第6話 小学校へ

「じゃあ、司のために一週間でXを見つけるぞ」


 そう意気込むのは祐一だった。これから、X探しに関することを言おうとしたのか、口を開けたが、その前に千里が口を挟んだ。


「さっそくだけど、あたしたちでさっき話し合ってたんだけど、聞いてくれる?」

「そうなのか?」

「ああ、お前らが職員室に行っている間暇だったからな」

「それで、何かいい案でも思いついたのか?」

「小学校と中学校に行けば何か思い出すんじゃないかって話してたんだよ」


 出会いが学校であったならば、その場に行けば思い出すと考えたのだろう。僕は卒業してからその場所には一度も訪れていない。そこにいけば十分何か思い出すかもしれない。


「そうだな、ただ行くのは小学校だけだな」


 先程、出会いは小学校六年生だと目星がついたわけであるから、中学校に行く必要はない。


「じゃあ、さっそくだけどこれから行ってみない?」


 そう提案する千里だったが、そういうわけにはいかない。


「いや、俺たちこれから生徒会の所にいかなくちゃいけないんだ」

「どうして?」

「どうしてって文化祭のことを相談するんだよ。どういう進行で花火とかが行われるか俺たちは詳しく知らないからな」


 僕にとってX探しは重要なことだが、引き受けた文化祭の仕事もしっかりやらなければならない。先生からは概要しか聞いておらず、具体的なことはまだ聞いていない。


「だったら、私が代わりに行ってきてやるからお前たちで小学校へ行ってこい」


 紗絵香は祐一が手に持っていた紙を取り、そう言った。


「いいのか?」

「司はX探しに集中しておけ、それに生徒会に行くなら知り合いがいる私の方が適任だろ? ここは私がやっておくから、祐一は司についてやってくれ」

「でも、紗絵香一人に行かせるのは……」


 行ってもいいと言ってくれてはいるものの、仕事を一人に押し付けてしまうのは気が引けてしまう。他の人からすれば、僕のX探しは優先順位で言えば下位のものなんだから。


 紗絵香の優しさに甘えるべきなのか、悩んでいると美晴が静かに手を挙げた。


「でしたら、私も紗絵香先輩と一緒に行くことにします。小学校には司先輩たちの三人で行ってきてください」

「美晴ちゃんまで……、本当にいいの?」

「構いませんよ。私が通ってない小学校へ行ったところで何か役に立つわけないですしね。それだったら、まだ他の時について行った方が良いに決まってますから」

「じゃあ、二人にお願いしちゃってもいいかな?」

「ああ、行ってこい。ただ何か手掛かり見つけたらすぐに連絡するんだぞ」


 いってらっしゃいと手を振る美晴と紗絵香に見送られ、僕たちは母校である小学校へと向かった。


     *


 僕、千里、祐一の三人は二人にカメラ当番のことを託し、母校である小学校に訪れていた。


「懐かしいね」


 小学校を見てそうつぶやいた千里。卒業してから一度も来ていないからこそ、とても懐かしさを感じているのだろう。


「でも、やっぱり入れそうにないな」


 正門から入ろうと思ったが、鍵が閉まっているのか、開けることが出来なかった。


「アポ取ってるわけじゃないしね、勝手に入るのはまずいでしょ」


 時刻は現在午後五時を過ぎているため、校舎はほぼ電気が消えてしまっている。「初恋の子について調べるために来ました」と言ったところで、「何を言ってるんだ」と言われるのがオチだろうし、学校側が入れてくれるようなことはないだろう。


