第29話 何度だって背中を押す
『初恋の人、美晴ちゃんと仲良く過ごせていることを願ってます』
その一文で僕の手紙を終えた。
「Xの正体は……美晴ちゃん?」
自分に宛てられた手紙を見て僕は全てを思い出した。
――――――――――
クリスマスが近づく、12月。僕は図書館である女の子と待ち合わせをしていた。
「もう来てるかな?」
僕は図書館でお気に入りの場所へと向かう。この場所のことを待ち合わせしている女の子に教えてあげると、気に入ってくれたのを覚えている。
「あ、こっちだよ、司君」
「ごめんね遅れちゃて、美晴ちゃん」
美晴はこの前僕が薦めた本を読んで待っていた。それを見て僕は嬉しく思ってしまう。最初の頃は、図書館に来ても小さい子向けの本ばかりを読んでいた。
たぶん、本を読むのが苦手だったのだろう。だけど、美晴は図書館で会うたびに読む本がどんどん厚くなり、文字の大きさも小さくなっていった。
「今日はこの後どうしようか?」
待ち合わせはこの場所にしたは良いものの、どこへ行くかは全く決めていなかった。
「じゃあ、ここで今日はここで本を読む日でもいい?」
手に持つ本を大事そうに抱えて美晴はそんな風に頼んできた。
「僕は別に良いんだけど、美晴ちゃんはいいの?」
「うん、昨日司君に薦められた本が面白くて、まだ読むきれてないんだ。ダメかな?」
「ううん、全然いいよ。じゃあ、今日はここでゆっくりしようか」
美晴が本を好きになってくれたみたいで良かった。今では自主的に読むようになってくれたから話し相手が増えて嬉しい。
その日は僕たちは図書館で一日を過ごした。
「ごめんね、結局一日私の本読むに付き合わせちゃって」
本好きになったは良いものの、まだ読むペースは僕に比べるとだいぶ遅い。美晴は自分のせいで時間を図書館で使い過ぎてしまったことを謝っているようだ。
「全然平気だよ。僕もいろんな本を読めたし、楽しんでたよ。それに好きな子と一緒にいるだけで僕は……」
自分で何を行っているのかに気づいた僕は慌てて、口を押さえた。だけど、それは遅かったようで、僕の言葉はすでに美晴に届いていた。
「えっ……」
美晴の顔が赤くなった。僕は慌てて、誤魔化そうとした。
「いや、今のは……」
「司君、今日はもう帰るね」
僕が誤魔化す前に、美晴は足早にこの場から去る。
「嫌われちゃったかな……」
そうだよね、急に好きだなんて言ったら、ビックリしちゃうよね。僕はその日トボトボと家に帰った。
だけど、数日後美晴に呼び出された僕は一枚の手紙を受け取った。僕はその手紙を大事に、『思い出の箱』にしまった。
――――――――――
理解が追い付かなかった。まさか、身近にいた美晴がXだったなんて思いもよらなかった。
じゃあ、なんで美晴は僕にそのことを教えてくれなかったんだ?
言うタイミングなんて何度もあった。だけど、美晴はXは自分だってことは一度たりとも言わなかった。
「祐一は知ってた?」
すぐ隣で同じ手紙を読んでいた祐一は黙って首を横に振る。どうやら祐一も知らなかったらしい。
ということは美晴は僕にだけでなく、誰にも話していなかったのだろう。
でもいったいどうして? 一言教えてくれればこんなに時間はかからなかったはずなのに。昔あったことあるのは私だと一言言ってくれるだけで良かったのに。
もしかしたら、美晴はもう僕のことは好きじゃなかったのかもしれない。一度離れ離れになったことで恋は冷めてしまったのだろうか。
だとしたら、僕に美晴を責める資格などないだろう。会いに行かなかったのは僕のせいなのだから。
美晴がXのことを隠したいのならこのまま放っておくのが良いのかもしれない。余計なことをして嫌われたくはない。
「ごめん、祐一、僕美晴ちゃんを探してくる」
そうは思っても僕は足を止められなかった。X探しは僕が始めたことだ。だから、解決をする必要がある。それにX探しを始めた本当の理由にも決着をつける時なのだろう。
例え、どんな結末になろうとしても、僕が始めた物語は終わらせなければならない。
部室から飛び出そうとしたとき、右腕をガシッと掴まれた。掴んだのはもちろん祐一だ。
「待て」
「ごめん、祐一行かせてくれ」
一生のお願いだ。ここで美晴に会わなければ一生後悔することになる。僕は祐一の腕を振りほどこうとした。
祐一の目を見れない。僕は自分勝手な思いでX探しに祐一たちを巻き込んだ。最後の最後で、カメラ撮影という仕事をさぼろうとしている。祐一が怒るのも無理はない。
「司、こっちを見ろ」
怒鳴られると思ったが、祐一の声はとても優しかった。怖くて目を合わせられなかったはずだったが、祐一の目を見ればとても穏やかだった。
「何を勘違いしてるんだ? 早く寄こせ」
祐一は僕が右ポケットに入れていたデジカメを回収した。
「どいうこと?」
「察しが悪いやつだな。だから、Xの正体も気づけないんだよ」
祐一に察しが悪いと言われるのは少し癪だが、Xのことを気づけなかったのは事実なので言い返せない。
「花火の撮影は俺がやってやるって言ってるんだ」
「え?」
「だ~か~ら~」
飽きられたような顔をする祐一。
「お前はさっさと雲隠を追いかけろ」
「いいの?」
本来は僕が仕事をする時間だ。それなのに祐一に代わって貰うわけには……
「いいから、早く行け‼ これはお前の問題だ。だったら最後は司、お前が解決しなきゃいけない」
強く言われてはいるものの、祐一の顔は穏やかなままだ。僕はその顔を見てやっと決心をする。
「祐一ありがとう」
「ああ、埋め合わせはしっかりしろよ」
僕は部室から飛び出していった。
美晴がどこへ行ったか見当はついていないが逸る気持ちが抑えられなかった。
部室から出た後、僕はまた誰かに腕を掴まれた。
「待って」
腕を掴んでいたのは千里だった。
「ねえ、少しだけあたしの話聞いてくれない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます