第25話 決別

「先輩、起きてますか?」


 目を開けば、美晴の顔がすぐ目の前にあった。僕は慌てて目を覚ます。


「眠っているようでしたが、もしかしてまだ疲れが取れていないんですか?」


 どうやら、僕は美晴を待っている間に少しの間眠ってしまったらしい。


「ごめんね、何で寝てたのか僕にも分からないや」

「あんまり無理はしちゃダメですよ。この前だって倒れたばかりなのですから」

「そうだね、気をつけてみるよ」


 なんで眠ってしまったのかは分からないが、これ以上美晴に心配をかけるわけにもいかないので、元気な素振りを見せることにした。


「じゃあ、さっそくですけれど、どこに行きましょうか?」

「美晴ちゃんの行こうとしてたところでいいよ。写真撮影のこともあるし、僕は神島先輩の劇に間に合えばいいから」

「では、一年生の他の催し物を見た後で、他の三年生の劇を見てもいいでしょうか? ッ私が好きな小説の劇をしているので興味がありまして……」

「うん、僕もその劇を見たいと思ってたから、行ってみようか」


 まず美晴が向かったのは隣の教室でやっていたD組による『トランプの館』と書かれた店だった。


 ここのクラスではトランプによるマジックショーや、トランプゲームでの対決が主な催し物となっていた。


 ゲームの一つに相手のカードより、自分のカードが高いか低いかを予想する心理戦があり、美晴はそのゲームに挑んでいった。そのゲームは最大五連戦することができ、連勝数に応じて商品が豪華になるものである。


「残念だったね」

「あと少しでした……」


 美晴は商品として受け取ったシャーペンを持ち、少し悔しそうにしていた。美晴は惜しくも最後の一戦で敗れてしまった。


 僕はというと一戦目で負けているので、飴玉一つという結果で終わった。


 その店の写真も撮り終わり、僕たちは教室から次の教室へと向かった。教室を出てすぐ、僕は美晴に後ろ裾を引っ張られた。


「先輩、楽しんでますか?」

「ん? 楽しんでるけど」

「それなら、いいんですけど、なんだが先輩楽しそうには見えなかったんで……」


 もちろん、文化祭を美晴と回れていることはとても嬉しく、楽しいことには間違いない。ただ、どうしてもさっき見た夢のような光景が頭から離れることはなく、十分に楽しめてはいなかった。


 すでに、X探しは辞めたと宣言している以上、この話を誰かにすることはできない。僕一人で考えなければならないが、僕とXが初めて出会った場所は祭りだったのだろう。


 大きな手掛かりを手に入れることはできたが、それでも名前を顔だけは思い出すに至っていない。


 ここまで思い出してきているのに、せめてどちらかを思い出せばたどり着けるのに、どうしても思い出すことはできない。


 そんなことをさっきの店でずっと考えていた。だから適当に答えてゲームに負けてしまった。


 美晴は心の底から文化祭を楽しんでいないことに気づいたのだろう。でなければ、美晴がそんなことを言うわけがない。


 おかしな話だよな。X探しだって、一つの目的のためにやり始めたのに、逆にその目的がX探しのせいで優先度が低くなってしまっているのだから。


 僕は両手で顔を軽くパンと叩いた。今は文化祭中、美晴に心配をかけるわけにはいかないよな。


「ごめんね、少し考えごとしてた。でも、もう大丈夫だから、次からはちゃんと楽しむよ」

「そうですか、なら次のお店に行きましょうか」


 美晴に連れられ、僕は一年生のクラスをいくつか回った後、美晴が見たいと言っていた劇を見に行った。


 美晴が薦めただけあって、作品の内容はとても面白いものだった。


「面白かったです。先輩付き合ってくださってありがとうございました」

「ううん、こちらこそ。とても面白かったから、誘ってもらえて良かったよ」


 この劇の時間は神島先輩の劇の三十分前に終わるので、当初は行かない予定であったから、美晴に誘ってもらってよかった。おかげでこんなに面白い劇を見逃すところだった。


「あとで、この原作も読んでみようかな」

「なら、あの図書館に置いてあるので帰りにでも寄ってみたらどうですか?」

「へぇ~、知らなかった」

「結構奥の方に置いてあったので、人目に触れにくいんでしょうね」

「なるほど、それで見つからなかったのか」


 あの図書館には何年も通っているが、全部の作品を読むことはさすがにできていない。今回みたいにお互いの知らない本をお勧めできるという点も美晴と話してて楽しいと思えるところだ。


