Phase.77 セバスチャン・モラン




     77




「うはははははっ! こりゃいいぜっ!」


 ガトリング銃のクランク・ハンドルをご機嫌で回しながら、ワイルドバンチ強盗団の元首領、ビル・ドゥーリンは大声で笑った。

 囮の防衛塹壕に群がる南軍兵士に向かって、丘の中腹から機銃掃射を加える。多銃身は勢いよく回り、機関部の上に装着した細長い弾倉をあっという間に空にした。

数十秒と経たない内に、カチッという軽い音が鳴って銃声が止んだ。


「あん? ちっ、なんだよ、弾切れか。まったく、楽しい時間はあっという間でござい……」

「口を動かしてないでさっさと撃て」


 シグルドはその隣でスプリングフィールドM一八九六を装填しながら言った。


「はいはい。まあ、そんな焦んなって」


 ビルは機関部から弾倉を取り出しながら、戦場を見渡した。丘の斜面には何百と知らない兵士たちの死体が転がっている。中にはまだ息のある者もいたが、有刺鉄線に絡まった状態でもがいているような有様だった。

 機関銃陣地のすぐ下では、防衛塹壕を超えて丘を駆け上ろうとする南軍兵士と、それを阻止しようとする守備隊とで激戦が繰り広げられているが、機銃掃射の甲斐もあってか、先ほどから攻撃の勢いは弱まりつつあった。


「へっ、まったく、すごい武器だな。こいつがあれば負け知らずだ……ん?」


 その時、ふとビルの視線が砦の入口に止まった。弾薬と負傷兵を運ぶ兵士たちで混雑する中、狩猟用のジャケットを身につけた片眼鏡モノクルの老人が、ゆったりとした足取りで杖を突きながら、こちらに近づいている。

 肉食獣が背後から獲物に忍び寄ってくるかのような、そんな気配。気になったのは、完全に野生の勘だが、これまでの命のやり取りで心当たりがないわけでもなかった。


「ん、あんな英国紳士かぶれスノッブみたいな奴いたか……?」

「どうした?」

「いや……。うーん……」


 ビルは手もとに視線を戻したが、すぐに考え直した。腰のホルスターからコルト・アーミーM一八六〇を抜いて、勢いよく振り返る。


「いーや! やっぱ、あんな奴はいなかった気がする! 一応、撃っておくけど、敵じゃなかったら、ごめんなぁあああ!」

「――しっ!」


 そして、撃鉄を起こして銃口が向くのより早く、男の杖が愛銃を叩き落としていた。


「んなっ!」

「ごきげんよう」


 片眼鏡モノクルの下の静かな目が、なんの感傷もなくビルを見据える。


「そして、さよなら」

「ちっ、近――」


 ビルが回避に移る前に、抜き身のステッキの一撃を、シグルドがボウイ・ナイフで受け止めていた。鞘に隠されていた鋭い刃が、ビルの首もとで止まる。まさに間一髪だった。


「……仕込み刀ケインソードか」

「あっぶなーっ!」


 尻もちをついたまま、ビルは思わず安堵のため息を漏らした。


「あなたが、エンジェル・アイズ軍曹ですか?」

「そうだ」


 そう言って、シグルドは腰からコルト・シングルアクション・アーミーピースメーカーを抜いて、牽制のために撃った。同時にビルもM一八六〇を拾い直して、同じように何発か狙い撃つが、男はくねくねとした動きで距離を取るだけで一向に命中しない。


「畜生、なんだ、その変な動きは! じじいの動きじゃねぇぞ!」

「失礼ですね。私はまだ五十六ですよ」

「充分にじじいだろうが!」


 ビルは引き金を引くが、カチリと軽い音が帰ってくるだけだった。男は間合いを計るように杖を振り回しながら、じりじりと距離を詰める。


「その構え……バリツか。使い手だな」

「ふっ!」


 次の瞬間、男が仕掛けた。一気に距離を詰めてステッキ・ソードを一閃。シグルドが僅かに首を傾けた瞬間、プシュっと空気の抜けるような音がした。


「……ほう。これを躱しますか」

「仕込み銃か。姑息なやり方だ」


 頬に流れた血を手で拭って、シグルドはボウイ・ナイフを中段に構えた。


「南軍ではないな。真っ先にこちらを狙ってくるということは、ラブレスとかいう奴の刺客か」

「ああ、ご挨拶もせずにこれは失礼を。セバスチャン・モランと申します。アフガニスタンでは第一バンガロール工兵隊の連隊長を勤めておりました。エンジェル・アイズ軍曹ですね? 大変誠に申し訳ありませんが、始末させてもらいます」

「奇遇だな。俺もそう思っていた」


 丁寧にお辞儀する老紳士に、シグルドはふんと鼻を鳴らした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る