笑んで、
「さ、ゾーロさん達の処へ行きましょうか」
「はい、解りました」
そうしてリベックからそっと手を繋ぎリリィの硬く細い指先を撫でて、ゾーロの家へと向かうのだった。
次の日、残り四日目のその日は、リリィが興味があると言った図書館へ二人で向かった。市内で一番大きな公営図書館へ向かい、リリィは物語を、リベックはノンフィクション作品を本棚から手に取り、読書スペースで隣同士座ってじっくりと読んだ。
けれどもリベックが本に集中できるはずもなく、横に座っているリリィに見惚れていた。ふと気付いたのか時折顔を上げて微笑むリリィにリベックの心は幸せで堪らなくなるのだった。きりの良いところで図書館を出ると、二人一緒に中央区画の店を見て回った。所謂ウインドウショッピングというやつだ。手を繋いで、のんびりと歩きながら色んな店を見て回るだけでリリィの目はキラキラと輝き表情は笑みを浮かべた。
そんなリリィを見てリベックも嬉しくなる。
今日も昼食をテイクアウトで食事を買うと、飲食スペースがある店の前でリベックは手早く口に放り込んでさっさと済ませてしまう。
「あの…何時も急いで食べていらっしゃいますが、何か理由があるのですか?」
「え?ああ…少しでも早く食べればリリィさんとの楽しく話が出来ますからね!」
それにきょとんとした表情を浮かべた後、頬を染めて照れるリリィを見て、リベックの幸せは最高潮に達した。
その後もウインドウショッピングを続けた。途中花屋に寄って先日とは違う黄の薔薇を一輪贈れば、リリィは照れてしまったのか俯いて微笑んでいた。
そうして夜も更ける前にまた同じ公園で、リベックはリリィを抱き締めると、ゾーロの部屋へと向かったのだった。
次の日、残り三日目のその日は、雨だった為許可を取ってゾーロの家で過ごすことにした。他愛も無い話をしているとあっという間に時間が経って、昼になるとリベックがキッチンで昼食を作るのをリリィは興味深げに覗き込んでくるのだった。
「珍しい…ですか?」
「はい、料理をするドールも居るとは聞いていますが、私はやったことがないので、こうやって作っているのを見るのはとても楽しいです。リベックさんはよく料理をされるのですか?」
「母と二人なので無理矢理やらされていますね、昔から。昔は色々思いましたけど、今は感謝してますよ。おかげで一人でも生活出来る様になりましたから」
そう話しながら、鶏肉とトマト缶と少しの香辛料を使って鶏肉のトマト煮を作るとダイニングテーブルへと運んだ。リリィは向かい合う様に座ってリベックが食べる様を嬉しそうに眺めている。それにちょっと緊張しながら、
「えと、見ていて楽しいですか?」
「はい、美味しそうに食べているのを見るのは好きなので。リベックさんは美味しそうに食べるので好きですよ、見ているの」
好きと言う言葉に一瞬ドキリとしたが、クスクスと嬉し気に笑うリリィを見て、リリィが楽しいならそれでいいかと思う事にしたリベック。
食事を終えると、コーヒーを淹れてのんびりと二人色々な話をした。何気ない事からこれからの事も。
そうしていると仕事を終えたゾーロとキアナが帰って来て、リベックも一緒になって夕食作りをした。慣れた手つきのリベックを見てゾーロは少々驚いていたが、色々と事情を知っているのか深く聞いてはこず、一緒に調理を進めるのだった。
夕食は特大バンバーグを作ると四人ダイニングテーブルに座る。
「ハンバーグ!ハンバーグ!!」
と嬉し気に声を上げるキアナに、
「……静かにしろ」
と諦めたような声を呟くゾーロ。
その二人を見て微笑むリリィに、そんなリリィを見て笑みを浮かべるリベック。
三者三様の表情を浮かべながら食事を楽しむのだった。
「そういえば三日後は祭りだが、参加するのか?」
「あ、そういえばもうそんな時期でしたね」
「……祭りって何です?」
きょとんと首を傾げるリリィに、ゾーロが説明をする。
「このシーデン市が出来た記念行事だ。男女とも花を服や髪にあしらってパレードを楽しんだり、出店を見て回ったり、色々とあるな」
「……三日後ですか」
「ああ、三日後だ」
