第18話 前日準備

 明日に文化祭を控えているせいか、予想以上に学校の雰囲気はお祭りムードになりつつある。今日は一日中授業もなく、文化祭準備に当てられているため、どの生徒も気合十分だ。


 僕たちのクラスは調理を必要とするため、隣が調理室になっている教室を借りた。その向かいにある教室は着替えをするための更衣室として利用することが決まっている。


「よし、じゃあ手分けして設置準備を始めるよ。Aグループは教室の飾り付け、Bグループはテーブルの用意、Cグループは調理場の設置を予定通り頼むよ」


 文化祭実行委員の指示の元、クラスメイト達は自分の役割に取り掛かる。このグループ分けは昨日の時点で伝えられていて、僕は教室の飾り付け担当になっている。


 飾りもどの位置に飾るかはある程度決まっていたためにスムーズに取り付けが行われた。


 どのグループも問題なく準備に取りかかることができたせいか、一時間程度で準備が終わった。


「みんな、ありがとう。おかげで予定よりも早く終わることができたよ」


 準備に時間がかかるクラスもあると言うことで今日だけは特別に午後七時までは学校も居残りを許可している。時刻はまだ午前十時。一応学校の決まりで十二時までは学校にいなければならないため、かなり時間が余っている。


「じゃあ、時間もたくさん残っていることだし、お客さんと店員に分かれて一度やってみてもいいかな」


 仕事内容は確認したものの、接客の練習はクラスで練習することはなかったため、実行委員の提案を拒むものはいなかった。


「せっかく衣装も学校に置いてるんだから、着替えてやってみよう」


 接客担当のクラスメイト達が衣装を着替えるために更衣室に向かっていた。僕や祐一も接客の担当であるのでもちろん着替えに行った。


「馬子にも衣装だな、似合っているぞ、祐一」


 執事服のような店員服を着ている祐一を見て、紗絵香は笑っていた。


「褒めてないだろ、それ」

「いや、しっかり身なりを整えてればモテそうなものを、と思ってただけだ」


 いつものように紗絵香が祐一をからかっている横で僕の方も身なりを整えていた。着替えてみたが、少し動きずらさを感じてしまう。運動するように作られていないからしょうがないのだけれども。


「いいじゃん、司似合ってるよ」

「ありがとう千里、変なところない?」


 おかしなところがないか千里に最終チェックをしてもらった。千里の反応を見るに問題はなさそうに思える。


「いいな~、あたしも着たかったな」

「しょうがないよ、千里は調理担当なんだから」


 調理担当の千里は接客を担当することがないので、エプロン姿だ。本人は衣装を着てみたかったらしく、頬を膨らませている。


「なら、私と変わってくれよ」


 紗絵香は衣装を着たくない様子で、手に衣装を持って遠い目をしている。


「こういう服は私には似合わねえよ」


 紗絵香が持つ女子たちの衣装はふりふりのスカートで胸元には大きなリボンがあるものだった。


「代わってあげたいけど紗絵香、調理出来ないじゃない?」

「そうなんだが、さすがにこれを着るのは……」


 紗絵香の料理はギリギリ人が食べられるような出来だ。紗絵香の料理の味を知っている僕たちからすれば、紗絵香を調理場に立たすことはできない。


「俺たちも着たんだ、早く紗絵香も着ろよ」

「ぐぬぬ……」


 紗絵香も観念したらしく、衣装を持って着替えに行った。


 五分ほど経って、紗絵香は教室に戻ってきた。


「はやく、中に入れよ」


 見せたくないのか、紗絵香は教室のドアに隠れて中に入ってこようとはしなかった。


「紗絵ちゃん、早くしないと他のクラスの人に見られちゃうよ」


 どんな衣装を僕たちのクラスが着ているのかは、他のクラスには内緒にして、当日の楽しみにしたいと、実行委員は言っていた。なので、廊下にいつまでもいると他の生徒に見つかってしまうリスクもあるため避けたい。


