第10話 クラスでの一時

 河川敷に行った翌日、僕たちのクラスではHRに文化祭について話し合いが行われていた。


「当日の動きは今配った通りだから、各自で確認よろしく」


 配られたプリントには当日の仕事分担表が載っていた。料理ができる生徒は家庭科室の調理場を借りて料理をする。残った生徒たちは、接客や呼び込みの担当になる。


 僕、祐一、紗絵香の料理が出来ない組は後者の仕事を担当し、唯一料理ができる千里だけが料理担当になっていた。


 僕の役割としては文化祭一日目の午後に接客、二日目は午前に呼び込み担当に決まる。二部制であるので自由な時間は少ないが、看板による呼び込みに関しては、看板を持てさえすれば自由にしていても良いらしいので実質四分の三が自由に使える。


「じゃあ、料理担当の人は一緒に来てくれる? 当日の打ち合わせをしときたいんだ」


 隣の席にいた千里はこちらの方に「じゃあね」と手を振って文化祭実行委員の元へと歩いていく。


「残っている人は装飾とかの準備をしててくれ」


 文化祭準備は放課後も続いた。夏休み中に屋台の土台や、部品は完成しているため、残りの作業としては看板づくりと、装飾ぐらいしか残っていない。


 準備自体は強制ではないため帰ることもできるのだが、ここのところ、X探しのために手伝えていなかったから、これ以上クラスメイトばかりに負担は掛けさせらない。


 僕は近くにいた祐一と看板の制作に当たることにした。看板にはクラスと店の名前を書く。しかし、それだけでは看板を見ても印象に残りにくいので何か絵を描くことにした。


 僕も祐一も絵は上手い方ではないため、クラスで絵が上手いと言われている女子に頼んで描いてもらうことにした。


「司、字の方頼めるか?」

「任せて」


 用意してもらった筆を祐一から渡され、『2年G組 喫茶店やってます‼』と書いた。絵を描いてもらうために呼んできた女子は僕の字を書く姿を見てパチパチと手を叩いていた。


「字、上手なんだね日向君って。しかも筆でなんて上手に書くの難しくないの?」


 筆で書くことにしたのは、インパクトを優先するためのものであった。ペンで書くより味があっていいと思ったかららしい。提案者は隣にいる祐一。


「司は習字を習っていたからな」

「そうなの?」

「結構前のことだけどね、今もその感覚みたいのは忘れてなかったから」


 僕は小学生までは習字を習っていた。字がきれいに書けるのは自分にとっても気持ちの良いものなので習っていて良かったと今でも思っている。


 僕の字に合わせて、絵の上手いクラスメイトはティーカップやケーキなどの喫茶店らしいものを描き、看板は無事に完成した。


 与えられた仕事は一応終わらせることはできたので、帰ってもいいのだが、せっかくなのでクラスの雰囲気を眺めることにした。X探しも紗絵香と千里の手が空いていない以上、部室にいても進められないからな。


 僕と祐一が教室の隅っこで休んでいると、他にも手の空いたらしいクラスメイトがちらほら寄ってきて、軽い談笑が始まった。


「俺、文化祭でマネージャーに告白してみるんだ」


 そんな風に宣言をしたのは土部だ。土部は野球部に所属していてピッチャーをしている。


「野球部のマネージャーか、確かに可愛いもんな」

「でも人気凄いだろ? 他の奴らも狙ってるんじゃないのか?」


 土部の話に食いついたのは田辺と山口だ。こいつらは仲良しトリオで通称三バカだ。


 会話に出てきたマネージャーは隣のクラスの女子で学年でも人気の高い子だ。まあ、どう考えても釣り合いそうにはないので、心の中だけは応援しといて上げるとしよう。


 人の話を聞いている分には面白いので勝手に話をしててほしかったのだが、こっちにも火の粉が飛んできた。


「司も誰かに告白とかしないのか?」


 田辺が僕にそんなことを聞いてきた。するとさっきまでバラバラに話していたのに、一斉にこちらに注目が集まった。


「確かに、それは気になるな」


 いや、全然気にならなくていいから。そう心の中で訴えてみたものの、僕の願いは届かず、質問攻めに遭う。


「司、好きな子とかいるのか?」


 どう答えればいいか僕は悩んだ。ここでいないと言っても信じてくれないだろうし、逆にいると言ったら最後全てを話すまで開放してくれそうにはないだろう。こいう時の対処方法があるのなら教えてもらいたいもんだ。


