第23話 一年G組

 文化祭二日目が始まった。


 後夜祭は文化祭が終わった後に行われる。昨日よりも早めにお役さんが帰り、その後少しの片付け時間がとられた後、後夜祭が始まる。


 タイムスケージュールとしては、十七時に文化祭が終わり、十八時から後夜祭が始まる。そこから、吹奏楽部を始めとした部活動によるものだけでなく、個人やグループでの催し物が行われる。そして、十九時を目安に花火が打ち上げられる予定だ。


 文芸部の動きとしては、後夜祭の写真を撮りつつ、花火が打ち上がる十分前には持ち場に付くことに決まっている。


 僕は後夜祭の写真を撮る担当であるが、花火の時はどうするかまだ決めていない。


 そのまま、僕と千里が撮ってもいいし、他のメンバーが撮っても問題はない。つまり、まだ決めていないということだ。


 花火は今年初めて行われるため、流れを聞いていても当日はどうなるか分からないため、後夜祭中に決めることにしていた。


 さてと、今日の流れを確認するのはここまでにして、僕も自分の仕事に入るとしよう。僕は喫茶店の名前の入った看板を手に持ち、校舎を回ることにした。


 宣伝のやることとしては、声を出して店の紹介をしたり、喫茶店の場所を教えたりするぐらいで、昨日の接客と比べると大した労力ではないように感じる。


 適宜休憩を取りながらも、僕は何十人ものお客さんに声を掛けていき、気が付けば交代まで三十分を切っていた。


 このまま教室に戻るのも一つの選択だ。教室前で宣伝をすることも良いと言われているので、時間ピッタリに交代することができる。


 ただ、僕には違う選択が浮かんだ。よし、一年G組に行こう。


 何故そこに行こうと考えたかは、一時間前に会った千里が発した言葉にある。


『司、今美晴ちゃんのクラス行ってきたんだけど、浴衣姿とても似合ってたよ』


 そんなことを聞けば行きたいと思ってしまうのは仕方のないことだ。美晴の仕事時間は僕と同じであるため、この時間を逃せば美晴の浴衣姿を見ることはできない。


 ならば、行くしかないだろう。幸い宣伝で他クラスへ行くことも許可されているからな。


 僕は教室に向かおうとしていた足を百八十度回転させて美晴のクラスへ向かうことにした。


 美晴のクラス、一年G組は縁日をやっている。美晴が浴衣を着ていたと言うのは、雰囲気を合わせるためのものらしい。


 祭りの雰囲気を出すために教室の電気を消し、提灯のようなもので辺りが照らされていた。


「いらっしゃいませ、二名様ですね。教室の中は薄暗くなっているので足元に気をつけてくださいね」


 教室前につけば、聞き慣れた声が聞こえる。美晴の声だ。


 ほんとに浴衣を着ている……


 普段見ないような美晴の姿に一瞬見惚れてしまう。美晴の浴衣姿に目を取られている間に、並んでいると勘違いされたらしく、受付へとスタッフに誘導されてしまった。


「いらっしゃいませ、一名……えっ、先輩?」

「……こんにちは、美晴ちゃん」


 美晴の浴衣姿を見るだけのつもりが顔まで合わせてしまうことになるとは……


「なんで……来ちゃったんですか?」


 喜び、怒り、哀しみのどれもが入れ混じったような顔をする美晴。僕は美晴に受け入れられていなかったのか……。いつも部活で愛想を良くしているのは演技だったのか……


「ごめんね、来ちゃって。もう帰るよ」


 受け入れられていないのに、ここに残る勇気は僕にはない。その場から去ろうとしたとき、裾を引っ張られた。


「待ってください」

「美晴ちゃん?」

「さっきの言葉は……ただ、恥ずかしかっただけです……、先輩が来たことに嫌がってるわけじゃないです」

「本当?」

「嘘だったら引き止めてませんよ」

「良かった……。嫌われたのかと思ったよ」


 ここ最近X探しなどで迷惑かけたりしていたから嫌われるような原因はいくつもあったが、嫌われているわけではなくて良かった。


「嫌いになれたらどれほど良かったか……」

「何か言った?」


 僕には美晴が何か言ったように思えたため、聞き返そうとしたが、後ろからポンポンと肩を叩かれた。


「あの、そろそろ夫婦漫才止めてもらってもいいですか? 周りの目もあるので……」


 僕たちの肩を叩いたのは、美晴と同じく浴衣を着た少女だった。服装から察するに、美晴と同じクラスなんだろう。


「夫婦じゃない!」


