第2話 文芸部

 手紙を見つけた翌日、差出人を見つけると決めた僕は部室に訪れていた。


 僕は嵐吹あらぶき高校の二年生であり、文芸部に所属している。文芸部の部員は全員で六人だ。三年生が一人、二年生は四人、一年生が一人となっている。


 僕がここへ入部したのには理由がある。それは、僕の先輩、つまり今の三年生が泣きついてきたことが理由である。


 この高校では部活として存続していくには部員が最低でも四人必要とされている。だけど、僕が一年生になったときには、文芸部は先輩一人だけであった。


 そんな先輩と初めて出会ったのは一年の春の話だ。


――――――――――


 仮入部の期間が始まり、僕は校舎の中をウロウロしていた。どんな部活があるのか興味本位で歩き回っていたのだ。そんな時、僕の視界に『文芸部』と手書きで書かれた札が入り込んだ。


 本を読むことが好きだった僕にとって文芸部というのは興味がそそられる響きだった。部室の扉を開け、中を覗いてみれば、黒のショートカットヘアーの少女が寝っ転がりながら本を楽しそうに読んでいた。


「お、もしかして仮入部に来てくれたのかい?」


 扉を開ける音に反応したのか、部室にいた少女はこちらを向いてきた。前触れもなく部室に現れた僕に興味を持ったのか、立ち上がってこちらへ近寄ってきた。


 ちっさ……。僕と頭一つ分ぐらいの身長差があり、顔も幼いため、中学生にしかみえない。


「我が名は神島かみしま。君より一つ上の先輩で、今は二年生だ」


 どうやら、先輩だったらしい。先輩という言葉に胸を張っていて、よっぽど先輩になったことが嬉しいのだろう。余計なことを言わなくて良かった。


 ただそんなことよりも、僕が気になったのは他にあった。右目だけ色が違うのはカラコンだろうか? 左目は黒なのに、右目だけ青色だ。


「さて、我が住処へようこそ。ここはいろんな本が置いてあるぞ」


 部室を中を見渡せば、たくさんの本棚が並んでいる。古い本から最近の本までと置いている本は様々だ。これ全てを合わせれば一体いくらになるか見当もつかない。


 少し面白いと思ったのは、冊子のようなものがいくつも並べてある本棚もあったことだ。多分あれは、文芸部の自作なのだろう。


「ほらほら、君も早く、入りたまえ」


 さっきからその痛々しい口調は何なんだろうか? 小説の読みすぎで頭がおかしくなってしまっているのかもしれない。


 元々、部活は入る予定がなかった僕にとって、今日はただの暇つぶしのつもりだった。本を読むだけなら近くの図書館や家でも読めるから、わざわざ文芸部に入らなくても問題はないのだ。どちらかと言えば縛られない分、自由にできるから、部活に入らない方が良い。


 僕は、これ以上このやばそうな先輩に関わらないようにしようと、逃げるように部室を出ようとしたが、僕が逃げていくのを察したのか、先輩に後ろから飛びつかれた。


「お願い入部して‼ このままだと、廃部になっちゃうから、幽霊部員でいいから!」


 先程までの口調はどこへ行ってしまったのか、先輩は泣きながら僕を必死に引き止めようとしてきた。


――――――――――


 その後、先輩を宥めるために入部することにした。今思えば懐かしい話だ。僕が入ったところで部員は二人しかいなかったが、幼馴染たちが一緒に入部してくれたことでなんとか廃部の危機は免れた。


 そんな先輩ももう三年生になったことで、あまり部活に顔を出さなくなってしまった。運動部は夏の大会を最後に引退をしているため、それに合わせて先輩も受験勉強に集中し始めると言って部室に訪れることも減っていってしまった。


 頭のオカシイセリフを吐くことは今でも健在だ。だけど、あれでいて成績上位なのだから不思議でたまらない。


 そんな先輩との初対面の頃を思い出し、僕は部室の扉を開けた。


「もう来てたのか。早いな、祐一ゆういち


 部室を覗いてみれば、一人机に向かって小説を書いている姿があった。祐一は僕の幼馴染の一人で、学年二位の頭の良さを持つ。それでいて、僕にとって一番の親友だ。


「いやな、そろそろ小説のコンクールの締め切りが近いからな。早めに来て書き直しをしてたんだ」

「もうそんな時期か、良い作品書けそう?」

「ああ、それはもちろん自信作だ。あとで司も読んでみて感想を教えてくれ」

「分かった。期待してるよ」


 祐一は文芸部に所属してから小説を書き始めるようになった。少し前に小説家になることが夢なんだと語ってくれ、部室に来れば、毎日何かにとりつかれたように執筆に没頭している。


