第12話 思い出の場所
図書館についた僕たちは図書館の中を散策していた。今までの場所とは違い、騒ぐことができない場所であるので僕たちは静かに散策した。
僕にとってこの場所はこの町で一番好きなところだ。家や学校にもない、色んな本が置いてあるのだから、本好きにはたまらない場所だ。美晴も来てくれたら良かったのに……。
図書館の中をグルグルと周ってみるが、面白そうな本が目に入るぐらいで何かを思い出しそうにはなかった。
僕はこの場所でXと会っていたのだろうか。頭を悩ませるが、やはり思い出せそうにない。
今までも何か思い出すときにはいつもきっかけがあった。小学校の時は『谷口先生に会ったこと』、川遊びの時は『川に落ちたこと』。
ここでも、その当時と同じような出来事があればいいのだが、そう簡単に見つけられそうにない。
フラフラと歩いていると、僕の視界には一つのテーブルが映った。そこは、窓から近く、夕方になると夕日が差し込む場所。本棚から離れているため、あまり人気はない。
「そっか……、ここからだっけ」
五か月前のことだが、最近のことのようにも懐かしいことのようにも感じてしまう。
この場所は、入部してきた美晴と高校以外で初めて出会った場所。美晴と仲が縮まった場所だ。
――――――――――
美晴が文芸部に入部してから、僕はある悩みを抱えていた。その悩みとは文芸部の新入部員が美晴一人しかいなかったことにある。
僕は祐一たちと一緒に入部をしたが、部活で同じ学年の子がいないというのは寂しいことだと思う。先輩も一人はさみしいと言っていたから。
だから、僕たちが仲良くできればいいんだけど、年下の女の子とどう接していいのかが分からない。千里や紗絵香と同じような距離感で行ってはダメなような気がしたからだ。あの雰囲気は幼馴染だからなせることであって、他の子にはできないだろう。
先輩は最初からフレンドリーだったので、距離を縮めるのは早い方だった。先輩にとっては普通通りなのかもしれないけれど、後輩の僕からすると、フレンドリーに来てくれるのは正直ありがたかった。話しやすい雰囲気を出してくれたことで打ち解けるのは容易なことだった。
美晴が本好きというのは部活の様子を見ていれば分かった。だけど、僕たちと距離を置いているように感じた。
そりゃあ、先輩と後輩の関係なんだし、距離を置くのは別におかしくはないことなんだけれども、僕としては同じ部員として仲良くしたかった。
美晴も時々僕のことを遠めから見たりしていたから、仲良くしたいつもりはあるんだろうけど、どうすれば良いのか分からなかった。
美晴が入部してから一週間が経ったある日のこと、僕は近くの図書館に訪れていた。部室にもたくさん本はあるのだが、それでも新しい本とかになると部室や高校の図書室では置いていない。
そういうわけで、僕は週に一度、図書館にこうしてやってきている。それに図書館にはお気に入りの場所があった。他の人からは人気がないせいか、そこには人があまり来ないのでのんびりして読みたいときには最適な場所である。
僕は最近入荷されたばかりの本を手に取り、その場所に向かった。早く読みたい、そんな心持ちをしながら、歩いていると、普段は人がいないはずの場所にすでに人影があった。
(なんだ、今日は誰か来ているのか……)
せっかくの穴場だというのに、独り占め出来なくなったことに悲しさを感じながら、僕は椅子を引いて座った。
しばらくは自分の本に集中していたのだが、誰かが読んでいる本というのはとても気になってしまうものである。
この場所を選んで座っている人は何を読んでいるのか気になった僕は、ちらっと本のタイトルを見てみることにした。
その人が読んでいた本も、これもまた最近入荷されたばかりの本であり、すでに本好きの間では評判の高いものであった。
この人も本を読むのが好きなんだなと思い、ついその人の顔を見てみると、見覚えのある顔だった。
「……雲隠さん?」
「あ、つ……日向先輩、こんにちは」
目の前にいた女の子は美晴であった。あまりの驚きに僕は思わず声を掛けてしまった。
「どうして、ここに?」
僕がそんな風に尋ねると、美晴は本を大事そうに抱えて笑って答えた。
「ここには私が読んだことのない本がたくさんありますからね」
「へ~、雲隠さん、もうこの図書館について詳しくなったの?」
美晴は嵐吹高校に外部入学で入ってきた子だ。最近この町に引っ越してきたらしく、それで近場に会った僕たちと同じ高校に通ったらしい。
「いいえ、この図書館については元々知っていましたよ」
「そうなの?」
「はい、私小学生の頃はこの町で住んでいましたから」
そうであるならば、この図書館について知っていてもおかしくはない。この図書館は僕が生まれるよりも前からこの場所にあるからだ。
