第8話 5年前の記憶 

 これは、小学六年生の夏休み最終日の話だ。


『プルルルル、プルルルル……』


 あたしの眠りを妨害する音が聞こえてくる。


 地球の重力でも変わったのだろうか、普段よりも体が重く感じる。あたしはベッドから重い体を動かし、目を擦りながら電話を取ると、寝起きには辛い、元気な声が受話器から聞こえてくる。


「今から、裏山で遊ぶぞ。いつもの場所に集合な」


 祐一は用件だけ伝えるとこちらの返事など聞かずに電話を切った。まったく、祐一ときたらいつもこうなんだから。何か夢中になるとすぐ自分だけの世界に入ってしまう。これが祐一の長所でもあり短所でもあるところだ。


 祐一から電話を受けたあたしは遅い朝食を済まし、動きやすい格好に着替えた。元々の予定としては今日は家でゆっくりするつもりであった。


 明日から長い夏休みを終え二学期がスタートするというのに、体調を崩して始業式に行けなくなるというのは嫌であった。そのため、体を休ませておくつもりで予定は入れていなかった。


 夏休みの宿題に関してはしっかり終わらせている。宿題といっても渡されたドリルをこなすだけだからそう時間はかからない。自由研究以外は七月のうちに終わっていて、自由研究の方も八月の中旬には終わらせていた。


 そういうわけで、何も予定のないあたしは、祐一の呼び出しに従うことにした。祐一のことだ、どうせあたし以外にも声は掛けている。それなのに自分だけ行かないなんて嫌だ。


 支度を終え裏山へ着くと、予想通りいつもの場所に3人の影があった。あたしたちのいつもの場所というのは春休みに作った秘密基地だ。


 作ったと言っても本格的なものではない。ただ、森の中に四人が横になれそうなスペースがあるぐらいで、周りに落ちている木を突き刺して塀を作った質素のものだ。


 けれど、小学生のあたしたちにとって、それはとても魅力的に映った。あたしたちだけしか知らない秘密みたいで楽しかった。


「千里も来れたんだね」

「今日は家にいる予定だったから」


 そう声を掛けてきたのは司だ。司の隣にいる紗絵ちゃんは欠伸をしながらこちらに手をふっていた。あの様子だと遅くまで本を読んでいたんだろうな。


 体に悪いから夜更かしは良くないよっていつも言っているのに。あたしたちと話しているとき以外は、いつも本を読んでいる。それで、祐一や司とは読んだ本について話していて楽しそうに見えていた。


 あたしもみんなと本の話で楽しみたいなと思って頑張ってみた。だけど、すぐに挫折した。だって、字ばっかり読んでいると眠くなるんだもん。なんでみんなは眠くならないのか不思議でたまらない。


 それであたしは本を読んで三人の輪に入ることは止めた。だからといって仲間外れになったというわけじゃない。あたしがいる時に三人だけで本の話をすることもないし、三人のうち二人が本のことを話していると、残った一人が私と話してくれる。


 三人には感謝してもしきれないよ。あたしにとってここはとても居心地の良い居場所であり続けているのだから。


「それで、今日は何をするつもりで集めたの?」


 祐一が突然私たちを集める時は何かをしたい時だ。ここに秘密基地を作ろうと言った時も突然のことだった。


「特に決めてないけど?」

「え?」

「いや、最終日だし、みんなで遊びたいな~って思っただけだから、何も考えてない」


 まったく祐一ときたら……、せめて何をするか決めてから呼び出してほしい。


「何かしたいことはあるか?」


 そんな風にあたしたちに意見を求めてくる。そんなことを突然言われてもすぐに何をやりたいとか出てこないよ。


「何もないなら、ここの改良でもしようか」


 紗絵ちゃんは秘密基地を指差してそう言う。


「そうだな、これはこれで味はあるけど、質素だもんな。もう少しぐらい手を加えてもいいのかもな」


 あたしも司も紗絵ちゃんの意見に賛成し、基地の改良をすることにした。改良と言っても派手なことができるわけじゃない。


 目立ち過ぎるものを作れば、他の人に見つかってしまうし、危険なものを作ったりしたら大人たちによって撤去されてしまう。微妙なボーダーを見極めながら私たちは作業へと取り掛かることにした。