それにリベックは言葉を詰まらせながら夕食を終えると、片付けを買って出た。その間リリィはゾーロとキアナを話し相手に色々と話をしていた。主に今度開かれる祭りについてだ。毎年どんな風なのか、リリィは東から余り出た事が無かった為知らなかったらしい。ゾーロとキアナの説明に目を輝かせながらうんうんと何度も頷いていた。
片付けが終わるとリベックもそれに加わった。
「リベックさんはお祭りに参加したことがありますか?」
「最近はあんまり行ってないですけど、小さい頃は行ってましたね」
「子供さんも行くのですか?」
「お祭りだからねー子供だってはしゃぐよー」
「そう、なのですね」
それに何度も頷いているリリィに、
「リリィさん、お祭り僕と一緒に行って貰えませんか?」
「い、良いんですか?」
「そんな嬉しそうな顔されたら一緒に行きたくなりますよ」
リベックが照れくさそうにそう言えば、リリィは頬を染めて笑顔を浮かべて何度も頷いた。
話が纏まると、リベックはゾーロにリリィの事を頼み、自宅へと帰って行った。
その次の日、残り2日目のその日は、リベックの家へと二人で向かった。母が仕事に出た後、そっと団地の五階にある自宅へリリィを招き入れると、キョロキョロと部屋の中を見て回るリリィ。
「リベックさんはここで育ったんですね」
「そうですよ、物心ついた時にはここで母と二人で暮らしていましたね」
「リベックさんのお部屋は?」
「こっちですよ」
さして広くも無い部屋の中を案内すると、リリィはキラキラとした瞳でリベックの部屋を眺めるのだった。
「ここに座っても?」
とベッドを指してリリィが言うので「どうぞ」と言うしか無かった。リリィがベッドに腰掛けると、リベックは机の椅子に座った。
「これが小さい頃のリベックさんですか?」
「ええ、まぁ…特に取り柄の無い子供でしたけど」
「そうなんですか?かわいいですよ」
それに頬を染めて照れるリベックを見てリリィはクスクスと嬉し気に笑う。それから小さい頃の話をして盛り上がったりもした。
「明日、お祭り楽しみですね」
「はい、一緒に楽しみましょうね」
そう言って、昼頃リベックの部屋を出た。
今日もテイクアウトで昼食を買うと、公園のベンチでさっさと食事を済ませると、その後は花屋に寄ったり、用品店を見て回ったりとウインドウショッピングをして楽しんだ。
夜が更ける前にまた公園に行くとリリィを抱き締めて、ゾーロの家へと送るのだった。
その夜、自宅へ戻ったリベックは、明日でリリィと永遠のさよならをしなければならないのかと思うと、中々眠れなかった。
その次の日、最後の一日は、リベックがゾーロの家へ向かうと、緑のドレスを着て扉を開いたリリィにリベックは思い切り抱き着いた。相変わらずリリィの硬く冷たい体に何故か安心感を覚える。寂しさに震えているリベックの背中をポンポンと優しく撫でるのだった。落ち着いたのか少し離れると、
「すみません、つい…」
「いえ、気になさらないでください」
不安げな表情を浮かべるリベックは顔をパンと叩くと、無理やり笑顔を作り、
「ゾーロさん、おはようございます」
と部屋の中へと入って行く。リリィが扉を閉じてリベックの後を追う。
「ああ、おはよう」
ゾーロは台所に立ち朝食の用意をしていた。
「…………最後の日だな、祭りもあるし、楽しんでこい」
「はい、言われなくても楽しんできます」
「だが祭りが始まるのは十時頃だろう?いささか早すぎないか?」
と最もな答えが返ってきた。今は八時前だ、祭りに行ってもまだ準備中だろう。ゾーロに断りをいれて暫く待たせて貰う事にした。二人はソファに腰掛けそれまでの間、リベックが祭りがどういうものなのかという説明をしていた。
まず参加者は花をあしらった装飾品を身に着けること、それは無料で提供されている事、大人も子供もこの街の平和を楽しむ為の祭りであるという事。それをリリィからの質問に答えつつ説明しているとあっという間に時間は過ぎて、十時過ぎと丁度良い時間になった。
リベックはソファから立ち上がると、リリィに手を差し出して、
「それじゃリリィさん、お祭りに行きましょう!」
「………はい!」
そうして二人はゾーロに礼を言い、その家を後にすると、祭りのメイン会場の受付へやって来た。
