第31話 あの日と同じ光景を

 紗絵香先輩は突然私の前からいなくなった。随分と足止めをされてしまった。


 本来であれば、ここにきてすぐに帰るつもりだった。司先輩がXが私だと気づいたとしても、しばらく顔を合わせなければ時間が解決してくれるはず。


 何度も司先輩のことを諦めたつもりだった。だけど、こうして最後の最後までこの場所に足を運んでしまっている。


 私と先輩が初めて出会った、ここ『始まりの木』に。


 先輩と過ごした時間はとても楽しかった。初めて先輩と出会ったとき私は小学五年生だった。


 最初年齢が同じだから同い年だと思っていた。だけど、実際は誕生日が一か月違うだけで、一学年違っていた。


 だから、この高校に入学した時、先輩と呼ぶのは少し違和感があった。今まで先輩後輩という関係じゃなく、同い年の子という感覚で付き合っていたから。


 この高校を選んだのも、先輩がいるからだった。小学校はどこに通っていたかは聞いていたから、この高校に行くことは可能性としてかなりあったからだ。


 会って話をしたかった。何で会いに来てくれなかったのかって。入学早々、他学年の教室に訪れるのも気が引けた私は仮入部期間まで待つことにした。


 先輩が小学生時代にやっていた、水泳、書道、囲碁将棋部を見て回った。そして四つ目にして文芸部に訪れてみれば、そこに先輩はいた。


 最初は誰か分からなかった。小学校の頃から雰囲気も変わっているし、でも面影は少しあった。そして名前を言われて確信した。


 でも、私のことは忘れていた。悲しかった。何年も会ってないのだからしょうがないのだけれど。


 それでも最初は納得がいかなかった。それで入部はしたものの、部室にあまり行きたいとは思わなかった。


 だから、私は部活の後、図書館に行っていた。あの場所は私にとって人生が変わった場所だから。


 私がお気に入りとしている場所は先輩が教えてくれた場所。本が嫌いだった私に本の楽しさを教えてくれた場所。そして、司先輩が私を好きと言ってくれた場所。


 その後、司先輩とその場所で会った時に気づいた。だって、私との思い出何一つとして覚えていなかったのだから。


 紗絵香先輩に確かめたらやはり私の予想通りだった。先輩は記憶を無くしていると。


 最初は思い出してもらおうかと、昔のことを司先輩に話そうかと考えた。だけど、それで事故のことを思い出させてしまうのではという恐怖心からできなかった。


 そして、司先輩が私のラブレターを見つけたと星川先輩に話しているのを耳にした。


 まずいと思った私は、すぐに話に割って入った。


 もうその頃には千里先輩が司先輩のことを好きだと分かっていたから、辞めさせたかった。過去の出来事だと自分に言い聞かせるために、司先輩にも同じことを言った。


 だけど、先輩は止まらなかった。私が関与しない手もあった。だけど、邪魔をした方が私に司先輩は辿り着けないと思った。


 千里先輩も案の定反対をした。そりゃそうだよね、好きな子が初恋の子を探すなんて協力したくないはずだ。でも、千里先輩も優しいから、結局司先輩の手伝いをすることに決めた。


 間違った選択肢を出せば、大丈夫だと思った。だけど、私のいないところで、どんどんと先輩は記憶を取り戻してしまった。


 そしてついに、タイムカプセルが見つかってしまった。


 タイムカプセルのことは私も聞いていた。私のことを手紙に書いたと話してくれていたから。その手紙が見つかったとなれば、先輩が私の正体に気づく。


 だから、私は星川先輩の連絡を無視して学校から出た。見つかってはまずいと思って……


 だけど、やっぱり私は心のどこかではまだ諦められていなかったみたいだ。


 ―――こうしてこの場所に来てしまってるのだから。


 私は涙を拭おうと、ポッケからハンカチを取り出そうとした。だけど、ハンカチは突然『ビュッ』と吹いた風によって飛ばされた。


 飛ばされたハンカチを追いかけようとした。だけど、そのハンカチはある人がキャッチした。


「ねえ、このハンカチ、キミの?」


 あの時と一言一句変わらないその言葉とともに、私が今一番会いたくなかった人、そして一番再会を望んでいた人が現れた。

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