Phase.75 異変




     75




「各個射撃! もっとよく狙って撃て!」


 腰に吊ったサーベルをガチャガチャ鳴らしながら、カネトリは塹壕を指揮して回った。


「左側、弾幕薄いぞ! 何やってんの! 近づけさせるな!」

隊長キャプ! あの、た、たた、弾が出ません!」

「落ち着け! ただの弾詰まりジャムだ。畜生、今さらトラップ・ドア式なんてな……おい、ナイフはあるか?」

「あります!」

「貸してみろ! 機関部を空けて、薬莢を取り出すんだ……」


 助けを呼ぶ部下のもとに駆けつけ、スプリングフィールドM一八七三の薬室を開いた時、



「――うぉおおおおお! くそったれのヤンキーめぇええええ!」



 南軍兵士の一人が射撃塹壕の手前の鉄条網を乗り越え、全速力で駆け上ってきた。

 照明弾の輝きを受け、小銃の先の銃剣が怪しく光る。その切っ先は、明らかに指揮官であるカネトリに向けられていた。


「ちっ!」


 カネトリは咄嗟にホルスターから銃を抜こうとして、サーベルに阻まれて上手く抜くことができず、あえなくサーベルを抜いて対峙する。


「くそっ!」

「下がって、隊長……」


 直後、傍で控えていたリジルが〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉で敵を撃ち抜いた。


「リジルか。助かった」

「気をつけて」


 レバーアクションで空薬莢を弾き出し、次の敵に狙いをつける。


「邪魔くせぇ! こんなのいらん!」


 カネトリはサーベルを外して地面に叩きつけ、腰からリボルバーを抜いた。


「着ける時はノリノリだったのに……」

「いや、大尉の好意を無駄にするわけにもいかないだろ?」

「ふーん……」

「な、なんだ、さっきのこと根に持ってるのか?」

「別に」


 リジルは撃った。カチャリと機関部を鳴らす。心なしか、迫力のこもった装填音だった。


「…………」

「……隊長。見てないで早く指揮して」

「あ、ああ」


 カネトリは指揮に戻った。弾詰まりジャムを解消した小銃を男に渡し、狙われないように移動しながら周囲を一瞥する。

 北西部の丘への攻撃は弱まっているようだった。ここからだと機銃陣地は見えないが、先ほどからタンタンタンという規則的にドラムを叩くようなガトリング銃の銃声が聞こえている。マキシム銃は装填中か、あるいは弾を撃ち尽くしたのだろう。あの周辺にいた敵兵は壊滅的な被害を受けたに違いなかった。


「ここはひとまず大丈夫そうだな。東側に兵を回すか……」


 その時、ドドォオオンという爆音が鼓膜をつんざいた。丘全体を揺るがすような衝撃波とともに砦から炎が吹き上がる。


「なっ、爆発だと!? ちっ、畜生! リジル、一緒に来い! バーバラのところにいくぞ!」

「うん!」


 カネトリの判断は早かった。すぐ側で射撃の指揮をとっていた老兵に「ハックさん、ここは任せた!」と呼びかけ、踵を返して駆け出した。





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