日傘を差したリリィの黒髪に淡い紫の花飾りを付けて貰うと、リベックも同じ色の花のブローチを上着に付けた。こうして花の飾りを身に纏う事からこの祭りは別名『花祭り』とも呼ばれているのだった。
二人手を繋いで出店を見て回り、広場で開催されていたフリーマーケットで珍しいものを見たり、リベックが昼用の食事を取っているとそれを嬉しそうに見つめるリリィが居たり、時間はあっという間に過ぎてしまっていた。
メインストリートのパレードでマーチングバンドの演奏を聴いたり、ダンサー達の曲芸の様な踊りを見たり、子供の仮装行列を見て二人で笑顔を浮かべながら拍手をしたりしたのだった。
そうしている内に真上にあった筈の太陽が傾き始め地平線へ近づいてきていた。
「リリィさん、西の公園へ行きましょう!」
「はい!」
「今日は晴れてるから綺麗な夕日が見れると思いますよ」
そうして二人は手を繋ぎ、第四区画にある海浜公園にやって来ると、丁度日が沈む頃だった。
「わぁぁ!!海に沈む夕日ってこんなに綺麗なんですね!」
二人は夕日の見えるベンチに腰掛けると、緩やかに流れる時間に身を委ねた。
「……ありがとうございました、この一週間、私の中で一番楽しい時間でした。こんなに素敵な主と一緒に居られて幸せです」
「そんな風に言わないでください、僕がやりたかったからやっただけの事で、むしろ付き合わせてすみません」
「いえ、本当に楽しかったです………私は、もうすぐ魔術が切れて止まってしまいます……本来なら廃材置き場へ向かわねばいけないのですが、もう少し、もう少しだけ………一緒に居ても、いいですか?」
「…勿論です、僕も最後までリリィさんと一緒に居たいので……」
「……リベックさん、ありがとう…ございます」
そう言ってリベックの肩に頭を乗せ寄りかかると、りべっくはそっとリリィの肩に手を回した。冷たいけれど滑らかな感触を忘れないようにと自分に覚えこませるリベック。
それから日が沈むまで二人はずっと無言のまま夕日を見続けた。
そしてリリィは眠る様に意識を失ったのだった。
「…気は済んだか?」
その言葉に振り替えれば公園の一角にゾーロとキアナが立っていた。二人の座るベンチに近付くと、リリィは意識を失いまるで眠っているかのようでリベックは愛おし気に抱き締めるのだった。
「…………はい」
「今生の別れが待っていると知っていての恋、辛いものだっただろう?」
「………いいえ、僕は今一番幸せです」
そう言いながらリベックの瞳にはボロボロと涙が溢れ零れてくるのだった。
「……そうか」
リベックはゾーロを見据えて、
「ゾーロさん、最後にもう一つだけお願いを聞いて貰えませんか?」
「内容によるな」
「それは……………」
棺の中で白いドレスを身に纏い眠る様に横たわるリリィ、彼女が好きだと言っていた色とりどりの沢山の花と愛用していた傘を棺に入れて、祭りの時にリベックが付けていたブローチをその手に握らせ、リベックはリリィの付けていた髪飾りをその手に握り締める。
リリィのその頬にそっと口付けると、ひんやりとした感触に何とも言えない表情をを浮かべるリベック。
そして蓋を閉じて土の中へと棺を埋めていく。墓石には『エルネリングの人』と書かれていた。
リベックもゾーロもキアナも黒服を着て、棺を埋める人達も黒服だ。
これは葬儀だ。
勿論リリィの。
「彼女はドールだろう?こんなことをして意味があるのか?しかも仕事を終えたドールを」
そう言うゾーロの意見は最もだ、けれどリベックは、
「僕は最初から彼女を人間として見ていました。だから……人間の様に送ってあげたいんです」
「………それは自己満足だがな」
そのゾーロの言葉にチクリと胸を痛めながら、
「解っていますよ、そうだって事くらい。けれど、どうしてもこうしたかったんです」
「………いつ頃から考えていた?」
「何時でしょうね、でも一週間しかないと聞かされた時から、そう…思っていたのかも、しれません…」
「………そうか」
そうして棺が埋まるとリベックは一人黙祷をして彼女の瞳の色と同じ淡い紫の薔薇の花束をそっと棺の埋められた地面に置いたのだった。
特別指定都市シーデン ミコシバアキラ @mikoshiba888
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