 祐一の小説はたくさんの小説を読んできた僕から見ても面白いと感じてしまうほどにレベルが高い。前回のコンクールでは入賞こそは出来なかったものの、惜しいところまでは進んだ。だから、今回こそはと気合を入れているらしい。


 前に執筆途中の原稿を読ませてもらったが、気合を入れすぎてなのかは分からないが、登場人物に自分の名前を使っていた。


 それでいて、その名前の人物は海難事故で行方不明にしてるし、自分のことが嫌いなのかと心配になってしまう。しーちゃん(作中での祐一の子供の名前)かわいそうと思うほどだ。さすがに名前は後から差し替えたのか少し気になるところ。もし変えていないようなら、病院にでも連れ行くとしよう。


 だけど、こんなに設定はめちゃくちゃでも、最終的には面白くなるもんだから祐一は凄いやつだと素直に感心してしまう。


「それで、他のみんなは?」


 辺りを見回すが祐一以外の部員の姿が見えなかった。教室に姿がなかったから、もう来ているのかと思っていたのだが……


「今は誰もいないぞ。ただ、俺が来た時には鍵が開いてたから、どこかに行ってるんじゃないか?」


 部室のカギは顧問の先生に言えば誰でも借りることができる。早く授業が終わった部員が部室を開けるというのが習慣になっている。


 僕はもう一度周りをキョロキョロと確認し、今は祐一一人しかいないということを確信した上で、僕は昨日の手紙について切り出すことにした。


「祐一、相談があるんだけど?」


 この話は他の人には聞かれたくはない。だから僕は祐一が一人でいる時間を狙っていた。教室だと色んな人の目があるからな。


「ん? ああ、構わないぞ」


 祐一は手に持っていた鉛筆を置き、僕の方を向いて話を聞いてくれた。


 僕は昨日押し入れを掃除している時に、古い手紙を見つけたこと。そしてそれがラブレターだったこと。だけど、その手紙の差出人が誰であるかが分からなくて、その人を探したいことを祐一に伝えた。


「名前のない恋文か……、小説みたいな話だな。俺のネタにしたいところだ」


 他人事なので楽しそうにして笑っていた。だけど、目は真剣だ。ちゃんと相談に乗ってくれるもんだから、ついつい頼ってしまう。


「それで、困ってるんだよね。たぶん、記憶を無くした空白の時期だと思うんだけど」

「確かに、それなら司が覚えていないのも無理はないな」

「その頃の僕って何か変わった様子はなかった?」


 祐一なら僕の変わった様子を知っているかもしれない。そんな微かな希望を抱いて聞いてみたが……


「悪いが、司が他の女の子と仲良くしていたという話は聞いたことがない」

「……そうだよね」


 やっぱり、昔の僕はこのことを祐一にも話していなかったみたいだ。


「小六から中一までの期間。約一年半の間、俺たちに内緒で別の女の子と仲良くしてたのか」


 ジトッーとした目でこちらを見てくる。親友なのに話してもらえてなかったことがお気に召さなかった様子だ。


「ごめんって、たぶん恥ずかしかったんだと思う」

「別に怒ってないけどな」


 そうは言うものの、少し拗ねているのが感じ取れる。付き合いが長いので祐一の考えていることはなんとなくわかってしまう。


「それで、司はやっぱりこの子を探したいのか?」


 本気なんだなと真っすぐ僕の目を見てくる。


「ああ、もちろん」


 強く頷くと、祐一は「分かった」とだけ言った。この差出人を探すことがどれだけ大変なのか分かっているうえで協力すると申し出てくれた。


「じゃあ、作戦を考え……」

「私はその話、反対ですね」


 祐一が差出人の子を見つけるための案を出してくれようとしたときに、後ろから声が聞こえた。


「……いたんだね、美晴みはるちゃん……」

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