第16話 X探しに拘る理由

 目を覚ました時、僕は病院のベットの上にいた。脳に異常がないか調べるということで今日は検査入院だと告げられた。


 母親も後からやってきて、何故倒れたのか聞かれたため、X探しのことは伏せて、事故のことを思い出したことだけを告げた。


 まだ頭の中から事故の映像が消えない。いや、一生消えることはないのかもしれない。そして僕は母親から事故のことを詳しく教えてもらうことにした。


 母親の話では、事故のあったあの日、僕は一人でバスに乗ってどこかへ行こうとしていたらしい。その時、そのバスに車が突っ込んできて、転倒してしまったらしい。


 不幸中の幸いと言うべきか、この事故による死者は出なかったらしい。ただ、バスの悲惨な状況を見たせいか、僕は記憶を失ったとのことだ。


 誰も亡くなっていないと聞き、安堵した。そのおかげか、少し気分も落ち着いた。記憶喪失になったのだからもっと悲惨な状況を想像していただけに、死者が出なかったというのは僕にとっても救いである。


 無事検査も終わり、一息をついたところで、美晴と祐一には悪いことをしたと後悔をした。今は二人とも帰っているが、祐一の話では僕が倒れたことで美晴がひどく取り乱したらしい。


 祐一が美晴を落ち着かせてくれたらしく、僕が目を覚ますよりも前に家に帰ったみたいだ。


 美晴は自分のせいだと責めていたらしかったが、祐一の言う通り、美晴のせいではない。事故のことを思い出しても良いと思っていたから、X探しに踏み込めていたのだから。


 ただ、美晴の前で倒れるのはまずかったな、明日にでも会ったら謝っておこう。


『コンコン』と病室のドアがノックされる。母親がドアを開けば、紗絵香の姿があった。


「目を覚ましたようで良かった」

「紗絵香ちゃん、心配してくれてありがとうね」


 紗絵香の姿を見て母親が嬉しそうにする。最近家で遊ぶことが無くなってきたから、久しぶりに会えて嬉しいのだろう。


「司と二人で話してもいいですか?」

「ええ、構わないわよ」


 母親は買い物に行ってくると言って病室から出て行った。


「大変だったみたいだな」

「ごめんね、心配かけて」

「ほんとだぞ、まったく……千里も凄く心配してたんだからな。後で電話でもしてやってくれ」


 紗絵香の話では千里も病院に来ようとしていたみたいだが、取り乱すのが目に見えていたらしく、今日のところはおとなしく、待機を紗絵香から命じられたらしい。


「話は変わるが、記憶はすべて取り戻したのか?」


 僕は首を横に振った。事故の記憶は取り戻したものの、肝心なXの記憶は取り戻すには至っていない。


「実はな……司に黙っていたことがあるんだ?」

「黙っていたこと?」


 紗絵香は申し訳なさそうに言うが、僕にはなんのことだか思いつかない。


「事故の前日にな、私はお前と会っていて、どこに行くのか聞いていたんだ」

「え、そうなの? でもそんな話僕は聞いてないけど」

「司のお母さんから口止めされていたんだ。事故に関わることは一切司に教えないでくれって」


 それで、今まで紗絵香は黙っていたというわけか。


「それで僕はどこに行こうとしてたんだ?」

「詳しい場所までは聞いていないが、司は私にこう言ったんだ。『引っ越していなくなっちゃった子に会った来る』ってな」

「引っ越し?」

「ああ、そうだ。何か思い出さないか?」


 そう言われても……あっ。


――――――――――


 桜の花が咲き始めるころ、僕は女の子に呼び出された。


「お父さんの都合で、来週引っ越すことになったんだ」


 伝えたいことがあるといって呼び出されたが、それは思いもよらないことだった。


「せっかく、司君と仲良くなれたのに……」


 女の子から寂しそうな声が聞こえる。涙を見せたくないのか、後ろを向いている。だが、寂しがっていることは彼女の背中から伝わってくる。


 もう会えなくなる、そう思った僕は、なんとか引き止めたいと思ったが、そんなのは無理に決まっている。もうすぐ中学生になる自分程度に何ができると言うのだ。


「だからね、今日はお別れを言いに来たんだ」


 今まで何回も聞いてきた『じゃあね』という言葉が重く感じる。このまま行かせてしまったら二度と会えないような気がした。


 そう思った僕の口からふと言葉が漏れた。


「高校生になったらデートをしよう」

「へ?」


 僕の言葉に女の子は変な声を出した。


「高校生になったら今よりも自由にどこか出かけられるようになるでしょ? だから、高校生になったらまた会おう」

「本気で言ってるの?」

「うん」


 すると、女の子はフフフっと笑った。あまりにも真剣な顔で言う僕がおかしかったのだろう。


「じゃあ、約束。私たちが高校生になったらこの場所で会おうね」


――――――――――


「約束してたんだ……」


 僕はなんてことをしてしまったのだろうか。僕はもう高校2年生。とっくに高校生になってしまっている。約束を破ってしまったんだ。


「何か思い出したのか?」

「自分が最低の野郎だっていうことに思い出した」

「いや、どういうことだ?」


 紗絵香は突然の自虐に驚いていた。


「約束してたんだ。お互い高校生になったら会おうって」

「あ~それで自分は最低だと」

「だってそうでしょ、約束を一年以上も破ってるんだから」

「えっ、一年?」


 一瞬、紗絵香は『一年』という言葉に驚いたような反応を見せた。


「うん、僕はもう高校二年生だからね」

「あ~、そういうことか」

「それ以外にないでしょ?」

「……まあ、そうだな」


 何か隠しているように感じるが、紗絵香はこちらに隙を与えないようにすぐに次の質問をしてくる。


「女の子のことはまだ思い出せていないんだな」