「そろそろ、先輩のクラスに行ってみようか」

「そうですね、静香先輩の劇、楽しみです」


 先輩のクラスの劇は『過去からの贈り物』というタイトルがパンフレットに掲載されていた。この劇も原作があるのかと調べたが、どこにもそれらしきものは見当たらなかった。


 そこで、先輩に聞いてみると、先輩のオリジナル作だと言われた。当然、クラスメイトを除き誰一人として内容を知らないわけであるから、本好きの生徒からは注目が高まっていた。


 そのためもあってか、リハーサルの時に僕たち文芸部を入れたくなかったらしい。


 僕たちにとってもリハーサルで内容を知るよりも、本番で内容を知りたいから願ったり叶ったりだったというわけだが。


 僕と美晴も先輩に行くことは伝えていたため、少しズルい気もするが席を確保しといてもらえ、無事席に座ることができた。


「はじまりますね、静香先輩の劇」

「うん、楽しみだね」


 上映アナウンスが入り、劇が始まる。


 先輩も役者として出ると聞いていたが、何の役かまでは本番の楽しみだと言われ、教えてくれなかった。


『わたしは、今でのあなたのことを愛しています。なのに、あなたは今どこにいらっしゃるのですか』


 この作品のヒロインといえる金髪の女性が舞台の真ん中に現れる。多くの男の目を奪うほど、とてもきれいな女性だった。金髪はさすがにカツラのようだが、それでも全く違和感がない。


「あれ、静香先輩ですよね?」


 隣に座っている美晴から耳元に小さな声で言われる。


「まさか……本当だ」


 普段部活で見せている姿とは全く違う先輩に僕は驚きを隠せなかった。あそこまで人間って変身できるのか。


 これでまた先輩のファンがますます増えそうだ。それぐらいには他の演技者と比べ異才を放っている。


 僕も先輩の演技にどんどん引き込まれていく。


『タイムカプセル、これが……あなたがわたしに残してくれた最後の手紙……』


 気づけば物語も終盤に入っていた。


 最後まで先輩は完璧な演技をしたまま劇は終わりを迎えた。


『パチパチパチパチ』


 と、大きな拍手が先輩たちに贈られる。僕たちも負けじと大きな拍手を贈った。


「静香先輩の劇……凄かったですね」


 教室から出た後もしばらく余韻に浸っていたが、美晴が劇の感想をポロっとつぶやいた。


「うん、演技もすごかったし、内容もすごく良かった」


 先輩が演じていたものとは今でも信じられないものには完璧なものだったと思う。


 普段からあの感じでいれば、周りからやばいやつ認定されないのに。ひょっとしたら、才能が有りすぎて、周りから過度の期待があったのかもしれないな。それなら、普段の態度も息抜きだと思えば納得がいく。


「今日はとても楽しかったです。先輩と一緒に回れてよかったです」


 まもなく文化祭も終了する。この楽しい時間もあと後夜祭を残すのみとなった。


「こっちこそ、美晴ちゃんと回れてよかったよ」


 この時間がもっと続けばいい、そう思うほど楽しい時間を過ごせていた。


「じゃあ、先輩また来週部活で」

「うん」

「さよなら」


 何故かその言葉が重く感じた。普段誰にでもいうような言葉であるのにこの時だけは違う意味の言葉に聞こえてしまった。


 何かを覚悟したような、決別を表したような感じにも聞こえる。それだけでなく、美晴が見せた後姿は寂しそうにも見えた。


 何故、美晴がそういったのか僕には分からない。ただ、僕はその背中が見えなくなった後、その場から立ち去る以外にはできなかった。

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