「そうだったんだね、じゃあ昔から本を読むのが好きだったんだね」
「……」
何かまずいことを言ったのだろうか。美晴はどこか寂しそうな、そんな目をしていた。
「……いえ、小さい頃は本を読むのはあまり好きではありませんでした」
少しの沈黙の後、美晴は口を開いた。
「そうなの? 今の雲隠さんからは信じられないな」
「元々は字を読むことが苦手だったんですよね」
本を読むのが嫌いな人が良く言うセリフだ。千里はそんな理由で本を読まなかったし。
「だから国語の点数も低かったです。それで先生とかからは、本を読め、本を読めとばかり言われてしまって、余計に読む気が失せてしまったんですよね」
あるあるだよな。よく子供が親から勉強しなさい、片付けをしなさいとばかり言われると、余計にやる気を削いでしまうのと同じだ。本を読むことが苦手な子に読みなさいと言うのは逆効果だ。
「それなら、どうして今は本好きに?」
昔は本を読むのが好きでなかったなら、今は何故こんなにも本を好きでいるのか気になってしまう。
「……私がこの町にいた頃、一人の友人がいたんです。私はその子と同じ趣味が欲しくて本を読み始めたんです。そしたら不思議なことに自然と本を読めるようになったんですよね」
ネガティブな感情からとポジティブな感情から取り組むのではだいぶ印象が変わるものだ。美晴の場合、その子と話したいそんな気持ちがあったからこそ、苦手意識を無くしたのかもしれない。
「そっか、良かったね。本を好きになれて」
「はい、おかげで今ではとても楽しく過ごせています」
これが、雲隠が本を好きになった所以か。本が苦手な子を本好きにしたその子に会ってみたいなと思ってしまう。もしかしたら、僕と趣味が合うかもしれない。
「そういえば、その人とはもう会えたの?」
「……」
美晴の顔が暗くなるのが分かった。
「会えていないというのが正しいでしょうか、私の知っている人はもういませんでした」
辛いことを聞いてしまったと僕はひどく後悔をした。早く距離を縮めたいと思っていた後輩が目の前にいるからと、ぐいぐいと思い出話に足を踏み入れてしまった。
「先輩がそんな顔をすることはないですよ」
「ごめんね、雲隠さんが辛そうに話しているように見えたから」
「私は別に気にしていませんから、あれは良い思い出だったと割り切っているんですから。だから、そんな顔をしないでください」
そうはいっても、そんなに過去というのは割り切れるものなのだろうか。
「その人に会えてはいませんが、でもその人のおかげで私は今こうして楽しく過ごせているんですから、感謝しているんですよ。会えなくなっても私の中でその人は生き続けているんですから」
「そっか……」
心配してくれる必要はないとも感じ取れる目だった。この子は本当に強い子だと感じてしまうほどに。
「だから先輩、これからも仲良くしていただけますか」
「それはもちろん」
僕としても仲良くしていきたいと思っていたのだから、雲隠からそう言ってくれるのは嬉しい。
「じゃあ、ひとつわがままを言っていいですか?」
「いいけど?」
「私のこと苗字ではなく、名前で呼んでもらえますか?」
「別にそのぐらい、雲隠さんがいいなら別に構わないよ。わがままなんかじゃないしと思うけど」
「じゃあ、美晴でお願いします。でしたら、わがままは別の機会に残しておきますね」
「分かった、じゃあ美晴ちゃんよろしくね。それと僕のことも司でいいよ」
「では司先輩、またよろしくお願いしますね」
僕はこの日、目標にしていた美晴と距離を縮められるようになった。
――――――――――
「どうだ、何か思い出せたか?」
図書館の入り口に集まった僕は首を横に振った。ここは外れだったか。
「そうか」
明日のゲーセンに賭けるしかないのかもしれない。そもそも、手掛かりを見つける手段が少なすぎるというのは問題だ。
きっかけがないと思い出せないわけだから、手掛かりを見つけようにも足を運ばないといけない。
手掛かりぐらい残していてほしかった。日記帳とか、文字で残っているものがあればすぐに解決するのに、そういったものは家から何一つ見つからなかった。どこかに転がってたり埋められてたりしていないもんか。
「何も思い出せないなら、ここにもういる必要はないだろう」
「そうだね、帰ろっか」
図書館を出る直前に一枚のポスターが目に入った。内容は『今年もやります、髪ゴム制作』と書かれたものだった。髪ゴム制作に興味はないのだが、何故かその髪ゴムには覚えがあるような気がした。
髪ゴムなんて持ってもいないのに、変な話だな。
僕はそのポスターに違和感を感じつつも、帰路についた。
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