 西館であるこの階には他に出店しているクラスはいないため、僕たちのクラスに近づいてくることはないと思うが、念のためだ。


「でもな……」


 店員姿が恥ずかしい紗絵香はやっぱり脱いでくるっと言って、どこかへ行こうとしたが、しびれを切らした千里によって教室に連れ込まれた。


「似合ってるよ、紗絵ちゃん。恥ずかしがることなんてないのに。だよね司」

「うん、僕も似合ってると思うよ」

「恥ずい……」


 こんな風に恥ずかしがる紗絵香を今まで見たことはない。顔を手で隠しているが、顔が赤くなっているのまで隠せていなかった。


「紗絵香こっちを向いてみろ」

「なんだ?」


 紗絵香が祐一の王を振り向くのと同時に『パシャ』という音がなった。祐一の手を見れば、デジカメが構えられていた。


「どこから出したんだ、そのデジカメは」

「文化祭の撮影用のやつだよ。先生から頼まれてるやつ」


 そういえば、今日も撮影対象日なんだっけ、準備が始まる前に先生から受け取っていたのか。


「なんで撮ったんだ」

「似合ってるぞ、紗絵香……プッ」


 見慣れない格好に思わず、笑ってしまった祐一。その瞬間紗絵香の顔が先程よりも赤くなった。


 祐一はいつも紗絵香にからかわれているからな、その仕返しのつもりでやったのだろう。


「祐一、お前な~」

「うわ、まず」

「返せ、そのデジカメ!」


 紗絵香が襲い掛かってくると瞬時に判断した祐一は素早く逃げて行った。それを追いかけるように紗絵香も教室を出て行った。


「あ~あ、出て行っちゃった」


 その場に残された千里が呆れたように呟いた。どうすんだ、これ……


「あのバカップル、教室から出るなって言ったのに」


 他クラスの生徒には秘密だと言うのに、教室から出て行った二人に、実行委員はお怒りである。その後二人を追いかけるように実行委員も教室から飛び出していった。


「あ~あ、もう知~らない」


 その後、すぐ実行委員に捕まった二人はしばらくの間怒られていた。幸いなことに誰にも見つからなかったようで、なんとか衣装のお披露目は守られた。


     *


「ったく、午前中は、祐一のせいでひどい目に遭った」

「お前も共犯だろ」


 接客の練習も問題なく終わり、明日に向けて各自解散となった。僕たちはというと、部室で昼食を取りがてら休んでいた。


 紗絵香の店員姿の写真はというと、実行委員に捕まった後、デジカメを取り上げ、データを消去したらしい。


 祐一はその写真に未練というものはないらしく、ただ単に紗絵香をからかえただけで満足したらしい。


 準備が終わった後も部室にこうして残っているのは、これから大きな仕事があるからだ。


「そろそろ、写真でも撮りに行かない?」


  顧問の先生から頼まれた仕事、カメラ撮影を今日の文化祭準備でも撮らなければならない。僕たちのクラスは午前中に何枚かとることができたので、これから他クラスの準備風景を撮りに行く。


「そうだな、俺たちのクラスみたいに早く準備が終わるクラスもあるかもしれないしな」


 特に今日中に撮らなければならないのは三年のA、B、D,Fの四クラスだ。このクラスは劇をやることが決まっている。


 当日の本番に写真も撮ることはできることにはできるが、それでもフラッシュとかがあるため、堂々と撮ることは難しい。


 なので、今日練習風景を撮りたいと考えていた。この四クラスの文化祭実行委員にはすでに写真撮影をしに行くことは伝えていた。


 ただ、僕たちはDクラスには向かうことはない。なぜなら、神島先輩がDクラスであるからだ。カメラ当番のことを伝えると、なら私の方で取っておくと言われたので任せることにした。


 先輩はどうやら僕たち文芸部には写真撮影といえど、練習を見ないでほしいらしい。せっかくなら本気で取り組んだ本番の方を見に来てほしいと言っていた。


 演劇スケジュールを教えてもらったが、先輩が演技をするのは二日目の午後の予定らしく、ちょうどその時間に仕事に入っていない僕は先輩の劇を見に行くことを約束している。


「じゃあ、予定通り3年生のクラスから順番に回っていこう」


 カメラ撮影の仕事をこなすために僕たちは順番にクラスを回って行った。



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 このお話も折り返しまで来ました。最後まで楽しんで読んでいただけていれば光栄です。

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