「うん、どういうわけか、顔がどうしても思い出せない」


 顔を思い出せればすぐに見つけられるというのに、他のことはだんだんと思い出せているのに。


「司、私ずっと聞きたかったことがあるんだが?」

「何を?」

「なんで、司はXをそこまでして探したがるんだ?」

「だから、約束を」

「いや、それは今思い出したことだろ。私が言いたいのは、どうして約束のことを覚えていないのにそこまでして探したいと思ったのか聞いてるんだ」


 僕にとって一番困る質問が来た。僕はここまで本音を隠し通していたからだ。協力してもらっておいて、隠してちゃいけないようなことを。


「手がかりが少ない中で何年も前のことにこだわるのか知りたかったんだ」


 手掛かりは確かに少なかった。僕だって見つけるのは無理だろうなと思っていたぐらいだったから。


「それなのに、司は必死に見つけようとしていた、事故のことを思い出す覚悟で」


 事故を思い出したことでこうして倒れてしまっている。紗絵香の言いたいことは凄く分かる。


「お前をここまえ動かした原動力は何だったんだ?」

「原動力か……」

「ああ、お前にはどうしてもX探しの他に目的があるように感じてしまったんだ」


 見事というものか、付き合いが長いだけあってこちらの心は見透かされてしまっているようだ。


「司、お前今誰か好きな人がいるんじゃないのか?」


 核心のつく言葉が紗絵香から発せられた。


「バレた?」

「ああ、誰とまでは分からないがな」


 他のみんなは分かっていないのに、ここまで見抜くのは大したやつだと思う。普段は何も気づいていないようなふりをしているが、実は僕たちの仲で一番洞察力が凄い。


「だけど、僕が誰を好きなのかは聞いてこないんだね」

「そこまでズケズケと聞くつもりはないからな。ただ私は司がXを探したい理由を知りたかっただけだからな」


 ここで紗絵香に教えてくれと言われても僕は答えてはいなかったとは思うが。


「僕がX探そうとした理由を聞きたい?」

「聞かせてもらうえるならな」


 ここまで分かってしまっているのなら話してもいいだろう。どっちにしろ、当初の計画を進めることはできないのだからな。


「元々僕は文化祭で告白するつもりだったんだ」

「お前がか……」

「うるさい」


 うちの学校では後夜祭も行われるため、後夜祭終了間際に呼び出して告白するつもりだった。その時間ならば、後夜祭に参加しない人はとっくに帰っているだろうし、参加している人は最後まで残るのがほとんどだろう。


 であるならば、周りの目を気にせず、告白がしやすい環境を作れるのだろうと考えていた。


 だけど、その計画は、一枚の手紙によって崩されてしまった。


「でもさ、僕は昔、誰かを好きになっていることを知ってしまった。しかも、その子は僕のことを待っているかもしれない。そんな状況で告白なんかできると思う?」


 これが僕がXを探そうと思った理由。好きな人に告白する前にXの件を片付けておきたかったんだ。


「まあ、気になって無理だよな」

「そう、記憶がないとはいえ、一度告白をしちゃってるんだ。それで今自分は他の人を好きだからって無視していい問題じゃないんだ」

「それでXを探そうと」


 僕は黙って頷いた。紗絵香もだんだんとこちらの嗜好を読んできたみたいだ。


「最初はXを見つけたら謝るだけのつもりだった。だけど、X探しを続けていくうちに、Xと僕はかなり親密な関係だっていうことも分かってきた」

「デートの約束までしちゃってたもんな」

「そう、だから僕はちゃんとけじめをつけないといけないんだ」


 今は他に好きな人がいるからと、簡単に済ませられる問題じゃなくなってしまっている。


「じゃあ聞くが、司、Xの正体が分かったらその子と付き合うのか?」

「ううん、それは分からない。少なくとも僕に今Xに対して恋愛感情を持っていないからな」

「あくまでも見つけるだけってことか」

「うん、Xを見つけた後に考えていくつもり」

「文化祭で告白するっていうのはどうするんだ?」

「できないよね。Xのことを考えてもそうだし、好きな子に対しても申し訳ないからね」


 Xのことも解決できていないのに、好きな子に告白すると言うのは全く意味の分からないことだろう。それはX探しに付き合ってもらった祐一たちにも悪い。


「最後に一つ聞く、お前が定めたボーダーを過ぎた後はどうするんだ? 今日明日は病院に拘束されるだろうし、もう動ける期間はないだろ?」

「それはもう決めてあるよ。みんなにはX探しを諦めたふりをする。だけど、その後も僕は一人でXを探すつもりだよ」

「私は聞いてしまっているがな」


 内緒にすると言いつつも、ここですでに一人聞いてしまっているからな。


「そこは内緒で頼むよ」

「貸し一な」

「手厳しいやつだ」

「フフッ、冗談だ。ただ、X探しはそう長くは続かないだろうと言うことは伝えておく」


 意味深にそんなセリフを放つ紗絵香。


「それは僕が諦めちゃうことを言っているの?」

「そこまでは言えないな。ただ、どんな結末になるかはすべて司次第だとは伝えておく」


 紗絵香が何を言っているかはよく分からなかったが、とりあえず、結末は僕次第で変わるらしい。僕としてはX探しを諦めるつもりはないのだけれど。


 それとも紗絵香にはもう結末が見えているのだろうか。


「司が元気そうにしているのは分かったし、私はもう帰るな」

「うん、今日はありがとう」


 僕は紗絵香が病室から出ていくのを見送った。


「ありがとうね、紗絵香」


 紗絵香には聞こえていないだろうが、僕は感謝の言葉をつぶやいた。

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