 そう言い返したのは美晴だ。


「じゃあ、いちゃつくのやめて」


 ニコっとした顔でその少女は美晴に言った。たぶん、これはからかっているのだろう。紗絵香と同じような雰囲気が漂っている。


「いちゃついてもないもん」

「それ後ろ見ても言える?」

「「後ろ?」」


 少女に促されるように後ろを見れば、クスクスと僕たちのことを見て笑っている人たちがたくさんいた。


 プシューと音が出そうなぐらい顔が赤くなる美晴。僕も少し恥ずかしく思い、顔をそむけた。


「もう美晴ったら、そんなに顔を赤らめて」

「誰のせいと思ってるの?」

「自分でしょ?」

「うっ」


 いつも僕たちといる時とは違う美晴の話し方に新鮮味を感じる。


「もしかして、美晴と同じ部活の先輩ですか?」

「そうだよ。二年G組の日向司、よろしくね」

「私は夕香って言います」


 夕香は美晴と仲が良いらしい。少ししか話をしていないが、この子には壁というものがないのだろう。誰の懐にでも入れそうだ。


「先輩、そういえばこの時間は仕事中なのではないのですか?」


 手に持っていた看板を見れば仕事中だと言うのは誰にでも分かる。


「ああ、宣伝は看板持ってればどこ歩いても良いって言われてるからね」

「へぇ~、そうなんですか? でもなんでここまで? ここ四階の一番端っこですから宣伝するには非効率かと」

「それは……」


 美晴ちゃんの浴衣姿を見に来た。というのが本音なのだが、何故かそれを言うのが憚られる。正直に言うのは簡単なはずなのに、それを言うのが妙に恥ずかしいというか……


 僕が答えを出すのに渋っていると、夕香は、


「もしかして~」


 とニヤニヤし始めた。この子の口から言われるぐらいには自分の口から言った方が……そう思った時に、救世主が現れた。


「あ、司。わざわざここまで持ってきてくれたのか?」


 美晴の教室から出てきたのはクラスメイトの土部だった。


「悪いな、探すの大変だっただろ?」


 突然現れた土部に僕は「どうして、ここに?」と口から零れそうになったが、その前に土部は自分の口元に人差し指を立て、シーっとの合図を僕に送ってきた。


「お前らの話さっき聞こえてたからな。ここは俺に話を合わせろ、ごまかしたいんだろ?」


 こっちの事情を察していると言わんばかりの対応をしてくれている。助かったのだろうか。


「先輩、この方は誰ですか?」


 突然僕らの前に現れた土部に警戒心を抱く美晴。知らないやつが急に現れれば怖いよな。


「コイツは僕のクラスメイトの土部だ」

「よろしくな。司にはここまで看板を運んでもらうように頼んだんだ」

「そうなんですか?」

「うん、そうなんだ。このクラスまで来てくれってさっき連絡貰って……」


 僕は土部に言われた通り話を合わせることにした。美晴はその話を信じたようだが、夕香はというと怪しんでいる様子だ。この子は相当疑り深いんだろうな。


「じゃあ、というわけで、俺は宣伝の仕事行ってくるな」


 土部は僕が持っていた看板を取って、この場から去ろうとしていた。


「あ、ちょっと待って」


 僕は、美晴たちには聞こえないような小さな声で土部に話しかけた。


「あの、さっきはありがとう。おかげで助かったよ」

「いいさ、別に。返答に困ってるのも見えたしな」

「でも良かったの? 本当はここで看板の受け渡しをする予定もなかったし、それに交代の時間まではまだ時間があるのに……」

「別にいいさ、暇をつぶしてたところだから」


 土部とは教室にいるぐらいの時しか話さなかったため、どういった人なのかそこまで分かっていなかったが、とてもいいやつだというのが分かった。


「この埋め合わせはどこかでするね」

「それなら、マネージャーに告白するときにでも手伝ってくれよ」

「大したことはできないと思うけど、うん、約束するよ」

「ありがとな」


 お礼を言うのはこっちの方だと言うのに、土部はどこまでお人好しなんだろうか。マネージャーに振り向いてもらえたらいいなと願ってしまう。


「じゃあ、デート頑張れよ」

「違う!」


 せっかく良い奴だ、と思っていたのに……


 土部の声は美晴たちまで届いている様子だった。

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