第9話 河川敷へ

「それじゃあ、昨日は何も収穫はなかったんだ~」


 今日は河川敷に行く日だ。紗絵香を家の前で待つ間、昨日の裏山で何も手掛かりを見つけられなかったことを千里に告げた。


「今日は手掛かり見つけられるといいね」


 裏山で何も手掛かりを見つけられなかったからな、今日こそは何かしら思い出せればいいのだけれど。


「……司はさ、まだ、その子のこと……」

「待たせたな」


 後ろを振り向けば、準備が終わったらしい紗絵香が家から出てきた。


「待たせて悪かったな」

「ううん、全然。じゃあ行こうか」


 紗絵香も来たので今日の目的に向けて出発することにした。河川敷もそんなに離れた距離ではなく、こちらも十五分程度で着く。


 祐一はコンクールの締め切りが明日であるために今日は家に籠っている。文芸部の予算もかかっていることだからぜ、ひとも祐一には頑張ってもらいたい。


 美晴も家族と出掛ける予定があるらしく、今日は不参加だ。本人は申し訳なさそうにしていたが、僕のX探しよりも家族の方を優先してもらいたい。


「そういえば、千里さっき何か言った?」


 紗絵香が声を掛けてくる前、千里が何かを言ったような気がしたため、千里に聞いてみることにした。どこか神妙な面持ちだったような気がしたから気になってしまった。


「ううん、何でもないよ。それよりも早く行こ!」


 あの顔でなんでもないというのは無理があると思うが、本人が話したくないのであれば、こちらからもう聞く必要はないだろう。


     *


「涼しぃ~」


 河川敷の方から涼しい風が吹いてくる。昨日の裏山と違い、天候に恵まれたのか、気温はそこまで高くはなかった。


「やっぱり、まだ暑いから川遊びしている人多いな」


 雨の日は立ち入り禁止にはなるが、水深は膝下ぐらいまでしかなく、流れも緩やかなので、今日のように川遊びをする人は多い。


「司、昔みたいに泳いで来たらどうだ?」


 冗談交じりにそんなことを紗絵香が言ってくる。


「いや、浅すぎて無理だろ」

「昔水泳習っていたんだから余裕だろ」

「経験どうこうじゃなくて、体格の問題なんだよ」


 頑張れば泳げないことはないが、泳ぎにくいことには変わりない。


「冗談だって、水着もないしな。さすがに泳がしたりはしないさ」


 泳がす以外のことはやりそうな含みを持った言い方なので少し怖い。


「でも、昔ここでもよく遊んだよな」

「そうだね~、朝から日が暮れるまでいたこともあったよね」


 家から弁当を持ってきてお昼を食べたり、魚を釣って千里のお父さんに料理してもらったり、僕たち四人にとって思い出の場所の一つだ。


「司、こっち来てみろ」


 紗絵香が呼ぶ方へ行ってみると、魚が手で届くぐらいのところを泳いでいた。もっと近くで見えるようにかがむと、その時体がふわっと浮くのが分かった。

 次の瞬間、僕の体は川へと落ちていった。


「紗絵ちゃん‼」


 紗絵香は僕がずぶ濡れになった姿を見て笑っていた。僕は紗絵香に背中をポンっと押され、顔から川へと落ちたのだ。


「僕に恨みでもあるの?」

「いや、無防備な司を見てつい。ほんの出来心だ」


 ったく、紗絵香のいたずら好きときたら困ったものだ。おかげで服がビチョビチョだ。


 紗絵香の手を借り、僕は陸地へと上がる。さすがに、このままでは服が重いので、シャツを脱いで絞ると、次はズボンに手を掛けた。


「おい、こんなところで脱ぐな……よ?」

 紗絵香が戸惑った反応をしたが、ズボンの下に履いているものを見て、「へ?」と首を傾げた。


「なんで水着を着てるんだよ」


 僕は、ここへ来る前に家で水着の上から服を着ていた。おかげでここまでくる道のりが変な違和感でしょうがなかったけれど。


「なんでって、前にも同じようなことがあったからだよ」


 二回も同じことをして、まったく。と、紗絵香の顔を見ると、


「前にもってどういうことだ?」


 と、言われた。首をかしげる紗絵香を見て、またわざとらしく、とぼけているなと思った。


「だから、今日以外に僕を川に落としたことがあるでしょ」


 河川敷に行くと決めた時、何故か水着を着なくちゃいけないと思ってしまった。さっき突き飛ばされたことで前にも同じ経験をしていたことを思い出した。


「良かったよ。水着を着といて」


 濡れた服を絞って再びその服を着たが、変な感覚だ。こうなるなら、着替えも最初から持ってきておくべきだったな。


「あのさ、司……」

「何?」

「私が、司を川に突き飛ばしたの、今日が初めてなんだけど……」


 えへへ、と顔をポリポリと掻く紗絵香を見るが、嘘をついているような顔ではない。


「じゃあ、何で僕は水着を……」


 その時、またもや頭痛が襲ってきた。そして、前回と同様、ある光景が広がった。


――――――――――


「ひゃっ」


 草むらから飛び出てきたカエルに驚いた女の子の背中が僕の背中を押し出し、僕は川へと転落した。


「ごめん‼」


 僕を引っ張り上げようと手を伸ばす女の子。差し出された手を受け取り、僕は陸地へと上がった。


「ううん、大丈夫だけど、服がビショビショ……」


 夏ならば問題はなかったのだが、今の季節に濡れた服でいるのは正直寒い。


「せっかく司君が遊びに誘ってくれたのに……ぶつかって、川に落としちゃうなんて」


 自分に非があると分かっているからこそ、女の子は自身を責めていた。


「大丈夫、気にしなくて平気だよ」


 目の前の女の子の目に涙が溜まっていたので慌てて、泣かないように慰める。しばらくすると、落ち着きを取り戻してくれた。


「もう大丈夫?」

「……うん。でも、その服じゃ***に行けないね」

「そうだね、一度家に帰って着替えてくるから、ここで待ってて」


――――――――――


 今の光景は僕がXとここで遊んだ記憶なのだろうか? であるなら、運動会の振り替え休日に遊んだとされる場所はこの場所に間違いないのかもしれない。


「司、大丈夫?」


 千里の心配するような声が聞こえた。今回は倒れるようなことはなかったが、いくら声を掛けても反応がなかった僕を心配した様子だった。


「それで何か思い出したのか?」

「うん、僕があの日来ていたのはここで間違いないみたい」

「Xのことは何か思い出せたか?」

「ううん、顔はどうしても思い出せなかった」


 僕が話していた子の顔にまたもや、モヤがかかっていて顔を判別するまでには至らなかった。


「でも、僕は川遊びの後またどこかへ行こうとしてたみたいだよ」


 新たな手掛かり。だけど、こればっかりは絞ることはできないだろう。今までと違って選択肢が浮かび上がってこないのだから。


「そうか、じゃあ次は他の場所に行ってみようかって言いたいところだけど、今日はもう解散した方がよさそうだね」


 千里は僕の濡れた服を見てそう言った。さすがに、この服装ではうろつけないからな。


「そうだね、今日は得たものもあったし、明日また祐一たちを加えて話し合ってみよっか」


 僕は濡れた荷物を持って家へと帰った。


 やっぱり、服が濡れているせいで重いわ……

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