第5話 タイムリミット
「なんですか、急に呼び出して」
放送で呼び出された僕たちは職員室に入ると、文芸部の顧問からこっちに来いと手で招かれた。どうやら、僕たちを呼び出したのは顧問の先生だったらしい。
「もうすぐ、文化祭が始まるだろ? それでお前たちに頼みたいことがあるんだ」
「どうして俺たちなんですか?」
「暇だろ?」
先生は「何を当たり前のことを」と言わんばかりの顔をしている。
「暇って……」
「あ~そうかそうか、お前たちは引き受けてくれないのか~」
他の先生にも聞こえるような、わざとらしい声を出した。
「別に良いんだぞ、この件を断っても。ただ、部活の予算はどんどん減っていくことになるからな」
「分かりました‼ やりますよ」
ひどすぎる……、この先生予算を人質に生徒を脅しやがった。
この学校では活動実績の少ない部活は予算が減らされる。クラスの連中も部費が減らされたと嘆いているぐらいだ。そして、文芸部も予算の減少危機に瀕している。
歴代の文芸部員たちはコンクールで入賞するなどといった功績を残していたため、予算は十分に与えられていたが、今年は祐一の作品が良いところまで進んだぐらいで他に功績と呼べるものはない。
ちなみに、部室にある本は、歴代の先輩たちがコンクールで得た賞金で購入した本がほとんどらしい。
「最初から素直に引き受けた方が良いぞ」
顧問の先生は笑って、一枚の紙を渡してきた。先生の態度を見るにどうやってでも引き受けさせるつもりだったのだろう。
「なんですか、これ?」
「いいから読んでみろ」
渡された紙に目を通すと、『広報のための写真撮影の依頼』と書かれていた。
「お前たちには文化祭中、このデジカメで写真を撮ってもらいたい」
「いや、こういうのは写真部に……そういえば、写真部廃部になったんだっけ」
去年まで写真部はこの学校に存在していたが、今年ついに部員数が規定数に足りず、廃部となってしまった。この学校はそういうことに容赦がないからな。先輩が泣きついてきたのも今となっては十分理解ができる。
美晴のためにも来年は部員集めてやらないとな……このままだと僕たちが卒業した後間違いなく廃部になってしまう。
「だから、お前たちに頼んだ」
「予算が人質に取られているのでこれ以上文句は言わないですけれど、写真部がなくても撮りたい人を募れば良かっただけじゃないですか? 俺たちが撮るより、絶対そいつらの方が良い写真撮れますよ」
僕たち文芸部は写真を撮ることが得意なわけではない。素人の僕らに撮らせるよりも、写真が撮るのを上手い人を探したほうが、広報に使うなら絶対に良いだろう。
「お前たちがそう言いたいのはよく分かる。これが写真を撮るだけなら別にお前たちには頼まん」
そう言うと先生は周りを確認してからこっちに耳を貸せと合図をしてきた。僕と祐一はしょうがないなと思いながら、先生の方に耳を傾けた。
「いいか、これは絶対に漏らすんじゃないぞ。文芸部の中だけで共有するんだ」
普段おちゃらけている先生がいつになく真剣な顔をしているので、これから言われることは凄く大事なことなのだと分かる。
「ここ何年か、ずっと学校側が町にかけあっていたことなんだが、ついに許可が下りた。今年から花火が打ち上げられることになった」
「本当ですか?」
「ああ、後夜祭の終了間際に嵐吹公園から花火が打ち上げる予定だ」
後夜祭の締めに花火を上げるのか、なんとも贅沢な後夜祭だ。そういえば、今年で嵐吹高校は創立三十年だっけ。そのお祝いも兼ねているのだろう。
「それをなんで俺たちに?」
「それがカメラ撮影と関係がある。お前たちには花火を見ている生徒たちの様子も撮影してほしいからな」
「他の生徒に内緒の理由は?」
「それはせっかくの花火だからな。サプライズにしたいのはもちろん、あらかじめ花火をやると言ってしまうと、変な場所から見る生徒が出ないとは限らないからな」
それで僕たちに頼んだのか。文芸部は僕を除けば優秀な生徒が集まっているからな。先生が頼んでくるのも無理はないということだ。
「もっと早くから知っていれば対応はできたんだが、決まったのがつい最近でな」
他の生徒への指導をする時間を考えると、今回は内緒にした方が良いと判断されたのだろう。
「他に知っている生徒とかはいるんですか? さすがに俺たちだけではないですよね?」
「ああ、もちろんだ。生徒会や文化祭実行委員の一部の生徒は知っている。手を借りたいようなことがあったら、そいつらにも頼め」
「分かりました」
「引き受けてくれるか?」
「もちろん、引き受けますよ」
部費がかかっているのだ。僕も祐一もここでノーと言うはずがない。先生も分かった上で確認しているので困ったもんだ。
「じゃあ、頼んだぞ。くれぐれも他の人には漏らさないように」