「司、お前海風と付き合ってるんじゃないのか?」

「ううん、そんなことはないよ。距離が近いのは幼馴染だからだよ」


 距離感が近いせいかよくこういったことを聞かれる。その時も千里は幼馴染だよと言っている。何度も聞かれ過ぎて、返答に慣れてしまったよ。


「確かに祐一も海風たちとは幼馴染だもんな」

「いいな~、俺もかわいい幼馴染とか欲しかったぜ」


 そればっかりは神でも恨んでもらうしかない。僕に言われてもどうしようもないからな。


「でも司、好きな人はいなくても、気になるやつぐらいはいるだろ?」


 どうしたらこの話題を辞めてくれるのだろうか。


「どうしてそう思う?」

「だってよ、文芸部のやつらみんなレベルが高いじゃんかよ」

「美人だから好きになるとは関係ないとは思うが……」

「そうかもしんないけどよ、それでもかわいいと思うことぐらいはあるだろ」


 かわいいか……、確かにひょっとした瞬間に思ってしまうこともある。


「そりゃね」

「だろ?」


 思わず声が漏れてしまったが、話を聞いている男子はうんうんと頷いているので、問題はなさそうだ。


「でも文芸部で付き合うとしたら、俺はあの先輩がいいな。背はちっこくて、高校生には見えないけど」

「張っ倒されるぞ」

「へ?」

「いや、何でもない」


 先輩のやばさは文芸部と一部の三年生しか知らないため、二年生で普段の先輩を知っている者はいないため人気はある。中身を知ったら引くような人が多そうだけれども……


「オレがかわいいと思ったのは、司といつも一緒にいる女の子だな」


 そう言いだしたのは山口だ。いつも一緒にいると言うのは誰のことだろうか。


「いつも一緒にいる?」

「後輩の子だよ。わかんないのか?」

「ああ、美晴ちゃんのことか。でもいつも一緒にはいないぞ」

「そうなのか? オレあの子見かける時いつも司が傍にいるから、いつもいるのかと、てっきり付き合っているのかと」


 一緒にいるだけで付き合ってると思われちゃたまったもんじゃないな。そんなことを言い出したら世の中で一緒に歩いている男女は全員カップルになっちゃうぞ。僕はまだ告白すらしてもいないのにあり得るわけないだろ。


「でもさ、文芸部には、先輩、後輩、それに海風、かわいい子は多いのに司には好きな子がいないのってすごいな」


 しれっと、文芸部の女子から紗絵香を省く、田辺。


「おい、なんで紗絵香は数えてやらねえんだ」


 紗絵香が呼ばれなかったことに笑う祐一。


「別にかわいくないと言ってるわけじゃねえぞ。今は司の話をしてるからな。紗絵香は関係ないからな」


 そう言ってみんなの視線は全員祐一に集まる。祐一はそうなのか? と首をかしげている様子。本人がこんなんだから紗絵香は苦労しそうだな。それはここにいる全員の共通認識だった。


「とにかく、司はその三人の中で誰が好きなんだよ?」

「そうだぞ、俺は好きな人言ったんだぞ」


 それは土部が勝手にしゃべったことじゃないか。この場にいる祐一を除いた男どもがこちらに詰め寄ってくる。


「僕は……」

「僕は?」

「僕は……そろそろ部室に行かなきゃ」

「なんだそりゃ」

「逃げるな~」


 僕は逃げるようにして教室から出て行った。祐一は後ろから笑いながらついてきた。


 人の気も知らないで、のんきだな、コイツは……

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