第32話 伝説のはじまり
「ねえ、このハンカチ、キミの?」
僕は飛ばされたハンカチを掴み、目の前にいる女の子に渡した。僕の初恋の相手であり、Xの正体である美晴に。
「ありがとうございます。でも、どうして先輩がここに?」
「すべて思い出したんだ。それで思い出の場所を探してみたんだ。そしたらこの場所だった。『始まりの木』、だっけ、僕たちが初めて出会った場所だから、一緒に付けた名前だったよね」
名前のあるような気がしていたのは小さい頃に僕たちが名前を付けていたからだった。この木の前で僕は美晴と初めて出会った。
美晴のいるであろう候補は二つだった。一つは僕が美晴に告白した図書館。そこにいなかったのだから、ここしかありえなかった。
「ごめんね、ずっと思い出せなくて」
僕は頭を下げた。四年以上待たせてしまったことに対して。美晴のことを忘れてしまったことに対して。
「本当ですよ。私すっごく、悲しかったですからね」
「そうだよね、美晴ちゃんは僕のところにせっかく訪ねてきてくれたり、思い出せなかったのだから」
今思えば、美晴からのヒントはいくつもあった。だけど、思い出そのものを忘れてしまっていた僕には美晴のことを思い出せなかった。
「その髪ゴムも一緒に作ったものだったんだよね」
「そうですよ、ずっと大切に使ってるんですから」
図書館に張り出されていたポスターに書かれていた、髪ゴムづくり。あれは僕たちもやっていた。美晴は今でも髪を束ねるために。そして僕は手紙と一緒に保管していた。
「良かったです、これでX探しが終わったのですから、胸のつっかえも取れたでしょう?」
「うん、ずっと残ってたモヤモヤが無くなったよ」
Xの正体が美晴と知り、僕の胸の中であったモヤモヤがすべてなくなった。
「それで、今日は美晴ちゃんに伝え……」
「思い出せて良かったですね、じゃあ、私はこれで」
僕の言葉を遮って、この場から逃げるように去ろうとする美晴の腕を掴む。
「なんで止めるんですか……」
「Xに……、美晴ちゃんに言いたいことがあるから」
「嫌です、私は聞きたくありません」
腕を振り、無理やりでも離れようとする美晴を僕は決して離さない。
「僕はちゃんとケリをつけたいんだ、迷惑をかけた分、この場で―――」
Xの正体が誰であろうと、僕はやることは初めから決まってたんだ。
ようやく、観念したのか、泣きそうな目でこちらを見てくる。
「Xに会ったら僕は言おうと決めてたんだ」
四年間待たせてしまったことに対する言葉ではないのは分かっている。それでも、X探しをしようとした目的を完遂しなければならない。
「僕のことを好きになってくれて、ありがとう。でも、僕には今好きな人がいるんだ……」
「そうですよね……、分かってました。わたしとは付き合えないことを……」
必死にこらえようとしていた涙があふれだしてしまう美晴。四年間という重みが僕にのしかかる。美晴はこの重みをずっと耐えてきたのか。
「じゃあ、私はこれで……」
僕は再び、美晴の腕を掴む。
「なんですか、もう用はないはずじゃ」
「ううん、まだ話は終わってない」
まだ、話が終わってもいないのに帰られてしまったら困る。
「何があるっていうんですか、変な慰めならいらないですよ」
「僕はXが誰であろうと付き合うつもりはなかった。他に好きな人がいたから」
X探すうえで、僕は決めていた。誰であろうと、今好きな人を優先しようと。だからこそ、Xの正体を早く知りたかった。
「そうですよね、現に私を振ったんですから」
「でも、僕は――――――――――
同じ人にもう一度恋をした」
「え?」
「初恋だと思ってた。だけど違ってた。僕は前にも初恋をしていた。だから、これは僕にとって二回目の初恋。そして同じ人を好きになっていた」
記憶を失おうが、僕は同じ人を選んでいた。だから迷う必要なんてなかったのだ。遠回りしてしまったけれど、これは絶対に譲れない想いだ。
「美晴ちゃん、僕は美晴ちゃんのことが好きです」
僕の告白とともに、大きな花火が上がった。どうやら、後夜祭が終了し、花火の時間が始まっていたらしい。