「分かってますって。ちゃんとあいつらにも口止めはさせるんで」
*
「……というわけで、俺たち文芸部はカメラ当番となった」
「なんで、そんなめんどくさそうなものを引き受けてきたんだ」
部室に戻り祐一が先生から頼まれたことをそのまま伝えると、紗絵香がが不服そうにしていた。
「仕方ないだろ、予算を人質に取られたら断れるわけないだろ」
「……ったく、さっさと祐一がコンクールで入賞してればこんなことにはならなかったのに」
「無茶を言うな」
たぶん、文芸部に功績があったとしても、先生は何かしら理由をつけて、僕たちにこの仕事を押し付けていただろう。それほど、優秀なメンツがいる部活をやすやす手放すはずがない。
「紗絵ちゃんいいじゃん、花火だよ花火。楽しそうじゃない!」
「分かってると思うが、この件は他言無用だからな」
「は~い」
花火と聞いて、はしゃぐ千里を祐一がたしなめると千里は元気よく返事をした。本当に分かっているのか少し怪しいところだ。後で僕の方からも釘を刺しておこう。
「決まっちまったもんはしょうがないか。それで私たちは何をすればいいんだ?」
「先生から渡された紙には、文化祭当日と前日準備、それと後夜祭の写真を撮りたいということらしい」
「うわ、結構大変そうだな」
「ああ。でもその代わり、文化祭当日は他の仕事を押し付けられないメリットはある」
文化祭は多くのお客さんが来るために受付や誘導案内などといくつかの仕事が存在している。文化祭実行委員だけでは手が回らないので、他の委員会や一部の部活も手伝いに回されている。
「去年はそれで大変だったよね」
「まさか、先輩があんなに仕事を引き受けてくるとは思わなかったからね」
僕たちの先輩はあんなんだが、しっかりとした優等生なのだ。でも、少し押しに弱いせいか、去年は文芸部に多くの仕事が押し寄せていた。
先輩が断らないことをいいことに、他の人たちが押し付けるもんだから大変であった。結局当日は祐一や千里が友人たちに協力してもらったりして事なきを得たが……
「ああいうのはもうこりごりだからな。カメラの方は撮影さえすればあとは自由にしてもいいらしいから、こっちの方が絶対いいだろ」
撮影中も文化祭は自由に回っても良いということなので、去年の仕事量と天秤にかければ、絶対こっちを選ぶ。
「確かにな。それで、カメラは何台支給されるんだ?」
「二台の予定だ」
クラスの仕事もあることからそんなに台数はいらないだろうとの判断らしい。仕事がないメンバーで撮影をし、それを交代でやれば二台で十分足りるからな。
「俺の方で当番表は作っておくからその辺は安心しててくれ」
祐一に担当の割り振りは任せ、文化祭の話を終えると、僕は再びX探しの話に戻すことにした。
「少しいいかな」
「どうしたんだ?」
「僕のことで長い期間付き合わせるわけにもいかないから、ちゃんと期間を決めておきたいんだ」
「期間?」
僕が言い出したことがあまり理解できていないのか、首を傾げる千里。
「うん、しっかりその期間を決めた上で、真剣に探したいんだ。中途半端にやるといつまでも見つけられないからね」
僕のことにみんなを長い時間協力させてしまうのは申し訳ない。協力してくれるとは言ってくれてもさすがに、見つかるまでというわけにはいかないのだ。
「別に俺たちはかまわないけど?」
残りのメンバーも首を縦に動かしていた。だけど、そういうわけにはいかない。自分勝手な気持ちで付き合わせるわけにはいかないからだ。
「それで期間は? 一か月くらいか?」
紗絵香が一か月と口にしたが、僕は首を横に振った。
「一週間」
「それだけでいいのか?」
「本当にいいの? それだけで見つかるものなの?」
紗絵香も千里も一週間という短さに驚いていた。祐一はただ黙って僕の話を聞いていた。
「見つけられなかったら、そこまでの話だよ。美晴ちゃんにも言われたんだ、いつまでも過去は見てちゃいけないってね」
見つけられなかったら、こんな思い出があったんだということで済ますだけだ。まあ、僕には手紙をもらった記憶もないけどね。
「一週間と言ったら、文化祭前日か……」
「うん、それがちょうどいいかなって。せっかくの文化祭を楽しまないともったいないしね」
「本当にいいんだね」
覚悟が本当であるのかを確認するかのように千里は僕の目を見てきた。
「もちろん」
僕の意思は変わらない。僕にとってこの手紙騒動はけじめをつけたいだけだから。例え、Xが見つかろうと見つからなかろうとやることは変わらないのだから。
ただ、こんなくだらない僕のわがままに三人を付き合わせてしまっているのは申し訳ないけれど……。
タイムリミットは一週間、それまでに僕はXを見つける。この恋文にケリをつけるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます