Phase.76 ラブレス一味、奇襲



     76



「えー、てか、うける。あんなに要塞化しちゃってるの。だっさ」


 上空五百メートル――激闘が続くウォッシュアウト丘を操舵室のガラス越しに眺めながら、ハダリー・エクスマキーナは思わず噴き出した。

 その隣で不安げに頭を掻いている猟奇殺人鬼は、ガチガチと指を噛んで言う。


「とと、砦、に、潜入させたスパイの話だと、ふ、二日前は通常通りだったって……嘘つきだ。僕たち、騙されたんだ。そいつ、殺さなきゃ」

「えー、じゃあ、昨日だけでこの規模の防衛陣地を作ったってこと? すごすぎー」

「…………」


 セバスチャン・モラン大佐はジャケットの胸ポケットから懐中時計を取り出し、隣で舵輪を握る大男に向けて言った。


「ヴォルテール、時間が来たようです。降ろしてください」

「了解ダ」


 万能飛行船〈シークレット・ガンマン 〉は兵舎の屋根に向かって音もなく降下していった。数年前、ロンドンを恐怖のどん底に陥れたグリフィン博士の『透明薬』をもとにして、ラブレス博士が独自に発明した〈ミラフラクター〉という光を弾く特殊塗装によって、船体は完全に夜空に溶けこんでいた。たとえ空を警戒している者がいたとしても、発見されることはなかっただろう。

 飛行船が屋根から一メートルほど上の高度に静止すると、船体内部から縄梯子が降ろされ、作戦の指揮をとるモランは二人に振り返った。


「作戦通りに行います。……ハダリー、ホームズをよく見張っておくように」

「りょーかい!」

「だ、大丈夫、です。ちゃんと、でき、ます!」

「…………」


 初老の紳士はH・H・ホームズに軽蔑の一瞥を与え、無言のままに飛行船を降りた。


「ううっ、みんな馬鹿にする……殺人鬼だからって……っ!」

「ぷー、だっさいわね、ホームズ。同じホームズでも、英国の名探偵とは大違いだわ。あんた、ホームズの恥さらしよ。ざーこ、ざーこ、ざこホームズ!」

「…………。……そんなこと言うなあああーっ!」


 突然、顔を真っ赤にして激高したホームズは、ポケットから医療用のメスを抜いて、ハダリーの喉もとを切り裂いた。

 一瞬の早業だった。首もとを真っ赤に染めたハダリーは、「あっ……かっ!」と息を漏らして、ふらふらと後ろに下がる。


「僕を馬鹿にするやつは……みみっ、みんな殺してやる!」


 肩を怒らせながら飛行船を降りていく猟奇殺人犯シリアルキラーを見送りながら、


「……ぷーくすくす、怒っちゃって。だっさ」


 ハダリーは首もとに絆創膏を貼ると、何事もなかったかのようにスキップをして、その後を追った。


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