 このまま、まっすぐ家に帰ることも考えたが、せっかくだからということで小学校の周りだけでも歩いてみることにした。


「本当に小学生の時なのかな、僕がXと出会ったのは……」

「他に思いつかないし、今はその線で探すしかないだろ」


 祐一の言うとおり、手がかかりは手紙だけでそれ以外にはないのだから、今考えられる情報だけで調べるしかない。


「せめて、同じ小学校だったのかが分かれば楽になるのにね」

「でもな、それなら俺たちはどこかしらで見かけているはずだ。小学校の時、司の周りにいつもいた女子は千里と紗絵香ぐらいだったからな」


 祐一の言うように昔を思い返しても二人以外に特に仲良くしていた女子は一人も思い浮かび上がらない。


「あれ、星川か?」

「え、先生?」


 ちょうど、小学校の裏門を通りかかったとき、祐一は三十代ぐらいの若い男性に話しかけられた。


「誰、この人?」


 その人に聞こえないような声量で千里に聞くと、すぐに耳元で


「私たちの六年の時の担任だよ」


 と教えてくれた。なるほど、それで僕が覚えていないのか。どうやら先生のことまで忘れてしまっていたらしい。卒業アルバムぐらい確認しておくべきだったな。


「こんなところで何してるんだ?」

「ここを偶然と通ったので懐かしむついでに様子を見ようと思ったんですよ」


 余計なことは言わずに、先生の質問に対し上手く誤魔化す祐一。


「たまには顔を出してくれよ。卒業したとはいえ、俺の生徒には変わりないんだから」

「でしたら、今度、運動会があるときにでも顔出しに行きますよ」

「そうしてくれ」


 この先生のことは覚えていないが、生徒思いの先生なんだろうということはよく伝わってくる。祐一が楽しそうに話していることから、祐一も良い先生と思っているに違いない。


「二人も元気にしてたか?」

「はい、もちろん」

「事故に遭ったと聞いたときは驚いたが、元気そうで何よりだ」


 記憶を無くしたことは先生が知っているのかは知らないが、わざわざ僕から言う必要はないだろう。変に心配をかけてしまうことはないからな。


「今も四人で高校も過ごしているのか」

「そうですね、部活も一緒に入ったりと、楽しんでいますよ」

「小学校の時から仲が良かったからな、お前らは。それが今も続いているのなら嬉しい限りだ」


 先生から見てもやっぱり僕たちはいつも一緒にいたのだろう。ならば、どこで僕はXと出会ったのだろうか。僕は勇気を出して聞いてみることにした。


「先生、僕っていつも祐一たちといつも一緒にいました?」


 僕の質問に少し理解ができないような反応をしていた、すぐに僕の質問に答えてくれた。


「俺が見ていた限りではいつも一緒だったと思うぞ。行事も一緒の班で組んだりするほど仲が良かったのは覚えているからな」


 やっぱり、Xと会ったのは小学校ではないのかもしれない。


 でもそしたらいつ会ったのだろうか。やはり、美晴が言った中学校の時なんだろうか。でもそれだと、祐一の言っていたことに矛盾が出るからな……


「ん? ……」


 僕が悩んでいると、先生は顎髭のところに右手を置いて何かを悩み始めた。そして、手をポンと叩いた。


「いや、一度日向が一人でいるところを見かけたな」


 先生の突然の発言に僕たちは驚いてしまう。


「それはいつの話ですか?」

「六年生の秋ごろだったと思う。確か、運動会の振り替え休日の時だったはずだ」

「運動会の振り替え休日……」


 その時、頭痛が走った。左手で頭を押さえていると、再び映像が浮かび上がってきた。


―――――


 好きなアニメの曲を口ずさみながら、歩いていると目の前から見覚えのある人が話しかけてきた。


「日向、楽しそうにしてるけど、遊びに行くのか?」

「はい、先生。せっかくの休みだから、いっぱい遊ぼうと思って」

「四人で遊ぶのか。仲が良いな~」

「いえ、今日は違います。二人だけで遊ぶんです」

「へ~、そうなのか」


 意外な言葉が返ってきたみたいな反応をしていた先生だったが笑って「楽しんで来いよ」と言ってくれた。


「あまり、遅くまで遊ぶなよ。どこまで行くつもりなんだ」

「今から……」


―――――


「大丈夫、司?」


 千里の声で僕の意識は現実へと戻された。もう少し続きを観れるかと思ったが、どうやらここまでらしい。


「大丈夫か、日向。体調が悪いなら病院まで連れて行くぞ」

「いえ、大丈夫ですよ。先生。ちょっとめまいがしただけですから」


 僕が担任の先生の名前を口にすると、千里は目をパチリと開いて驚いた反応をした。そして、先生には聞こえないように耳元で囁いてきた。


「司、記憶が戻ったの?」


 嬉しそうにというよりはどちらかというと心配そうな声で聞いてきた。


「少しだけね、全部を思い出したわけじゃないよ」


 ただ、僕が今見た光景は谷口先生が言った運動会振り替え休日の話なのだと考えられる。だとしたら、僕はその時どこへ向かったのだろうか。


「先生、さっきの話ですけど、僕はその時どこに行くとか、言ってましたか?」


 場所を思い出す前に光景が消えてしまったが、その日出会っている先生なら場所を聞いているかもしれない。


「山だったか、川だったか、どちらかだったとは思うんだが、覚えていないな」

「ありがとうございます」


 その情報を貰えただけでも十分だ。山か川、この辺りで遊べるような場所はどちらも一か所しかない。情報がなかった僕たちにとってこれは大きな収穫である。


「手がかりを見つけたな」


 有益な情報を見つけ、喜ぶ祐一。先生はというと、手掛かり……? と理解が追い付いていない様子。


「じゃあ、先生また今度」


 祐一が先生にそう言って僕たちは帰ろうとすると、先生は僕を呼び止めた。


「日向、お前は何かしようとしているのか?」

「いえ、ただ昔の思い出を探しているだけですよ」

「ならいいが。まあ、元気にやってくれているならそれでいい」


 嘘はついていない。本当に僕は昔の思い出を探しているだけなのだから。


 僕たちは先生と別れ、その場を去った。

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