状況を呑み込めていないのか、口をポカーンと開ける美晴。
「え? どういうことですか?」
「分からない? 僕は美晴ちゃんと恋人になりたいと言ってるんだよ。あの時叶えられなかった約束を果たしたい」
あの時の約束。小学生の時では叶えられなかったもの。
「本気で言ってるんですか?」
「嘘なんかで告白なんかしないよ」
「同情なんかいりませんよ」
同情なんかで告白なんかできるものか。
「そんなことはしない。これは僕の本心だ。本当に好きだから、告白をしたんだ」
「私で本当に良いんですか?」
「同じ人を二回も好きになってるんだ。他の人じゃダメなんだよ」
僕の隣居て欲しい人は美晴唯一人だ。他の人ではダメなんだ。
「後悔したって知りませんよ」
「だとしたら、もう5年も後悔してしてることになるよ」
フフッと美晴は笑った。先程までの悲し涙が、嬉し涙に代わる。
「私も先輩のことがずっとずっとず~っと大好きでした。だから、
―――――――――― 私の方こそよろしくお願いします」
美晴は僕の手を握りしめ返事をした。
「え、ほんと?」
「嘘なんてつきませんよ。本当に四年間ずっと待ち続けてたんですからね」
「それは本に申し訳ないことを……」
「別にいいですよ。先輩はこうして私に会いに来てくれましたし、先輩の想いも分かりましたから」
「なんか、正直に言われるとむずがゆいな……」
「ちょっと、急に冷静にならないでくださいよ。温度差が出来たらこっちまで恥ずかしくなってくるじゃないですか」
自分で何を行ったのかを思い出してきたようで、顔を押さえる美晴。指の隙間から見える恥ずかしそうにしている目がかわいい。そうか、もう僕の彼女になったのか。未だに夢なんかじゃないのかって信じられない。
少しすると美晴は落ち着きを取り戻した。
「せっかくだし、花火を見ながら学校に戻ろうか」
この会話中も花火は上がり続けている。美晴の手を引いて、学校へまで歩いていた。
「ちょっと、いいですか?」
突然足を止めて、美晴は小さな声でつぶやいた。
「どうしたの?」
「あの、わがままを一つ聞いてもらう約束してたの覚えてますか?」
「図書館であった時のことだっけ?」
あの時は、苗字じゃなくて、名前を呼びたいと言われたから、ワガママは別の機会でいいと言った。それに代わるものを思いついたのだろうか。
「はいそうです」
「じゃあ、なんでも言って」
「でしたら、昔みたいなしゃべり方でもいいですか?」
「昔みたいっていうのは?」
「今敬語を使ってるので、どうしても距離を感じてしまっているんですよね。なので、昔みたいに敬語を外したいんですが……」
「なんだ、そんなこと……いいよ」
「本当ですか?」
「別に年だって一か月しか変わらなかったし、それにもう……付き合ってるんだし……ね」
「……そうでしたね」
自分で口に出しといて恥ずかしくなってしまった。
「じゃあ、昔みたいにしゃべってもいい?」
「いいけど、しゃべれるの? 相当敬語がしみ込んでない?」
「初めうちは治らないと思い……思うけど徐々に外していけるように頑張る‼」
「そっか、じゃあ今度こそ行こうか」
僕は再び手を取り、学校まで先導して歩く。鼓動が早まっていくのが分かる。そうだよな、好きだった女の子とこうして気持ちを伝えあえたんだから。
まさか、Xが美晴だとは思わなかったけれども、結局僕は美晴のことが本当に好きだったんだと確信した。
いろいろ遠回りしてしまったけれど、おかげで得られたものは多かった。記憶も取り戻せたし、それに僕は本当に美晴のことが好きなのだと分かることができたのだから。
「あっ」
突然、美晴が声を出し、星空に向かって指を差す。美晴が指を差した方を見るが何もそこにはなかった。
「何もないけ……ど?」
振り向き際に襟元を引っ張られ、右頬にやわらかい感触があたった。
「え?」
「これは、私のことを忘れたこと、四年も待たしたことへの罰です」
美晴はそう言ってテケテケと前を歩いて行った。
「ほら、早く行くよ。司君!」
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