第30話 紗絵香
私には美晴を問い詰めなければいけない。心苦しいが、この役割は私が引き受ける。千里と司の幼馴染として……
「それはな、美晴は司のことをどう思っているのか、私が聞きたかったからだ」
「それが、司先輩に私のことを話さなかったことに関係がありますか?」
「大アリだ。もし、美晴司に対して恋心を抱いてないのなら、きっぱり司のことを諦めてくれ」
「……それは」
司はXが初恋の人だって言っていた。今、誰を好きなのかは私にも分からないが、どういう決断をするのか私には予想ができている。
「私は美晴が司を好きだとは思えなかった。だから、美晴の正体を司にも伝えなかった」
もし、美晴が司を好きだと知っていたとしたら、私は協力を惜しまなかっただろう。
「そんなことはないです……」
「じゃあ、なんで司に正体を明かさなかった」
「それは」
美晴が今でも司を好きであるならば、名乗り出さないはずがない。それほど、司がラブレターを見つけたことは美晴にとって絶好のチャンスだったはずだ。
「本当に好きなら、正体を明かすべきだった。再会した時は言えなかったとしても、X探しが始まってからは言うチャンスが何度もあったじゃないか」
「そうかもしれないですけど……」
正体を明かすどころか、美晴は全く反対の行動に出た。
「それに美晴は司が自分のことを思い出さないようわざと違う場所に誘導してた」
「仕方なかったんです」
「仕方なかったか。だがな、もし美晴が司に正体をさっさと明かしていれば、事故のことは思い出さなかったかもしれない」
これは確証のないことだ。美晴が司に正体を明かしていたとしても司は事故のことを思い出していたかもしれない。だけど、私は心を鬼にしなければならない。
「そのことに関しては本当に申し訳ないと思ってます」
「それにな、このままだと千里が……」
「だからですよ」
急に美晴の言葉が強くなった。美晴の目が鋭くなる。
「だから、私は司先輩に正体を明かしたくなかったんです」
「どいうことだ」
「司先輩は私に会いに行ったせいで事故に遭った。なのに、私が司先輩の前に現れることができますか」
「事故のことは美晴のせいではないことは司も分かってるはずだ」
司は美晴に会いたいと思ったから出掛けただけだ。その時不幸にも事故に巻き込まれただけ。それで、司が美晴を恨むことなんてない。
「そうかもしれませんが、私が寂しいなんて言わなければ……、引っ越し先の場所を言わなければ……、もっと違う未来があったかもしれないんです」
「確かに、その未来はあったかもしれない。だけど、それは結果論だ。考えるだけ無駄なんだ」
「それだけなら、私だって謝るだけで、会おうとしました。だけど、それが私にはできなかった。だって、司先輩の傍には……」
「千里か……」
美晴は零れだす涙を手で拭い、縦に頷いた。
「そうです。千里先輩は司先輩のことが好きだっていうのはすぐに分かりました……」
それでか……、美晴が司に正体を明かさなかった本当の理由は……
「私は千里先輩のことも好きだから……」
千里のことを考えてしまって、名乗り出ることが出来なかったのか。
「だから、私は先輩のことを諦めることにしたんです。先輩も私のことを忘れてましたからこのままでいいと思って……だけど」
「昔、司宛てに書いたラブレターが見つかったか」
「はい。まさか、大事に取っているとは思いませんでした。最初はすぐにでも辞めさせようとしました。何かと理由をつけて」
「でも、司は止まらなかった」
司は、美晴にも千里にも反対されてもXを探すと決めた。
「だから、わざと先輩と行ったことのない場所へと誘導しようとしましたが、さすがにそれで止まるはずないもんですね。なので私はついて行かないことにしました」
「美晴がいなければ思い出さずに済むと考えたのか?」
「はい。結局私がいなくても思い出してしまったわけですが」
妙に私たちが行こうと提案していた場所と反対の場所を提案してきたと思ったが、そういう訳だったのか。
「じゃあ、ゲーセンで司が記憶を取り戻したのは想定外だったのか?」
「そうです。私も司先輩もゲームセンターに行ったことがないので、まるっきり関係ない場所を提案したんです。まさか、カーレースを見て事故を思い出してしまうとは思いもよらなかったです」
美晴は本当に司のX探しを邪魔していたのだろう。でなければこんなに面倒なことはしない。
美晴は美晴で、自分の気持ちを押し殺していたのだろう。本当は正体を明かしたいのに、千里や司への罪悪感からそれが出来なかった。
「美晴、最後に聞く。これが最後の質問だ。美晴、お前は本気で司のことが好きなのか?」
ポロポロと涙を零しながら、美晴は首を縦に頷いた、
「好きじゃなかったら、本気じゃなければ、こんなに苦しい思いをするはずがありません―― 私は本当に司先輩のことが好きだった。初めて会ったあの日からずっと……、再開した後も先輩は私に優しかった。私は――― 二度同じ人に恋をしたんです。だから本当は諦めたくないんです」
「そうか……、美晴の気持ちは分かった。……後は二人で話してくれ」
「……二人?」
私はある人物がこちらにやってくるのが見えた。この物語においての中心人物。そいつがどういう選択を下すのかは私には分からない。
あとは二人で結論を出してもらうしかない。私の役目はここで終わりだ。十分足止めとして機能したと思う。
そして、私には他にやることがある。だからこの場から去ることにした。
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