第15話 雲隠美晴

「大丈夫か! しっかりしろ司‼」


 倒れた司の元に駆け寄るが、応答がない。騒ぎに気付いた店員がこちらに駆け寄ってくる。


『大丈夫ですか? 医務室がありますので、まずはそこに運びましょうか?』

「はい、お願いします」


 数人の大人たちがやってきて、司を慎重に運んでいく。俺たちも医務室の前まで店員について行った。


「とりあえず、様子を見てみます。病院の方にも電話はしているのでご心配なく。あなたたちは落ち着くまでそこにいてください」


 そう指示を受けた俺は冷静になったあと、紗絵香に一本の電話を入れた。状況の説明を終えた後、俺は雲隠の方を見た。


 すると、雲隠は頭を抱え震えていて、顔も青ざめていた。


「私のせいだ、私がゲームセンターに行こうなんて言わなければ、ここまで上手くいってたのに……」

「落ち着け」


 俺は雲隠の肩を押さえ、声を掛ける。


「でも、司先輩が……」

「大丈夫だ! まずは雲隠が落ち着け」


 俺の呼びかけにも反応せず、雲隠は自分を攻め続けていた。


「しっかりしろ‼」


 俺の怒声に驚いた様子で美晴はこちらをやっと見た。


「こうなったのは、雲隠のせいじゃねぇ」

「でも、私がゲームセンターに行こうって言わなければ、バスの事故を思い出すことはなかったんです」

「雲隠も司の事故のことは知っていたのか?」

「はい、司先輩と話していて、過去の記憶があやふやだったので、紗絵香先輩に聞いたら教えてくれました」


 X探しをしようと決めた時、雲隠が一切司の記憶喪失のことに触れなかったのはそういうわけだったのか。


「だから、私が司先輩の辛い記憶を思い出させてしまったんです」

「違う」

「何が違うんですか?」


 両目に涙を浮かべながらこちらに強い敵意を向ける雲隠。感情のコントロールができていないのがすぐに分かった。


「X探しをすると決めた時点で、こうなることも視野に入れていたはずだ。だから、雲隠のせいではないんだ」


 司は千里にも宣言していたさ、記憶を取り戻しても構わないと。


「でも、事故を思い出さないで済んだ方法もあったはずです」

「確かにその可能性もあったかもしれない。だけどな、俺はそうは思わない」

「なぜですか?」

「バスの事故とXとは何か関係があったんじゃないかって思っているんだ」

「……何故そう思うんですか?」

「記憶喪失を起こすのは自己防衛のためだって言われているだろう?」

「はい、そんなことを聞いたことがあります」

「なら、なんで司は事故に遭った後、事故の記憶だけじゃなく、Xのことまで忘れたんだ?」

「……」

「俺が思うにバスの事故とXは何か関係があったと思っているんだ」

「……」

「じゃなきゃ、事故の記憶を忘れるのに、楽しかったはずのXとの思い出まで忘れるはずがない」

「つまり、Xのことを思い出すには事故の記憶も取り戻してしまうことになるってことですか?」

「そうだ、X探しをすると司が決めた以上こうなることは予想の範囲内だったはずだ。だから、雲隠のせいではない」

「でも、あくまでそれは星川先輩の予想ですよね」

「ああ、そうだ。予想だが、確信もしている」


 あくまで俺が考えた予測でしかないが、こう考えれば司がXの記憶を無くした理由にも合致がいく。


 俺の話を聞いて、少しは落ち着きを取り戻したようで、


「今日のところは帰ります……」


 と、小さな声でつぶやいた。


「後のことは俺に任せろ、とりあえず、ゆっくり休むんだな」


 雲隠はトボトボと歩いて出て行った。目の前で知り合いが倒れればあんな風に取り

乱しても不思議ではない。俺だって、雲隠がいなければ落ち着けていなかったかもしれない。


「それにしても雲隠ってあんなに感情を表に出すこともあるんだな」


 俺はいつも大人しそうにしていて何を考えているか分からない子だと思っていた。


 部活に入ってきた頃も、顔は笑っているものの心の中では笑っていないように思えた。人付き合いを恐れているようで、俺に話してくることなんてほとんどなかった。


 雲隠の顔に笑顔をもたらしたのは司だった。ある時、司から図書館で雲隠と話したということを聞いた。すると、次の日から楽しそうにしている雲隠の姿が部室にあった。


 太陽を雲が隠しているかのように雲隠も自分の笑顔を隠していたみたいだ。何故そこまでして自分の感情を隠したかったのは今でも分からない。


 俺は一つ後悔をしている。それは、ラブレターの話を雲隠に聞かれてしまったことだ。


 できることならば、俺はX探しを司と二人きりでやりたかった。そうすれば、ラブレターの話を雲隠にも千里にも紗絵香にも聞かれることはなかったのだから。


 俺はXが見つからなくていいとさえ思っている。司には聞かせられないが、Xを見つけたことで、他の奴らが不幸を見る。


 でも、親友の頼みだから無下にはできない。それに真剣に頼ってきたからこそ、見つけてやりたいとも思ってしまう。


 自分でも優柔不断だと思ってしまう。俺には正解が分からない。Xを見つける方が良いのか、悪いのか。


「司、お前はどうするつもりなんだ、Xを見つけて」


 Xと付き合うのか? そんなことをすれば、他の三人が何を思うか。全員感情を表には出していないが、俺には分かる。みんな司に好意を向けていることに。


 俺は怖い。幼馴染の関係が壊れてしまうことが。雲隠がまた笑わなくなってしまうんじゃないかって。


 でも、俺からは司に何か言うことはできない。この物語の結末を決めるのは司、お前だからだ。


 俺は途中までしか手伝えない、最後はお前で決めてくれ。

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