 それで今日作ることにしたのは机だ。椅子はすでに四人分ある。座れそうな丸太が近くに落ちていたのでそれを利用したものだった。


 椅子があるなら机を作りたい。そう考えるのは単純なことだと思う。あたしたちは、机の材料になりそうなものを探しに行った。


 材料として欲しいものは机を支える足となる木を四本と、物を置く台となる平たい木だ。二手に分かれて、あたしは司と森の奥へと入っていった。


「使えそうなのもの、見つかった?」

「うん、一本だけ太いのが見つかったよ」


 あたしは司に拾った木を見せる。その木の太さは子供である私が片手で握れないぐらい太く、がっしりしたものだった。


「確かに、これなら良さそうだね。あと、これと同じような木を三本見つけなきゃね」


 司にそう言われ再び捜索に戻るあたしだったが、少し足がふらふらしている。そして徐々に足に力が入らなくなり、そのままその場に倒れた。


 それは寝不足によるものだとすぐに分かった。自分ではまだ行けると思っていたが、ダメだったみたい。情けない。紗絵ちゃんに夜更かしはダメだよって言いながら、寝不足で倒れちゃっているんだから。


 倒れたところは固い土の上かと思ったが、あたしの体を支えてたのは二本の細い何かだった。


「大丈夫?」


 微かに小さな声が聞こえる。目を開ければ司の顔が目の前にあった。


 近い……


 あたしは照れて目を背ける。


「顔赤いね、熱あるんじゃない?」


 いや、これは……、訂正しようと思ったがそんな気力も私には残っていなかった。


「昨日は眠れなかったの?」

「茜の夜泣きがひどくて、私もあまり寝付けなかったんだ」


 私の寝不足の原因はそれだった。ただ、赤ちゃんが夜泣きすることは分かっているので、それで茜に怒ることはない。


「体調が悪いなら無理して来ちゃダメだよ」

「でも、行かなかったらあたしだけ仲間外れに……」

「大丈夫だよ、そんなこと僕たちがするわけないでしょ」


 司の腕の中は暖かった。仲間外れにしない、そんな言葉があたしには嬉しかった。


 あたしには司や紗絵ちゃん以外にも仲良くしていた友達が存在していた。一年ぐらい前からの仲だったけど、突然ハブられるようになった。


 理由はすぐに分かった。どうやら彼女らは自分たちよりあたしが秀でているのが許せなかったらしい。運動も勉強もできたあたしは苦手なものはほとんどなかった。最初は凄いねって褒めてくれるだけだった。


 だけど、段々と「一位を取ることが偉いの?」と嫌味を言ってくることが増えていった。あたしたちの仲を決定的に壊したのは、遊ぶ約束を断ったからだ。


 司たちを遊ぶ約束をしていたあたしはそのグループから誘われたときに、「司と祐一と遊ぶから」と言って断ってしまった。


 それがいけなかったみたい。後で知ったんだけど、そのグループでは司と祐一のことが好きだった子がいるらしかった。それで私ばかりが2人と仲良くしていたから、いつの間にかハブられるようになった。


 その出来事があったのが今年の一月のことだった。ハブられるのは気持ちのいいもんじゃない。休みたかった、学校に行きたくなかった。だけど、家族に心配を掛けられなかった。


 その時、お母さんのお腹の中には赤ちゃんがいたから。ストレスを与えちゃいけないと思った。だから、無理して学校に通うことにした。


 その日からあたしはそのグループと関わることを辞めた。幸い、クラス全体でいじめをするといったことは起きなかったために居場所は残っていた。


 それ以来、あたしは司たちとずっと一緒にいるようになった。幼馴染の三人ならあたしをハブることはないと思って。でも、不安が完全に無くなることはなかった。いつか、そんな日が来てしまうんじゃないかって。


 それで今日も無理をして、裏山へ来たんだ。断ってしまったら、関係が壊れちゃうような気がして。


「司たちは絶対にあたしをハブったりしない?」

「しないよ」

「あたしを嫌いにならない?」

「なるわけないよ」

「ずっと一緒にいてくれる?」

「僕たちは幼馴染で親友だ。これは一生変わらないよ」

「そっか……」


 あたしは司の言葉を聞いて気を失った。


 その後、司たちはあたしを家まで送ってくれたらしい。体調不良の原因もやはり寝不足だったらしく、ゆっくり眠ったら、翌日には無事回復した。


――――――――――


『ピピピピ……』


 あたしは手を伸ばし、目覚まし時計を止める。


「懐かしい夢を見たな……」


 今見た夢はあたしが司のことを**だと自覚した日のこと。そして、そのせいであたしと司の関係が残りの小学校生活の間、変わってしまうことになった。

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